第244話 目立って有名になれば悪意を持つ人間とも出会う

 ――海洋博覧公園 ショップエリア


 水族館から出た俺たちは、国営公園を散歩した。


 園内の移動として有料の電気遊覧車が走っているほど、広い。

 ちょっとしたアミューズメント施設に匹敵する。


 沖縄の郷土、熱帯の植物、プラネタリウム、文化館と、見るべきものは多いのだ。

 また、子供向けの屋外アスレチック施設もある。


 沿岸にあるため、とても美しい景色だ。

 エメラルドグリーン、コバルトブルーの海。

 晴れていれば、まぶしい太陽と青い空。


 どうやら夕日も綺麗のようで、“夕日” と名付けられた広場とレストハウスもあった。

 今はお昼過ぎで、老若男女、国籍も様々な人間が行き交う場。


 ザワザワとうるさい公園内を散歩すると、飲食店はどこも満席だ。

 ファーストフード店と同じセルフが多く、路面店のように通りがかりで持ち帰れるタイプも目立つ。

 明るい色の赤瓦あかがわらが、沖縄にいる証拠だ。


 ちょうどランチタイムのため、家族連れやカップルで賑わっている。

 テイクアウトで、立ったまま食べている姿も。


 腕から離れない咲良さくらマルグリットのほうを向いて、話しかける。


「やっぱり、順番待ちだな。早めに食べておいて、正解だった」

「そうね。でも、真夏の炎天下だから、水分補給はしておきましょ?」



 ――海洋博覧公園 ビーチ


 人混みを避けて歩き、エメラルドグリーンの楽園に辿り着く。

 サンゴ礁に囲まれたビーチで、その水質は本土では見られない美しさ。

 Y字に突き出しており、左右を合わせた3つで、それぞれ異なる浜だ。

 下の部分にビーチハウスがあって、売店や着替え、シャワーを利用できる。


 ジリジリと照り付ける日差しに負けない色とりどりの水着が、ビーチパラソルの下などで咲いている。

 意外にも、服を着たまま、靴だけ脱ぐか、ビーチサンダルにしている人も多い。

 少し離れた位置の白い見張り台には、ライフセーバーが座って、全体を監視中。


 と思っていたら、咲良マルグリットに胸を押し当てられた。


「明日に天気が良かったら、私たちも海水浴にする? 水着を用意したから」

「それもいいな。俺の水着は……。ホテルの売店で、適当に買えばいいか」


 胸の谷間に片腕をはさむ勢いのマルグリットに、もう片方の手で服の上から軽く頂点をなぞってやると、少しだけビクッと反応した。


「んっ……。今日? 別にいいわよ。ただ、明日はお休みにしてね。さすがに、連続は辛いから」


 ビーチハウスで飲み物を買おうとしたが、ここでマルグリットを1人にしたら、間違いなくナンパされる。

 現に、チャラい男たちがグループで、どんどん声をかけている。

 あまりしつこいナンパは警備を呼ばれる、と熟知しているようで、脈がないと分かったら、すぐに移動。

 これだけ雰囲気の良い場所なら、数撃てば当たるのだろうな。


「メグ、飲み物とスナックはいるか?」


 うなずいた彼女を見て、俺たちはビーチハウスへ行く。


 忙しそうに接客している店員にフルーツドリンクを頼み、隣のホットスナックも買う。

 いったん場所を移動した後で、地べたに座り、美しい海を眺めながら食べる。


 夏休みだなあ……。



 食べ終わった後も、しばらく2人でたたずんでいたら、マルグリットが話しかけてくる。


重遠しげとお、私ちょっと花を摘んでくるわ! ここで待ってて」


 ビーチハウスは、すぐそこだ。

 でも――


「大丈夫よ! すぐに、戻ってくるから!!」


 片手を振ったマルグリットは、ザクザクと砂浜を踏みながら、トイレへ向かった。


 ハアッ。

 ちょっと心配しすぎ――

「なあ、お前よお! ちょっと、いいか?」


 声と同時に、人の気配を感じた。

 すぐに立ち上がりながら、後ろを振り向く。


 ビビッドなTシャツと短パンで、日焼けをした若い男たち。

 3人で、どいつも遊び慣れた雰囲気だ。

 足元はビーチ用のサンダルで、ニヤニヤしながら、俺を見ている。

 逃がさないためか、半円を描く感じで囲む。

 俺の後ろは、エメラルドグリーンの海だ。


 静かな場所で休もうとしたのが、裏目に出たな……。


 地元民らしい男たちで、俺に一番近いチャラ男が、言う。


「警戒すんなって! 俺ら、この辺にちょっと詳しいんだよ……。お前ら、本土から来たばっかりだろ? 案内してやる――」

 ドンッ


 その発言の途中で、もう1人の男が体当たりした。

 鈍い音を立てながら、男2人が倒れ込む。


 と同時に、俺は霊力で身体強化をしたまま、一気に地面を蹴って、ビーチハウスのほうへ急いだ。

 用を足したマルグリットと合流した後、植物園のほうへ退避して、カフェで一休みをする。



 ◇ ◇ ◇



 ビーチの片隅。

 ひとけのない場所で、倒れ込んでいた男2人が立ち上がる。


「いってえなあ!! 何すんだよ、リュウ!? てめー、あの金髪巨乳に惚れたのか? 別に、お前を除け者にするつもりは、ねえぞ?」


 いきどおるチャラ男に対して、体当たりをしたリュウが平身低頭で謝る。


「わ、わりー、コウ! いや、そんなつもりはなかったんだ。体のバランスが崩れて、気が付いたら、お前に突っ込んでいた」


 コウが周りを見たら、室矢むろや重遠しげとおたちがテイクアウトした飲み物やホットスナックの空容器だけ、虚しく残っている。


 思わず地面を蹴った彼は、怒りを込めてつぶやく。


「ちっくしょう! あの野郎、ぜってーに許さねえぞ!! 普通にパッキン口説くだけのつもりだったけどよお……。こうなったら、仲間を呼んで――」

「呼んで、どうするつもりですか?」


 つややかな声が流れて、コウたちは思わず振り返る。


 そこには、那覇なはの空港で重遠たちを出迎えた新垣あらがき琥珀こはくが、立っていた。

 被っていた麦藁むぎわら帽子を外して、その顔を見せる。


「おほっ! いい女じゃん!! 俺たちと一緒に――」

「ば、馬鹿っ! ……なんで、あんたがココにいるんだよ? 霊場で修行中じゃなかったのか!?」


 1人の男が、幼い雰囲気の美少女を誘いかけた。

 けれども、顔色を変えたコウが、すかさず止める。

 その異常な剣幕に、誘った男を含め、全員が黙り込む。


 すると、琥珀は胸の前で持っている麦藁帽子を指で弄りながら、説明する。


「彼らは、私たちのお客様です……。分かりましたか?」

「あ、ああ! もう、手を出さねえよ!!」


 ブンブンと音を立てる勢いでうなずいたコウは、慌てて友人と去っていった。


 麦藁帽子を被り直した琥珀は、地面に放置されたままのゴミを拾い、近くのゴミ箱へ捨てた。

 手を洗った後で、エメラルドグリーンの海を眺める。


 サンダルで少しだけ海に入り、そのまま立ち尽くす。


「加速の初動で近くにいた男の足を払い、そのまま突き飛ばした。悪くない動きでしたが、千陣せんじん流の元後継者としては言うほどでも……。あれだけの女を連れているのだから、お誘いは空振りでしょうけど。せめて、その力の一端ぐらいは見ておきたいですね」


 両手を腰の後ろに回した琥珀は、悩ましげに溜息を吐いた。


「好みだったのになあ……」


 ザザーと寄せては返す、ビーチの波しぶき。

 いったん引いた海水が、再び訪れた時に、琥珀の姿はない。

 彼女が立っていた2つのくぼみだけが、波で消え去った。


 傍で見ていたら、いきなり少女が消えた、としか思えないだろう。




 ――海洋博覧公園 植物園 カフェ


 植物園のカフェでは、思わぬ人物との話し合いになっていた。


 少し席を離れていた間に、見知らぬ男が咲良マルグリットに話しかけていたのだ。

 気づいた2人は、いったん話を止める。


 背筋をピンと伸びた若い男が、俺をにらみながら、自己紹介をする。


「自分は、琉垣りゅうがき駐屯地にいる魔法技術特務隊の雑賀さいかてる。階級は伍長ごちょうです。ブロン高等魔法学校の出身でして――」

「私のカウンセリングの一環で、会ったのよね。それ、もう昔の話だから……」


 途中で、呆れた様子のマルグリットが割り込んだ。

 昔の彼女と接点があったらしい。


 見た感じも若く、せいぜい大学生。

 下士官ってことは、士官教育なしで、入隊後に昇進したようだ。

 いや、曹候補そうこうほコース?

 魔特隊であれば、こいつも魔法師マギクスか。


 ぼんやりと考えていたら、照はマルグリットのほうを見て、話し出す。


「何を言うんだ!? 僕は、君のことが心配で!! ベル女が破壊されたのだって、こいつが来た時だろう? それなのに――」

「いい加減にしなさい、雑賀伍長! 機密漏えいで、査問にかけられたいの? あなたの部隊の総指揮官はだれ?」


 マルグリットが言い返したら、照が黙った。


 キッと俺を睨んだ彼は、捨て台詞を吐く。


「僕は……。お前を認めない! ふざけた考えで咲良さんをもてあそんでいる、お前だけは!!」


 ドスドスと擬音がつきそうな勢いで、照は立ち去った。

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