第311話 愛澄ちゃん(30代前半)はサピエン・キュリアに挑むー②

 海幕かいばく准将じゅんしょうが、りょう愛澄あすみに話しかける。


「梁准将! 室矢むろやくんは沖縄の基地で、USFAユーエスエフエー海軍のウェルナー大佐たいさと親しく話していました。その時は、我々の伍長ごちょうでありながら、出航後に艦を移っており、咲良さくらくんも釣られた形です。この調子では、遠からずUSにも連れて行かれるでしょう。彼女を失うのは、真牙しんが流という前に、国家の大きな損失です」


 要するに、室矢重遠しげとおは、いつ海外に亡命してもおかしくない、危険人物だと。

 一番、突かれたくないところを……。


 内心で歯噛みする愛澄。


 咲良マルグリットというの威力を見たことで、流れが変わった。


 海幕の上級幹部(プロヴェータ)は、物怖じせずに発言する性格のようだ。

 そのせいで、他流の重遠が防衛任務を成功させた、という実績は、あっさり霧散した。

 この男がどれだけ貢献しようが、戦略級の魔法師マギクスであるマルグリットを他国に奪われる危険を増やすことは言語道断。


 陸上、海上と違って、彼らと接点のない空幕くうばくの准将は黙っているものの、愛澄の味方になる気配はない。


 さらに、外務省と総務省、財務省のキャリアも、苦言を呈する。


「ウチには、東アジア連合の総督の娘と会合をした記録があります。海幕の内山うちやま准将のご指摘は、的を射る発言です」

「咲良くんは元々、生まれが海外だからねえ……。ここで、きちんと家庭を築かせて、言い方は悪いがくさりをつけておくべきでは? 真牙流と日本への帰属意識をはっきりと持たせるべきだと思うよ」

「軍事費の削減の声が高まっていますし、咲良くんの力を示すことで仕切り直しができれば……。この現状を受けて、他流の御曹司のご機嫌取りで彼女を差し出すのは、ちょっと……」


 中央省庁で存在感のある面々の発言は、重い。


 トドメに、防衛省の背広組も、情報を出す。


「こちらは、『ブリテン諸島の黒真珠』のせいで、事務次官から主要なポストが一気に動きました。そもそも、室矢くんは、自分の意志で動いているのですか? 元々の霊力がゼロに近く、千陣せんじん流の宗家から廃嫡されて、東京の紫苑しおん学園で隠遁生活。その鬱屈した状態をスパイに突かれ、『ブリテン諸島の黒真珠』と結託することで、力を分けてもらった。と考えたほうが自然です」


 その指摘に、愛澄は答えられない。

 情報がないうえに、防衛省のキャリアの言い分は筋が通っているからだ。


 室矢カレナは、ユニオンの王家や、『円卓の騎士団』を動かせるほどのVIP。

 その認識まではいいのだが、今度は、、という恐れも出てきた。


 発言をしない上級幹部プロヴェータもいるが、咲良マルグリットを手放すべきではない、という顔のまま。

 カレナが疑わしい、と聞いて、中立派も、そちら寄りに。



「室矢くんは、式神使いです。彼が『ブリテン諸島の黒真珠』を従わせている事実こそ、見るべきではないでしょうか?」


 反論する愛澄だが、千陣流が式神を使役する仕組みを知らないため、説得力に欠ける。


 重遠に友好的な、佐々木ささき大史たいしは、場の流れを変えるべく、宣言する。


「ここで議論するべきは、室矢くんと咲良くんの仲を認めるかどうかだ。『ブリテン諸島の黒真珠』の是非は、今回の議題から外れると思うが?」


 それに対して、防衛省のキャリアが噛みつく。


「しかしだね、佐々木くん! 現にウチが脅された以上、黒真珠の傀儡かいらいとなっている室矢くんに、咲良くんを任せるわけには――」

「式神使いであるのなら、その黒真珠が弱い相手に従うとは思えない。それに、御省が脅されたことに、何も理由がないので?」


 防衛省のキャリアは、口をつぐんだ。


 室矢重遠がカレナを制御できているのか? は、水掛け論に過ぎない。

 安心するためには、彼女をユニオンに強制送還するしかないものの、それは不可能だ。


 まして、そもそもの発端が、カレナからの親書をスパム扱いで放置したこと。

 親書の受け渡しでは、ユニオンの外交官と、日本の外務省のキャリアも同席していたのだ。

 ここで詳しく説明すれば、自分の評価も下がってしまう。



 主導権を握った大史は、自分の考えを伝える。


「私が担当しているポイントZでは、室矢くんのおかげで多くのマギクスが救われた。咲良くんが嫌がっているか、脅されているのなら話は別だが、私は『室矢くんに預けても良い』と考えている」


「それで何かあったら、君が責任を取るのかね?」


 誰かの問いかけに、大史はハッキリと答える。


「この件に関しては、私が責任を取ろう」



 しばしの沈黙が流れた。



 さらに、咲良マルグリットが行った防衛任務の担当者である、中部エリアの守護官である伊藤いとう花耶かやも、追従する。


「咲良さんは、室矢家の一員として、防衛任務に参加しました。現状で無理に別れさせれば、ずっと我々を恨むでしょう。沖縄の針替はりがえ大尉の件をお忘れですか? 彼女の力を考えたら、高等部を卒業するまでは長い目で見ることも、1つの選択でしょう。自流で婚約者がいるのなら、どうせ直に別れますよ。我々への心証を良くしたほうが、後のリターンは大きくなるでしょう。いずれにせよ、高校生で行えることは、高が知れています。問題は、彼女の卒業後の進路では?」


 こちらは自分の責任をぼかしているが、行き詰まった愛澄への助け舟だ。


 高校生の恋愛事情、卒業後の進路という、新たな観点が入り、上級幹部プロヴェータたちは悩み出す。


「言われてみれば……」

「咲良くんが我々を逆恨みするか、心中でもしたら、藪蛇だ」

「遠からず破綻する関係なら、確かに見守ったほうがいい」

「所詮は、愛人の扱いだしな……」

「室矢くんとの間に子供ができても、我々の側に引き込めばいいだけか」

「肉体関係があると、周知されている。無理にお見合いをさせても、お手付きで安く買い叩かれてしまうか……。愛人の立場に甘んじていた、となれば、尚更だ」

「高校生の間は、必要な時に協力させるだけに留めれば、2人で駆け落ちのような真似もするまい」


 マルグリットの防衛任務への参加は、立派な実績だ。

 真牙流のマギクスとして動かせるのなら、建前上の所属はただの言葉遊びに過ぎない。


 場の雰囲気は、彼らの高校卒業まで先延ばしでも、と流れかけたが――



「ちょっと、待ってくれ!? それで、咲良くんがUSFAや東連とうれんに亡命したら、いったい誰が責任を取るのかね? 私は、知らないぞ!」



 防衛省のキャリアが、大きな問題を指摘した。


 それに対して、外務省のキャリアも、話を蒸し返す。


「佐々木守護官が責任を取るにしても、咲良くんを失った場合の損失を考えたらねえ……。やはり、ウチの誰かしらと正式な婚約だけ、させておくべきでは? 子はかすがいとも言うし、1人目を産ませておけば、我々を裏切る心配もなくなる」


「それは、あまりに時代錯誤では?」

「なら、代案を出したまえ!」


「現状で室矢くんの愛人にさせたまま、他のマギクスと関係を持たせた場合、DNA鑑定をしない限り、誰の子供か不明になりますが?」

「咲良くんの子供であれば、それでいい。大事なのは、彼女が真牙流のマギクスと書類上で結婚して、産むことだ。我々が子供を引き取る口実と、その正当性が問題になる」


「それが嫌なら、陸防の駐屯地に隔離するしかない! 我々が許可した日時だけ室矢くんに会うことを許して、営内で半日や1日ぐらい自由に過ごさせる。その褒美で釣って、咲良くんに言うことを聞かせればいい」


「彼女にご家族がいれば、別の手段もあったが……。母方の親族は海外に住んでいる外国人で、父方の親族とは他人だ。現状では、咲良くんに子供を産ませるか、物理的に隔離するしか、方法がない」


「手をこまねいている間に、ユニオン辺りが、咲良くんの母親と親しい人間を接近させない保証はない。後手に回ることは、絶対に避けるべきだ」


 いつの間にか、咲良マルグリットは、書類上で男のマギクスと結婚させるか、陸防の駐屯地に軟禁する、の二択へ。


 しかも――


「梁くん。これは、君の管轄だ! 責任をもって、咲良くんへの説得を行い、いずれかのマギクスとの結婚、あるいは、陸防の駐屯地での軟禁のどちらかを選択させるように!」


「そうだな。元々は、君の学校の生徒で、沖縄の件も君の部下が行ったことだ。咲良くんに命令して、どちらかを選ばせてくれ。結婚については、独身の男であれば、柔軟に判断しよう。別に、我々で相手を強制する気はない。すぐにでもリストを用意させるし、お見合いや交流会も手配するぞ?」


「抜け駆けは、よしたまえ! こちらにも、優秀な若手は多いのだ。梁くん、君からも――」


 もはや決定事項のように、どんどん言葉が重なっていく。


 梁愛澄はベル女の校長で、咲良マルグリットはその生徒だ。

 自分の指揮下にいる魔特隊の失態で火がついたのも、事実。


 他の上級幹部プロヴェータにしてみれば、遠慮する理由はない。


 彼らの頭の中は、自分の傘下にいるマギクスと結婚させて、流派の中で発言力を増すことだけ。

 手の平を返して、咲良マルグリットとの窓口である愛澄にアピールする。


 逆に言えば、こちらが本命だからこそ、1つ目の件で愛澄を槍玉に上げなかったのだ。



 先ほど啖呵を切った佐々木大史は、苦い顔で黙り込んでいる。

 彼に同調している伊藤花耶も、反論する材料がなく、思案中。


 この2人は、咲良マルグリットを室矢家に預けてもいい、という派閥だ。

 自分の担当エリアで大きな貢献をしてくれた以上、恩を仇で返せば、戦地帰りのマギクスや関係者に殺されかねない。


 他のエリアの守護官も、何かあれば助けてもらいたいので、大史たちに加勢したいところ。

 しかし、内政をしている彼らは、外交が絡んだトラブルに手を出せない。

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