第264話 ネットだけではなく現実でも釣りができる

 最近の咲良さくらマルグリットは、ちょうど日焼け跡になっていて、白い双丘と股間、それ以外の焼けたコントラストが最高だ。


 最初は普通に味わい、生クリームやチョコをかけてみた。

 ルームサービスでフルーツも頼んで、トッピング。

 一番上にイチゴが載っているパフェのようなものだ。


 気がついたら、夕方になっていた。


 マルグリットは何か言いたげであったものの、俺の悲しそうな顔を見たら、気が済むまで、どうぞ! と返してきた。

 しゃぶるか、舐め続けたせいで、口の一部が、かなり疲れた。



 ある日の俺たちは、護岸釣り。


 南国の魚は、カラフル。

 亜熱帯のため、寒冷地の魚はいないのだ。


「本土の方には、見慣れないでしょうけど。余すところなく、刺身でも煮つけでも食べられます」


 ガイドの説明によれば、カラフルでも、タイの一種らしい。

 淡泊で、どの料理にも合う。


「周囲に潮流があるから、沖に出なくても、色々と釣れる可能性があります。気軽にできて釣果も期待できるのが、ここの特徴です」


 聞けば、イカダの上で釣るか、定番の船釣りも、オススメだとか。

 船釣りは小型のマグロを狙えるが、チャーター代が上乗せされ、出船したら船酔いでも帰れない点に気をつける必要があるそうだ。


 釣りは狙う魚によって道具が変わるため、釣り場の近くにある釣具屋でオススメを借りた。

 ライフジャケット着用と紫外線の対策を行い、ボケーっと座る。


「一番手っ取り早いのは、釣り堀ですね。私としては、このように護岸でも海釣りをしてもらいたいところですけど」


 釣り場のガイドの説明を聞きながら、釣果の実績を見る。

 ブダイ、アジ、ハタ、イカ。


 周囲には、観光客の釣り人がいる。

 子供を連れたファミリーも多く、親やガイドに釣り糸などを準備してもらい、竿さおを握っていた。

 そういえば、マルグリットも、夜には別の竿を握っているな……。



長閑のどかねー!」

「そうだな」


 マルグリットの問いかけに答えながら、目の前の海を眺めた。


 釣り用のチェアに座っていて、長時間でも疲れはない。

 金髪碧眼きんぱつへきがんの容姿は、沖縄の観光スポットで周囲に溶け込んでいる。


 コンクリートの防波堤には、大きな隙間。

 浅い海には、明るい色の水面が広がっていた。


 中には、本格的な装備をした釣り人の姿も。

 地元の常連だろう。


 ザザーンと、波が寄せては返す。


 天気が良く、俺とマルグリットは帽子を被っている。

 これだけでも、直射日光に対して効果があるのだ。


 水分補給のために、お茶とスポーツドリンクを完備。

 脱水や熱中症の予防として、30分置きに少しずつ飲む。

 2人いるから、交代で休憩できる。


 ここは前のビーチのようにナンパ野郎がいる場所じゃないから、その点では気楽だ。


「前のUSユーエスの話だけど……」


 マルグリットが話しかけてきたので、俺はそちらを向く。


 それを受けて、彼女は続きを口にする。


「スティアと絡んでから、一般の部隊の人も優しくなったわね?」

「あのロリ娘のパンチを受け止めただけで、ずいぶんと態度が変わったよなあ……」


 返事をしながら、しみじみと思う。


 沖縄で遊べる場所となれば、非番のUSFAユーエスエフエー軍の兵士たちと出くわす機会も多い。

 だが、基地で感謝してきた大男や、その他に見覚えのある連中は、フレンドリーだった。

 相変わらず、スティアを見ると怯えていたが。


 俺を目のかたきにするロリ娘がいないと、落ち着け――


「刺身にしてもらったけど、食べる?」


 お嬢様っぽい声で、振り返る。

 そこにはロリ娘ならぬ、スティアがいた。


 彼女は動きやすい服装で、汚れても構わない状態だ。

 山吹色の長い髪は後ろで束ねられ、日光で金髪のように光る。

 沖縄の海とよく似ているグリーンの瞳で、こちらを見た。


 持っている皿の上には、綺麗に並べられた刺身。

 釣られた魚の、成れの果てだ。


 割り箸を差し出されたので、マルグリットと一緒に、少しだけ食べた。

 醤油しょうゆとワサビをつけて口に入れたら、コクのある甘み。


「美味しい!」

「釣った直後だと、格別だな」


 マルグリットと感想を言ったら、釣り上げたスティアは笑みを浮かべた。


「そうでしょう! あなた達も、釣ったら調理してもらうといいわ!!」


 彼女が指差した方向には、“お持ち込み歓迎” の看板が。

 魚を切り開いて、希望通りに調理してくれる、有料サービスのようだ。


 得意げな顔のスティアは、店のテーブルに戻って、残りの刺し身を食べ始めた。


「俺たちは、このハンバーガー、ホットドッグも食べないと……」

「そうね……」


 US基地のキャンプ・ランバートで顔見知りになった連中が、ハンバーガー、ホットドッグを大量に奢ってくれた。

 助けてもらったお礼だと。


 2人で、チマチマと食べている。

 スティアたちにもお裾分けしたが、まだまだある。


「なあ……。お前は、ユニオンに行ってみたいか?」


 海を眺めつつ、ふと訊ねてみた。


 すると、マルグリットはしばらくうなってから、答える。


「ママの親族には会ってみたいけど、重遠しげとおと別れてまで行く気はないわ。パパの親族は日本にいると思うから、そちらは『絡まれないように注意しないと』って感じ! 私はもう、室矢むろや家の人間なのだから」


「そっか……」


 しかし、そこで思い出す。


「カレナも、『ユニオンから来た』と言っていたな」

「へー、そうなんだ! じゃあ、1回聞いてみようかな? どんな場所か……」


 釣りをしていると、普段より優しい気持ちだ。


 再び、スティアの声がする。


タイの煮つけよ! 食べる?」



 帰る直前にグイグイと竿を引かれて、俺は大きな魚を釣り上げた。


「……こいつ、体にオレンジ色の線が入っているけど、食えるのか?」


 疑問に思いながら、近くの店に調理を任せる。

 その結果、2人分の夕飯ができた。


 リゾートホテルへの帰り道にある店舗で、飲み物を購入。


 スティアから分けてもらったオカズ、ファーストフードの残りと併せて、今日の夕飯はスイートルームで食べることに。



 ――ファン・グランデ・リゾートホテル


 だんだんと愛着が湧いてきたホテルの最上階で、差し込んでくる夕日と、静かになったビーチを見下ろしながらのディナー。

 椅子があるほうのベランダへ出て、サイドテーブルに並べた料理をつまむ。


「東京にいた時は、気づかなかったけど……」


 咲良マルグリットの台詞で、そちらを見る。


 薄闇の中で輝くブルー。

 その瞳で俺を見ながら、彼女はつぶやく。


「この世界って、異能者と非能力者ですごい摩擦があるのね? 教科書を開いてのお勉強と現場では、比べ物にならないわ。ベル女は隔離された要塞だったし、紫苑しおん学園も金持ちの子供が通う私立だったから……」


 同じく椅子に座ったまま、同意する。


「そうだな! 東京に戻ったら、早く身の安全……。他の誰からもナメられないように、備えるべきだ」


「うん……」


 力なくうなずいたマルグリットを見ながら、俺は考え込む。


 ピンチは、チャンスだ。

 沖縄に来て、この短期間で色々あった。

 だが、見方を変えれば、東京にいたら接触できない団体とも面識を持てた。

 俺が置かれている現実。

 その厳しさを実感できたのは、むしろ助かった。

 なぜなら、高校卒業まで、まだ2年半もあるからだ。


 南乃みなみの詩央里しおりには言い辛いが、場合によっては千陣せんじん流を足抜けすることも考えるべきだ。

 少なくとも、弓岐ゆぎ家の当主が俺を謀殺できる状況は、早めに解決しなければ。

 代わりのスポンサーを見つけたい。


 原作の主人公である鍛治川かじかわ航基こうきにせよ、室矢むろやカレナにせよ、その妹の深堀ふかほりアイにせよ、宙ぶらりんのまま。

 彼らとの距離を決めて、無事に高校を卒業したら……。


 どうする?

 大学に進むのか、それとも働くのか、事業を起こすのか?


 必死に考える俺を見かねたようで、マルグリットが提案する。


重遠しげとお、そろそろ部屋に入らない?」


 この話題をベランダでするのは危険だ、という意味か。


 息を吐いた俺は、彼女を見た。


「ああ! リビングの大型モニターで、また海中の映像でも流すか」


 2人でリビングダイニングに戻り、使い捨てのお皿などを片す。


 マルグリットは、俺の顔を見ながら、真剣な声音で言う。


「私、自分のことだけ考えていた。そのせいで、魔特隊の大尉たいいごときに付け込まれて……。でもね、重遠! 私、もうブレない。ベル女の交流会で、あなたに救われた命だもの! これからは、室矢むろや家の1人として頑張る! ……その機会があれば、だけど」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る