第275話 JCに詳しい俺の前で偽者とは大胆だな?

 倒れている支鞍しくら千波ちなみは、前に会った時と全く違う雰囲気。

 しかも、ボロボロになったセーラー服。


 命懸けの戦闘で、趣味に走ることは許されるのか?


 千波も、海上防衛軍の下士官だったはず。

 彼女が乗った特型駆逐艦で、艦長の趣味という可能性は……ないよな。


 そう思っていたら、頭の中でグレン・スティラーの声が響いた。


『どう思いますか、室矢むろやくん? ……ああ、こちらを向かないでください! 考えるだけで伝わるから、声もいりません』


 テレパシーか?


『はい、その通りです。本来は重大な違反ですが、非常時ゆえ、現場の士官としての判断で使用しました……。私と室矢くんのホットラインで、それ以外には伝わりません。それから、これは通話に過ぎず、頭の中を覗いているわけではないです』


 なるほど。

 まあ、ここで疑っても、水掛け論だから……。


 OK!

 グレンのことを信用するよ!

 ……あ、敬称をつけるか、ファミリーネームのほうがいい?


 指揮は、誰がとる?


『敬称なしの名前で、構いません。私とミリーは指揮官に向いていないので、室矢くんにお願いします。それより、倒れている女性ですが、本物だと思いますか?』


 微妙だなあ。

 俺とメグは会ったけど、そこまで親しいわけじゃないし……。


 とりあえず、目を覚まさせて、会話をしたい。


『分かりました。……おっと、彼女が目覚めたようですね』


 倒れている千波のほうを見ると、スティアと咲良さくらマルグリット、それからミーリアム・デ・クライブリンクに介抱されていた。


 テレパシーで会話をしていた俺たちは、ぼけーっと突っ立ったままだ。



「ゥウッ……。ハェス……」



 千波は、焦点の定まっていない目をキョロキョロとさせつつ、言葉にならないうめきを上げている。

 痛みや恐怖というよりも、しゃべりたいけれど言語になっていない感じ。


 俺に医学の知識はないから、あくまで印象だ。



「ほら、大丈夫よ? 私が言っていることは、分かる?」

「怖がる必要はないわ!」


 ミーリアムは、同じ女であるものの、完全防護の戦闘スーツだ。

 そのため、素顔を見せているマルグリットとスティアがなだめている。



「わた、し……。支鞍、千波……。人だ……。久しぶり……」



 ――10分後


 千波(仮)は上体を起こしたまま、たどたどしい口調で話し出した。

 懸命に話し続ける2人の傍らで、ミーリアムは周囲を警戒中。



 ここで、グレンからテレパシーが入る。


『室矢くん、そろそろ話を聞けそうですね』


 ああ。

 しかし、たぶん黒だ。


『……理由をお聞きしても?』


 俺たちはウェルナー大佐たいさの能力で、フリーフォールをしてきた。

 それも、高度からの落下と同じぐらいの高さを。


 支鞍千波は、特型駆逐艦に乗っていたはず。


 たとえ異能者でも、俺たちとほぼ同じタイミングでそれをできるか?

 第一、あいつは船や水に関する能力っぽいから、わざわざ海が割られている円柱の中に入ろうとは思わないはずだ。

 自分の艦から投げ出されたか、撃沈された直後であれば、尚更!


『はい、そうですね……。なら、今のうちに、私たちで彼女を拘束するか、ミリーたちに警告しますか?』


 いや、それはマズい。

 今の時点で本性を現したら、メグたちは即応できないだろう。

 おそらく、彼女に同情しているため、俺たちを攻撃してくるかもな?


『ありそうです……。正直、いったん元の世界へ戻りたいですね。残る場合は、10時間ぐらいで片付けて、帰らなければいけません。室矢くんは、どう考えていますか?』


 千波(仮)の正体が、いまいち分からん。

 機動力があるのは、俺とメグだな。

 いざとなれば、その2人で――


 ちょっと、待て。



「スティア、今いいか?」


 ようやく笑顔を見せた千波(仮)に合わせて、屈んでいた彼女は、気だるげに俺を見上げた。

 しかし、真面目な用事だと理解したことで、立ち上がる。



 目配せして、スティアと離れた場所に移動した。


 彼女は、すぐに尋ねてくる。


「なに?」


「俺たちには、酸素もない。特に、USFAユーエスエフエーの2人は、俺とメグに比べて不利だ。千波の正体を早く暴き、大蜘蛛おおぐもたちの本体を倒す必要がある。だから、お前にやる気があるのかを知りたい。なければ、俺とメグの2人で、手加減なしの殲滅だ」


 横目で千波(仮)を見たスティアは、ふうっと溜息を吐いた。


「彼女を疑っているわけね……。了解。この件は、私がやるわ! 元々、カレナに言われていたのだし」


 あっさりと答えたが、これどうよ?


『スティアが本気を出すのなら、大丈夫だと思います。敵の勢力圏で、分散したくありません。全員で移動することを提案します』


 グレンの返事を聞いた俺は、スティアに確認する。


「ところで、目的地は?」


「ここから、数千キロの場所よ! 私が千波を背負うから、あなたとメグで残り2人をお願い!」


 荷物の整理として、水と食料、手当て用の簡易キット、合羽などの必要なものを選び、それ以外は捨てた。

 人を運ぶのであれば、その分だけ軽くしなければならない。




 俺はグレンを背負い、霊力によって強化した身体で駆けていく。

 スティアは千波(仮)、マルグリットはミーリアムをそれぞれ担当している。


「足を引っ張って、申し訳ないです」


 背中のグレンに謝罪されたので、前を見たままで返事。


「気にするな! 現状では、リソースを節約するべきだろう」


 限定された酸素で活動しているグレンとミーリアムに、激しい運動をさせるわけにはいかない。

 戦闘スーツのバッテリーが切れても、動けなくなる。


 疑わしい千波(仮)についても、まだ本人と見なす段階だ。



 周辺を見ると、海洋生物らしき痕跡が目立つ。


『かなり風化していますが、この一帯は海底のようですね……。それも、広範囲だ』


 グレンが、今度はテレパシーで伝えてきた。


 仮に地球のどこかで、海水が干上がるって、あり得ると思うか?


『それは……。普通に考えて、ないですね。部分的としても、大きな地殻変動ぐらいは必要だと思います。私の戦闘スーツでも、紫外線などの異常は検知できません』


 意思疎通をしている間にも、俺たちは高速で走っている。

 これじゃ、らちが明かない。


「スティア! 目的地まで、後どれぐらいだ? 空から行ったほうが、早いんじゃないか?」


 並走している彼女が、千波(仮)を背負ったまま、俺のほうを向いた。


「もう着くわよ! ほら、街の廃墟が見えてきた!!」


 緩やかに上りながら、スティアは片手で指差した。



 それまでの走りにくい凸凹から、砂浜になった。

 ここが、海から陸地への転換点のようだ。



 グレン! 

 ここが元の地球と同じ地形だと考えた場合に、現在位置は分かるか?


『はい。最初に観測したので、地図データと移動距離を照合すれば、何とか……。日本の東北地方、その太平洋の側ですね』


 ふーん。

 しかし、いったん休息を取るべきだろう。


 残り時間は?


『私とミリーの酸素は、予備を除いて、残り9時間です。もし戦闘をするのなら、場合によって1時間を切ります』


 その戦闘スーツの構造は、教えてくれないよな?


『私の口からは、ちょっと……。ただ、「酸素の供給についてはダイビングと似ている」とだけ、お答えします』


 じゃあ、メグに助けてもらう手は無理だな。

 スティアに、頼めないのか?


『いくら彼女でも、無理だと思いますが……』


 まず、聞いてみようぜ?

 話は、それからだ。



「おーい、スティア! ちょっと、休憩しよう!!」


 俺の叫びにピタッと停止した彼女は、千波(仮)を背負ったまま、こちらを向いた。


「そうね。ここで、状況を整理しましょう。……なに? 彼女がいるのに、たびたび連れ出そうとするの、いい加減に止めて欲しいのだけど」


 スティアは愚痴を言いながらも、俺の誘いに乗った。

 千波(仮)を降ろした後で、他のメンバーから離れる。



「グレンとミーリアムの残り酸素は、残り9時間ぐらいだ。お前の能力で、何とかできないか?」


 自分の長髪を指でいていたスティアは、あっさりと答える。


「ああ、ハイハイ! すっかり、忘れていたわ……。もっと早くに言ってくれれば、良かったのに。酸素、窒素、その他と……」


 言うが早いか、パンと両手を叩いた。

 次の瞬間に、一気に風が吹く。


 俺の近くにいたグレンは、周囲を見渡しながら、驚いたようにつぶやく。


「驚きました。酸素がある……。これも、あなたの能力ですか?」


 宇宙服のようなバイザーを収納しながら、彼が言うも、スティアは笑ったまま。


 ミーリアムも、同じくバイザーを収納した。

 心理的に息苦しかったようで、フルフルと首を振っている。



 これで、当面の問題は解決した。

 だが、のんびりとキャンプを楽しんでいる暇はない。

 元の世界では、今も大蜘蛛が侵攻中だ。


 急がなくては……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る