第263話 陸軍の暴走について海軍はどう思われますか?

「それで、また私たちのところへ来たと」

「いきなりヘビーすぎる話題に、言葉もないわ……」


 海洋博覧公園の埠頭ふとうに足を運んだら、ヨットで暮らす2人と出くわした。


 全てではないが、琉垣りゅうがき駐屯地の魔法技術特務隊に難癖をつけられ、引導を渡したことは教えた。

 どうせ、魔法師マギクスうわさで流れる。


 前と同じく、色付きの障壁に守られたヨットの中で話を聞いた空賀くがエカチェリーナと支鞍しくら千波ちなみは、顔を引きつらせた。

 正直、すまんな?


 エカチェリーナは、すぐに立ち直った。


「うちは海上防衛軍だから、少し事情は違うが……。まあ、基地の中は世間と違うね。艦に乗れば、そこが住所みたいなもので。上層部も、『安心して航海できる環境にしよう』って、家族へのフォローをしているよ」


 千波も、その話題に乗っかる。


「海外協力や災害救助だと、けっこう長丁場もあるわね。そういう時は、叩き上げの先任を中心に、頑張っているわ! 下士官のまとめ役だけあって、頼りになるのよ!! 艦長ですら、先任に敬意を払っているぐらい」


 俺たちを気遣ってか、2人は自分たちの話をしてくれた。

 少し時間がった後に、エカチェリーナが話題を戻す。


室矢むろやさんの話だが……。必ずしも、悪いうわさだけじゃない。けれど、他流が自分の縄張りで活躍したことに、良い顔をしない人もいるのさ」


 千波も、それに同意する。


「そーね! 私とリーナは気にしないけど、『魔法も使えないのに出しゃばるな!』と考える人はいるでしょう。ベル女の交流会だけなら、ここまで悪評にならなかったと思うけど……」


 ベルス女学校の召喚儀式で、一気に悪い方向へ傾いたわけか。

 正確には、アンチが勢いづく要因になっていると。


 思案する俺は、とりあえず話していく。


「琉垣駐屯地の魔特隊も、発言していたが……。俺に婚約者がいて、さらにメグをお持ち帰りしたことは、周知の事実なのか?」


「そうだね」

「インパクトがあるから、すぐに思い出せるわ!」


 エカチェリーナと千波の返事に、考え込む。


 ベル女の召喚儀式は、極秘だ。

 そして、俺が他流の女を集めていることも、隠しようがない。


 ふと、気づく。


真牙しんが流に、俺を認めさせればいいのか?」


 腕を組んだ女子中学生コンビは、それぞれに感想を言う。


「結論は、そうだが……」

「マギクスじゃないのに、どうするの?」


 今からマギクスの学校に入るのは、悪手だろう。

 千陣せんじん流からの離脱になってしまうし、せっかく剣術を教えられたことが無意味になる。


 仮にも特殊部隊が思わず暴力を振るうぐらい、俺の評判は悪いわけだ。

 ベル女のような隔離された場所に1人で行ったら、たぶん生きて帰れない。

 それに、時間がかかる。


「えっと、重遠しげとお! 防衛任務って方法もあるけど?」


 咲良さくらマルグリットの発言に、原作を思い出した。

 ふわっとした説明で、主人公の鍛治川かじかわ航基こうきは行っていないけど……。


 海に生きるエカチェリーナと千波は、難しい顔だ。


「陸防は、それがあったね! だけど、他流のままでは、色々と面倒になりそうだ」

「やっぱり、魔法を使わないと……。試しに、マギクスの測定を受けてみる?」


 彼女たちの言う通りだ。

 ベル女の校長と交渉して、マギクスの扱いで、防衛任務に出向くか?


 でも、マルグリットが残留できるのかどうか……。


 南乃みなみの詩央里しおりの考えを聞かないと、話が前に進まない。

 これ以上は、やめておこう。


「2人とも、ありがとう。気が楽になった! あとで、何かおごるよ」


 お礼を言ったら、マルグリットもそれにならった。


「どういたしまして……。頼ってくれるのは、嬉しいよ」

「話だけなら、聞いてあげるわ! あまり役に立たないけど!」


 対面のソファに座っているエカチェリーナと千波は、微笑んだ。



 飲み物が用意され、千波が改めて感想を言う。


「魔特隊って、陸防の特殊部隊でしょ? 防衛省のキャリアが見ている前で、よく暴行をした挙句に、本音をぶちまけたわね……」


 肩をすくめたエカチェリーナは、指摘する。


室矢むろやさんが、本当に千陣流の上位家、それも当主だとは思わなかった。それに尽きるよ!」


 首をかしげた千波のために、説明する。


「千陣流で当主を名乗れるのは、一定以上の家格、または副隊長より上だ。それをたがえれば、暗殺される」


 納得した千波は、すぐに突っ込む。


「じゃあ、すぐにそう言えば、良かったんじゃないの?」


「それを指摘されたら、弱いが……」


 ここは、とても微妙だ。

 たとえば、あの野郎が最初に絡んできた時、その次のホテルへ押しかけてきた時に言う選択肢もあったが――


「うちの当主は、基本的に年寄りだ! 次期当主は隊長などの立場で貢献しながら、業務の引継ぎなどを段階的に進めていく。ここまでは他流も知っているから、説得力がなさすぎるんだよ。俺は男子高校生で、しかも他に年長者がいない」


 俺の支援者である南乃家、弓岐ゆぎ家から話をする場合でも、すぐには無理だ。

 それ以前に――


 考えていたら、マルグリットが代わりに話す。


「私が乗り気で、魔特隊の合同演習に参加したから。重遠は、動くに動けなかったのよ。結果的に、私は1週間も駐屯地にいて……」


 話を聞いたエカチェリーナと千波は、呆れた。


「なるほど。魔特隊は、学年主席に匹敵する力を狙ったんだな……」

「1週間って……。重遠は、よく帰らなかったわね?」


 怒りの雰囲気になったエカチェリーナは、親友に説明する。


「室矢さんを根負け、または誤解させて、咲良さくらさんをフリーにしたかった。それが、大尉の狙いだ! 意図的に圧力をかけつつ、部下にも協力させて、誘導したんだよ。それだけ時間がてば、戻ったところで、男が受け入れるはずもない」


「ひどい話ね! あの駐屯地の全体で?」


 首を横に振ったエカチェリーナは、千波の疑問に答える。


「推測だが、魔特隊のみ……。同じ駐屯地でも、別の兵科はご近所みたいなもの。異能者と非能力者のみぞもある。多少の忖度そんたくは、してもらえるだろうけど」


 喉を潤したエカチェリーナは、続きを口にする。


「相手はしょせん男子高校生で、他にも女がいる。だったら、自分たちのペースで押し切って別れさせれば、それ以上は何もできないだろう。千陣流といっても、本当に宗家の元嫡男とは思えない。どうせ、噂に尾ひれがついて、大げさに伝わっただけ。彼女はマギクスだから、自分たちのところに来るべきだ。……これも想像だが、当たらずとも遠からずだと思う」


 エカチェリーナは、俺の顔を見た後で、呟く。


「ところが、2人そろっての駐屯地への突撃で、防衛省のキャリアが立会人ときたものだ。おまけに、大尉が思っていたよりも、室矢さんにヘイトが集まりすぎていた。しかし、防衛省の役人が見ている前では、室矢さんを怒鳴りつけて萎縮させ、自主的に引き下がってもらうしか方法がない。あの場面で室矢さんの肩を持てば、指揮官としての人望がなくなるからね。そこへきて、室矢さんの自己紹介と要求だ。大尉の計算では、あの場面で言う度胸がないはずだったし、千陣流の当主ではなかったはず……。あそこまでやって、実は絶対に手を出してはいけない相手だった。そりゃ、どれだけ精鋭でも、ベラベラと本音をしゃべる。フフ、もう終わりだよ! 中隊も連帯責任だ。まあ、『民間人へのリンチは嫌だ』『やり方が気に入らない』『彼が悪いとは思えない』と、その場にいなかった隊員もいそうだけど……」


 話を聞いていた千波は、ふと呟く。


「そういえば、『防衛軍に対異能者のヒットマンがいる』って聞いたけど……」


 彼女を見たエカチェリーナは、物憂げに返す。


「私なら、異能者の拠点に1人でやってくる人間を警戒するけどね? ……老婆心だが、室矢さんは大丈夫かい? ここまでナメられた以上、自分で片付けないと、千陣流から詰められるのでは?」


「俺の式神に任せた。問題はない」


 それを聞いたエカチェリーナはうなずき、質問してくる。


「君たちは、仲直りしたのかい?」


 俺とマルグリットは、お互いに見た。

 それから、説明する。


「浮気ではなかったし。その、何だ……」


 久々に燃えたから、どうでも良くなりました。とは言えない。


 察した千波が、笑顔で言う。


「仲直りックスで、解決したの?」


 微妙な顔になった俺は、水を差す。


「まあ、そうだが……。頭の痛い問題が、まだ残っているんだよ」


 不思議そうな顔の千波に、隣のエカチェリーナが解説する。


「もう1人の婚約者に、この裏切りに等しい行為を納得させるのは、大変だろうね……。悪いが、そこまでのアドバイスはできない」


「年齢がそのまま恋人いない歴だから、まさに周回遅れ!」


 悲しくなるから、止めてくれ。と返す、エカチェリーナ。


 いっぽう、千波は明るく言う。


「私たちも、重遠の女に立候補する? でも、巨乳じゃないし、無理――」

 ダンッ!


 冗談で言っていた彼女は、グラスをテーブルに叩きつけた親友に、びっくりした。


 だが、すぐに顔を上げたエカチェリーナは、気遣う。


「手が滑ったよ、千波」


「そ、そう? 傷がつくから、気をつけてね……」

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