第212話 ファイル3:第一次奥羽会戦の尖兵となった少女たちー②

 親友の錬大路れんおおじみおと再会した北垣きたがきなぎは思わず抱き着こうとするも、本人に止められた。


「あの……。言いたくないのだけど、臭いが……」


 いくら衛生に注意しても、見つからないように隠れていたのだ。

 限られた物資ゆえ、今の柚衣ゆいと凪はスパイシー。

 鼻はすぐに慣れるため、本人にその自覚はない。


 ガックリと落ち込んだ凪に対して、柚衣は納刀した後で、今後の予定を考える。


「凪! 死にたくなかったら、頭を切り替えたほうがええで!! ……澪と言ったな? ここは異能者を収監しておく村の1つで、この屋敷は牢名主ろうなぬしである村長の自宅。見ての通り、何も知らずに襲われかけた凪をウチらが回収して、山に隠れとったわけや! 今は、持ち込んだ食料が尽きて、調達に来たところやけど……。近くの足跡から察するに、けっこう大量に土蜘蛛つちぐもがおるみたいだわ。あんたは、もう見たか?」


 その問いかけに首を振った澪は、自分の経緯を話す。


「いいえ、見ていないわ! 私は東京でカレナと会い、彼女の指示でこちらに来たの。目的は、そこにいる凪と合流するためよ……。凪が桜技おうぎ流から除名されて、どこかに放逐されたことまでは予想したけど、あなた達が先に救出していたとは知らなかった。ごめんなさい」


 改めて謝罪をした澪に、柚衣は軽く手を振った。


「それは、どうでもええ! あんたは、この屋敷を調べ……。ふむ、じゃあ手早く調べて、他のところに移動するか」


 澪も到着したばかりと知った柚衣は、倒れている村長の遺体から鍵を取り上げて、スタスタと広間を出て行く。



 澪は、床に落ちたままの金属フレームのような装具から、折り畳んでいた装具を外し、その場で展開。

 予備の御刀おかたな、礼装と併せて、凪に渡した。


 背中に多目的の運搬ラックをつけて、左腰から御刀を抜ける、いつもの演舞巫女えんぶみこの出来上がり!


 ようやく武装を手に入れたことで、凪の表情が和らいだ。

 


 屋敷の中には、腹が内部から破裂した遺体がいくつかあったものの、全て無視。

 村長の書斎、台所と、すぐに役立ちそうなアイテムが眠っていそうな場所だけ。

 メーカー品で未開封の、何も仕掛けがなく、安全に食える飲食物などを手早く回収した。


 柚衣が、次の行動を宣言する。


「ここは腐乱死体が多すぎるし、外から誰かがやってくる可能性が高い! ウチの連れである桜帆さほすいを見つけるためにも、この村で安全に過ごせそうな場所を調べる。ついでに、ウチと凪の着替えやシャワーも済ませるでー」


 首をかしげた凪は、意見を述べる。


「着替えとシャワーに異論はないけど、桜帆ちゃん達を探してからのほうが……」


「今の時点で無事なら、多少の遅れは誤差に過ぎん! あいつらは見かけより強いし、危険であれば、しばらく潜むぐらいの知恵もある。それより、ウチと凪が外の人間と会っても不審に思われない格好にするほうが重要や! 不衛生なままだと、体調とメンタルのどちらにも悪影響が大きすぎるわ」


 柚衣の決定で、3人は凪が住む予定だったアパートを目指す。



 狭い村とあって、すぐに目的の建物が見えてきた。

 玄関ドアが全て同じ方向のため、遠目にも出入りがよく分かる。


 しかし、人の気配がない。


 見えてきた玄関ドアの大半は、開いている。

 外から見える範囲だけでも、かなり急いで逃げ出したようだ。

 一部の荷物は、玄関から飛び出たまま。


 ポツリと、柚衣がつぶやく。


「罪人が、どこへ逃げる気やったんだろうなあ?」


 熱寒地ねっかんじ村に収監された異能者が逃走したら、両足を潰されるぐらいの刑罰を科せられる。

 その点は、凪にとっても他人事ではないのだが……。


 問題は、ここの住人に、その重いペナルティを気にしている余裕がなかったこと。


「凪、部屋に鍵はかけたか?」


 柚衣の質問に、彼女は首を横に振る。


「……とりあえず、凪の部屋から調べる」


 スラリと抜刀した柚衣は、片手で真剣を持ちながら静かに駆け、2階の外廊下に降り立つ。

 遅れて、凪と澪も、その近くに着地。


 凪の部屋である203号室の玄関ドアが、内側から規則正しくノックされた。

 柚衣が外から返信で叩けば、鍵を外す音の後に、キイッと外側へ開く。


 緊張する凪と澪だが、柚衣は気にせず、普通に入る。



「昨晩は、よく眠れたわ!」


 小ざっぱりした服装で、ニコニコ顔の桜帆がいた。

 自宅と言わんばかりにくつろいでいて、ベッドに腰掛けている。

 まだ電気や水道が使えるらしく、冷蔵庫にあった食料を消費したようだ。

 蒸し暑い山中のキャンプと比べたら、冷房の効いた室内はまさに天国。


「あんた……。無事なら無事で、帰ってこんかい!」


 怒った柚衣が叱るも、桜帆は真面目な顔に。


「土蜘蛛らしき化け物が、大量にいたわ! 嫌な予感がしたから、隠れていたの!」


「そんなに、強い相手か?」


 柚衣の問いかけに、桜帆は否定する。


「ううん。強さでいえば、たいしたことはないわ! ただ、どうにも手を出しづらくて……」


 桜帆が言うには、その化け物の群れに上位種がいるようで、隠れて様子を見ていたそうだ。

 幸いにも、小さな個体は弱く、自分から人を襲わず、ドアを壊さなかった。


 村に人の気配がないことは、すぐに分かった。

 実力者の村長との戦闘を避けるため、凪のアパートへ。

 こんなこともあろうかと、柚衣が立ち去る前に結界を張っていたからだ。

 到着すれば、人の足跡ばかりで、ドアを叩き壊して中にある物品を奪おうと試みたやからが大勢いたことを読み取れた。


「後から、翠もやってきたけど。一通りの身繕いと仮眠を済ませてから、大量に出現した土蜘蛛たちを追跡しているわ! ……あ、帰ってきた」


 雪駄せったの底によって外廊下を削る音が響き、新たな少女の姿。


「柚衣と、凪さん……。もう1人は、どなたですか?」


 翠がチラッと澪を見たので、ここでお互いに自己紹介へ。



 交替でシャワーを浴びて、その間に洗濯機を回す。

 着替えは、残っていたもので適当に。


 シャンプーでべっとり張り付いた皮脂を洗い流し、久々のボディソープで卵の殻をいたように体をピカピカにする。

 凪は文字通り、生き返った気分になった。


 狭いとはいえ、二口ふたくちのガスコンロもある台所。

 冷凍食品やレトルトのありがたさを噛み締めつつ、腹を満たす。


 凪と澪は、ようやく再会できたことから、緊張の糸が切れたらしい。

 荷物を固定したままの装具を降ろし、今にも寝落ちしそうな様子でウトウトしている。


 しかし、ここからが本番だ。

 敵がいるうえに、周りは攻撃されている。

 今のうちに考えておかなければ、一方的にやられるだろう。


 柚衣は、ドライヤーで乾かしたばかりの長髪をシュシュでまとめつつ、説明をする。


「眠いのは、分かるけどな? その前に、現状の確認と、今後の予定を考えておく必要があるでー! さっき、村長の屋敷で周辺マップを手に入れたから、それを見ながら話し合いや」


 折り畳み式のテーブルを床に設置して、その上にマップを広げた。


 業務用のようで、かなり細かく山道や電波の中継器などのデータが記されている。

 一般には公開されていない情報も多く、この村で最も価値のある資料だろう。

 村長か事務をしている人間による書き込みも、いくつかあった。

 地図に載っていない村でも、周辺の地形と施設をチェックして、万が一の逃走に備えることが必要不可欠だ。


 熱寒地村は、東北の中央にある山脈のふもと

 日本海側にあるため、完全な陸の孤島。


「……そのはず、やったのだけどなぁ」


 柚衣の愚痴を聞いて、横から覗き込んでいた桜帆がツッコミを入れる。


「近くに、キャンプ場ができているわね? どれだけ大きくても、民間企業はこの村を知らないか……」


 よりにもよって、観光客向けのキャンプ場があった。

 その名前を憶えていた凪の説明で、数年前にオープンしたばかりの複合施設だと判明。


 電源もあるオートキャンプ場、家族連れに向けたリゾートホテルがある、避暑地としてのテーマパークだ。

 別荘も集中的に作られ、建売住宅として販売された。

 地図を信用する限りでは、この村から数十km。

 高速道路の最寄りIC(インターチェンジ)から降りて、すぐに到着する場所だが、ここからも山1つを越えるだけ。


 くだんの複合施設の収容人数は、少なく見積もっても100人。


 切迫した事態と分かった澪が、話し合いに加わる。


「この村に閉じ込められていた連中や、その土蜘蛛の群れが行ったら、大惨事よ!」


 しかし、柚衣は全く別のことを考えていた。


「翠! 大量発生している土蜘蛛やけど、なんか分かったか?」

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