第310話 愛澄ちゃん(30代前半)はサピエン・キュリアに挑むー①

 東京にある、真牙しんが流の拠点の1つ。


 軍事基地を思わせる、厳重な警備。

 その最奥に位置するのが、薄暗い作戦司令室だ。



 軍施設を思わせる、長方形のテーブル。

 各席には、モニター付きの豪華な椅子が並ぶ。


 上座の議長席には、厳しい顔つきの男が座っている。


「急な知らせだったが、よく集まってくれた。では、定刻通り、始めよう」


 各部門の上級幹部(プロヴェータ)が一堂に会する、全賢者集会(サピエン・キュリア)の開始だ。



 議長は、今回の議題を説明する。


「発起人の悠月ゆづきくんから提示されたのは、2点だ。どちらも、陸防のりょうくんが関わっている。1つ目は、沖縄の琉垣りゅうがき駐屯地で、千陣せんじん流の上位家の当主である室矢むろや重遠しげとおが、魔特隊への敵対を宣言したこと。2つ目は、魔法師マギクス咲良さくらマルグリットが戦略級の魔法を使用したことだ。意見を集めたうえで、我々の意思決定を行いたい。では、梁くん、魔特隊の件を説明したまえ」


 梁愛澄あすみは、自分の席に座ったまま、目の前の端末を操作する。

 それぞれのモニターに、箇条書きの説明が出た。


「沖縄の魔特隊については、非番で外出中の雑賀さいか伍長が室矢くんと咲良さんの2人に絡んだことが発端で――」


 最初から最後までの説明を行ったら、質疑応答の時間だ。


「他流と戦争にならなかった点は、素晴らしい。けれど、ウチが千陣流に屈したのは、いただけないね?」

「ごもっともな意見ですが、針替はりがえ大尉を始めとする、約10名の自発的な意思による始末です。決して、千陣流に屈したわけではございません」


「教導のために訪れた教官というのは?」

「彼女は、室矢家の名代みょうだいです。最終的な交渉で、針替大尉と接触しました。私が把握している滞在時間は、半日ぐらいです。建前上の名目として教導が手っ取り早く、この点については防衛省と琉垣駐屯地の司令の協力もありましたから、私は最終的な確認のみでした」


「防衛省は、大事にならなかったことを評価します」

「ご理解いただき、ありがとうございます」


「警察庁も、防衛省さんと同じ意見です」

「重ねて、感謝申し上げます」


海幕かいばくも、梁准将じゅんしょうを支持します」

空幕くうばくも、同じです」

「ありがとうございます」


「針替大尉たちの現状と、中隊の補充は?」

「彼らは、防衛任務に就いています。中隊の補充も完了しており、定数を満たしている状況です」


 思っていたほど厳しい追及にならず、愛澄はホッとした。


 この件が蒸し返されて困るのは、防衛省だ。

 警察庁も、その流れに乗っかった。


 親戚のような海上、航空防衛軍の各代表。

 海上幕僚本部、航空幕僚本部にいる准将たちも、フォローしてきた。

 ここで厳しい追及をすれば、明日は我が身だ。


 財閥のほうは、詳しい情報がないことから、様子見に徹したか……。



 そこで、議長が締めくくる。


「魔特隊の総指揮官である梁くんの責任を問うべきだが、今回は主犯である針替大尉たちが詰め腹を切っている。これ以上の処分は、他の魔特隊に悪影響を及ぼす。千陣流の風下に立つのはしゃくに障るものの、ここが落とし所だろう」



 さて、本番だ。


 議長は、剣呑な雰囲気をまといながら、2つ目の議題を宣言する。


「次に、咲良くんの件を話し合おう。彼女については、ベルス女学校の梁くんと、バレの開発を行っているマギテック研究所の悠月くんが当事者だ。梁くん、説明したまえ」


 愛澄は同じように、手元のモニターで資料を呼び出した。

 他の上級幹部プロヴェータも、自分の席でチェックする。


「室矢重遠が参加した交流会から、説明します。モニターでご覧になっている――」


 要点だけ述べたが、長い話だ。

 ベル女の大破壊の説明でもあるため、途中でさえぎる人間はいなかった。

 しかしながら――



「ふざけるのも、大概にしたまえ!!」



 愛澄が危惧していた通り、1人の上級幹部プロヴェータがバンッと机を叩きながら、怒鳴った。


 それを皮切りにして、次々に発言が出てくる。


「千陣流の上位家の当主に、それも妻ではなく、愛人にさせろ、というのは、さすがに擁護できないね。その室矢くんには、自流の名家の女が妻としているのだろう?」

「交流会の時はいざ知らず、戦略級の魔法を使い、一個中隊ぐらいの戦果を挙げた以上、もう咲良くんと接触させるわけにはいかない」

「彼女は、これからの真牙流の看板になる逸材だ! 過去は問わないが、すぐにでも釣り合う男と結婚させよう」


「咲良さんは、室矢くんと一緒にいることを望んで――」

「女子高生の戯言など、いちいち気にしている事態ではない! そもそも、校長である君が甘い顔をしているから、一男子高校生に振り回されるのだよ!!」


 場の流れを変えようとする愛澄だが、逆に弾劾される。


 先ほど許されたものの、自分の中隊を失ったばかりだ。

 発言力はゼロ、といってもいい。


 それに、愛澄ですら、正式な婚約者がいる状態で愛人にすることを認めさせるのは、ほぼ無理だ。と感じている。


「室矢くんは、女好きと聞く。だったら、ウチで使い物にならないが、容姿のいい女子生徒を数人ぐらい見繕って、彼にまた宛がえばいいだろう? むろん、本人の希望を確認したうえで……」


 交流会で彼が提出した希望書は、“可愛い巨乳に無責任の中出しで、調教したい” だ。

 このような意見が出てくるのは、当たり前。


 いっぽう、私が反論できるのは、2人の気持ちという感情面のみ。

 この流れで争ったら、絶対に勝ち目はないし、魔特隊の件に逆流する。


 他の上級幹部プロヴェータが発言をする前に、愛澄は奥にいる人物を見た。


「議長! 私は、室矢くんと咲良さんの防衛任務への参加について、論点を移したく存じます!」


「……それは、今回の議題と関係があるのかね?」


 うなずいた愛澄は、その理由を述べる。


「はい。2つの件には、どちらも室矢くんが関係しています。咲良さんの実力を改めて確認することも、彼女の処遇を正しく判断するために役立つでしょう。また、室矢くんは一時的にマギクスになることで防衛任務に参加しました。その貢献をもって、当流からの称号を欲しがっています。咲良さんも同じ動機で、室矢家の一員として防衛任務に参加したことも、この場ではっきりと申し上げておきます」


「提案を認める。まず、室矢家への称号の件だ。室矢くんの防衛任務を担当した守護官は、説明を始めてくれ」


 議長が命令したことで、北海道エリアの守護官、佐々木ささき大史たいしが口を開いた。


「ポイントZにおいて、室矢くんが野戦基地に加わりました。結果として、現地に巣食っているミーゴどもを吹き飛ばし、これを殲滅。その貢献は大である、と申し上げます」


 頷いた議長は、愛澄に説明を求めた。


 それを受けた彼女は、端的に言う。


「沖縄の魔特隊の件は、室矢くんの知名度の低さが主な原因でした。『再発防止のために、真牙流で通用する称号が欲しい』という話です。利権ではなく、ウチの誰にでも通用する身分証明書が欲しいだけ、と聞いております」


 誰からも、否定的な意見は出てこない。


 当然だ。

 千陣流の上位家の当主が、下っ端のマギクスという立場に自ら甘んじて、戦場で功を成したうえに、納得できる要求なのだから。


 険しい顔つきの議長も、すぐに首肯した。


「よかろう。その件は担当者に任せて、後ほど承認する。……咲良くんの防衛任務については?」


 中部エリアの守護官、伊藤いとう花耶かやが、説明を始める。


「原生林の中にある観測基地で、植物によるバイオハザードを鎮圧しました。陸防の化学防護隊に後処理を任せています。咲良さんは単独で、周辺一帯を消滅させる魔法を使用したようです」


 全賢者集会サピエン・キュリアに出席している面々が、その報告にざわついた。


 視線を集めた悠月五夜いつよは、説明を始める。


「咲良さんのバレを分析している途中ですが、一瞬で広域を凍結させています。それを突き詰めた結果、周辺は物質の形を失ったようです」


 五夜は、優雅な雰囲気を保ちながら、自分の席にある端末を操作している。


 いっぽう、他の上級幹部プロヴェータたちは、現時点のデータと、見渡す限りの荒れ地となった映像を見ながら、口々につぶやく。


「信じられん」

「もはや、戦略兵器だ」

「すぐにでも、我々の成果として発表を……」

「いっそ、世界的な科学賞を狙うか?」

「周辺諸国への牽制けんせいとして――」


 もはや、室矢重遠の愛人にするか? という次元ですらない。

 どの出席者も、いかに自分たちの利益に繋げるのか? で頭がいっぱいだ。


 真牙流の上級幹部プロヴェータの内訳は、中央省庁のキャリア、防衛軍の幕僚、それに財閥の主要ポストにいる人物などだ。

 公的機関はコネ枠だが、就職まで通常のハードルを乗り越えなければいけない。

 入った組織の中で重要なポストを奪わず、率先して割に合わない役割もこなす。


 マギクスの力、真牙流のネットワークを活かしての他省との調整、政財界での仲介役によって、自分の組織へ貢献。

 定年までいることが少ないキャリアの再就職先の世話や、防衛軍の下士官などの再就職にも、尽力している。

 自分たちの息がかかった組織とは限らず、公平な対応だ。


 彼らは、自分の所属先にメリットを確保するという、政治的な側面が強い。

 国家権力に無縁の千陣流と比べて、だいぶ雰囲気が異なる。


 梁愛澄のように、一代で成り上がった幹部もいれば、御家として代々の襲名も。

 ただし、名家の場合は、出来が悪い子供は他家に出されるか、婿養子で優秀なマギクスを迎えることも多い。



 中央省庁のパワーバランスで衝突しながらも、政財界の関係があって、日本の各エリアの意地のぶつかり合い。

 マギクスとしての実力でも体育会系の序列がつき、御家の名誉もかかっている。


 その面倒臭さは、この手の駆け引きに慣れている愛澄ですら、プレッシャーで思わず吐くほど。


 腐っても秘密結社なので、他の上級幹部プロヴェータと敵対すれば、その勢力との全面戦争へ。

 侮辱の内容によっては、暗殺されることも珍しくない。


 つまり、日本で面倒な権力争いを闇鍋にしたのが、この全賢者集会サピエン・キュリアだ。

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