第156話 室矢家の当主として依頼主に責任を取らせるー②

 田附たつき安藤あんどうと名乗った、組織の男たち。

 彼らは高いスーツを着ていて、その極度の緊張がこちらまで伝わってくるほどだ。


 2人とも正座をしたまま、神妙な雰囲気。


 兄貴分あにきぶんの田附は、自分の前に置いている上等な風呂敷の包みを解く。

 中身が見えるように開き、さらに前へ押し出した。

 両手を膝の上に戻し、俺の沙汰さたを待っている。


 風呂敷の上には、おびで巻かれている札束が2つ。

 銀行の帯封の輝きが、これは偽札ではありませんと主張している。


 俺は慣れていないから、勝手が分からない。

 だが、この場面で、いくらですか? と聞き返すのは悪手だ。

 基本的に、札束の数で判断するしかない。


 うなずいた俺は、意識して冷静に、ゆっくりと話す。


「田附さんと安藤さんの誠意は、よく分かりました。そのお気持ち、受け取らせていただきます。私も、よい勉強になりました……。室矢むろや家への謝罪が終わった件、千陣せんじん家へ確かにお伝えします。ご苦労様でした」


「「ありがとうございまッス!!」」


 畳にひたいこすりつけたまま、2人の男が改めて、声を上げた。


 座布団から立ち上がり、無言で廊下へと向かう。

 近くで控えていた南乃みなみの詩央里しおりも、俺の動きに追従する。


 差し出された札束は、カレナが漆塗うるしぬりのお盆で回収した。

 上が赤で、下が黒。

 丸盆を職人がき、ウメの形に仕上げた逸品で、これ単体でもギフトに使える。



 儀式は、格好をつけることが何よりも大事だ。

 本来は当事者の他に、媒酌人ばいしゃくにん、見届人、それぞれの立会人、仲裁人がズラリと並ぶ。


 最初は屏風びょうぶで中間を隠す場合もあって、1つずつ進めていくことで、ようやく手打ちに。

 具体的な作法は、その団体の系統によって異なるとか……。


 ただし、この2人はだ。

 室矢家の当主である俺が、どう判断するのか? という話に過ぎない。



 控えていた施設のスタッフが障子を開けてくれたので、振り返らず、詩央里たちと共に出て行く。




「ふー、疲れた疲れた! 緊張が解けたら、右腕が痛くなってきたよ……。あ、詩央里! 金額のチェックと千陣家への連絡、よろしく!」


 室矢家のための控室ひかえしつで、手早く着替えた俺は、芸能人が待機していそうな室内を見回した。


 壁際に大きな鏡が並んでいて、その上に明るいライト。

 身繕い用の洗面台も、いくつかある。


 その他に、床よりも高くなっている畳のスペースと衣装をかけておくハンガー、着物用の衣紋掛えもんかけ。

 貴重品を仕舞っておくための小型金庫もあった。

 


 まだ着替えていない詩央里が、先にスマホで必要な連絡をしていた。


「はい、若さま……。治療費を兼ねた慰謝料は200万円でした。大丈夫だと思いますが、早めに真贋しんがんのチェックもしておきますね?」



 説明をすると、これは室矢家としての面子めんつを保つための手打ち。


 俺が千陣流の直系であるのに、今回の依頼でそこの当主を暗殺しようとたくらんだ話になった。

 ナメられたままでは俺たちの立場がなくなるため、詩央里から千陣せんじん夕花梨ゆかりに連絡して、そちらのルートで依頼主のうえと話をさせたのだ。


 そういうわけで、古浜こはま探偵事務所に依頼を出した男たちが、室矢家の当主である俺に手打ちの相談をしてきた。


 別にあっちの組織との間に序列はなく、いわゆる座布団が違うのだが、相手方あいてがたは俺たちを怒らせることを避けたい。

 俺のバックにいる千陣家が出てきたから、無視すれば戦争だ。 


 ただし、あの2人の視点で、まだ話は終わっていない。


 さっきの俺の許しでも分かるように、彼らは千陣家に出向いて、同じくびを入れる。

 窓口は夕花梨でも、千陣家の元長男が当主で千陣流の看板を背負っている家がナメられた以上、最終的には宗家が決めることだ。


 さっきの場面は俺の裁量で決める話だったから、200万円で手打ちにせず、もっとごねても、彼らは言い値で支払う立場だった。

 それこそ、あれ以来、右腕が痛くてなあ? と言って、桁が違う1本の単位でたかっても良かったのだ。



 室矢家の立場を知らなかった、俺がそこの当主だと知らなかった。


 そんな言い訳は、この業界では通らない。

 自分が受け持った案件でヘマをしたら、直接ケジメをつけるだけ。

 ゆえに、こちらは家の名前で応対しているものの、相手は自分の名前でやってきた。


 同じ系列の組織だったら、上の人間が立ち会い、1回の謝罪で終わった。

 けれども、俺たちは別の団体だから、関係者の全員に個別で許してもらう必要がある。



 さっきのコンビの兄貴分は、雰囲気と物腰から下っ端だな。


 あちらの叔父貴おじきは、俺が話をつけてやる、ではなく、てめえらのしのぎだからウチに迷惑をかけるんじゃねえぞ? の対応か。


 普通の会社と違うから、上司に振るという処世術は使えない。


『おや、千陣さん。何か御用で? ……なるほど。それは災難でしたなあ? ……いや、ウチにそんな連中はいませんが。どちらも知人ですわ! 私から御宅おたくのところへ顔を出すよう、田附と安藤に言っておきますよ』


 叔父貴としては、そんな返答をしたのだろう。



 あの2人に無理をさせれば、そのぶんだけ別の方法で金を引っ張ってくる。

 だから、向こうが出してきた金額で、あっさりと終了。


 相場で言うのなら、あれは手付金にすぎず、そこから要求を出すのが筋だった。

 室矢家の看板を安売りしたと言われても、仕方がない。


 もっとも――


「詩央里、彼らは千陣家でどうなる?」


 俺の目を気にせず、シュルシュルと着替えている詩央里は、下着のまま、一言だけつぶやいた。



「……若さまは、知らないほうがいいですよ」



 俺が千陣家の元嫡男とは、知らなかった。

 知っていたら、こんな依頼を出さなかった。


 それが通用する業界ではないか……。


 つまり、あの2人は、千陣流に戦争をふっかけたのだ。

 その顛末てんまつがどうなるのか? は、言うまでもない。


 妹の夕花梨が許すとは思えないし、俺の親父はもっと許さないだろう。

 仮に、そこまで突破しても、うちの暗部が秘密裏に処分するだけの話。

 俺は許そう。だが、俺の一族が許すかな? という流れだ。


 謀殺されかけたことでの恨みつらみを水に流してやるのが、俺にできる、せめてもの手向け。

 死地に送り込んでくれた奴らを相手に、実家の不興を買ってまで助けてやる気はない。


 それに、俺たちも他人事じゃない。

 これぐらいの相手に後れを取り、宗家の手をわずらわせたのか? と言われるだろうからな。


「あやつらは自業自得じゃ……。そんなことより、私たちが千陣家から生きて帰れるかどうか? を心配しろ」


 カレナが着物用の下着のまま、苦言をていしてきた。


「分かっている! ともあれ、次は剣術娘のほうか……。実家へ顔を出すまでに、そっちも片付けておかないとな?」


 かなり厳しい状況である以上、せめて自分たちで話はつけたという実績が欲しい。

 いざ親父を目の前にして、それでどうなった? と聞かれたのに、まだ関係者と話していませんでは、俺の首が落ちる。


 向こうで、嫌がらせの腕試しとなる可能性もあるのだが……。


「申し訳ありません、若さま」


 右腕を気にしている時に、詩央里の視線を感じた。

 チラッと彼女を見たら、かなり落ち込んでいるようだ。


 詩央里を安心させるべく、楽観的に言ってみる。


「ま、何とかなるさ! 千陣家に行って危害を加えられるとは限らないのだから……」


 実家に滞在しているのが、どの隊か? にもよる。

 最悪、個人的な感情だけで、俺たちを暗殺してくるかもな。


 千陣家でどのような危険があるのか? を想像した俺は、げっそりとした。


 最近は調子が良かったものの、実家と比べたら、月とスッポンだ。

 それも、他流の1人にヤラれた直後の訪問。


 これが主人公の宿命だというのなら、鍛治川かじかわ航基こうきに喜んでお返しするよ。



重遠しげとお。さっきの2人がいた組織は、どうするのじゃ?」


 カレナに尋ねられた俺は、すぐに返事をする。


「気に食わないが、手打ちは完了した。これを破れば、誰も俺たちの言うことを信用しない……。あと、今の俺たちに、連中と事を構えるだけの余裕はないさ」


 ここまでの会話は、千陣流の人間に聞かれているだろう。

 詩央里がへこんでいてしゃべりすぎる傾向にあるから、これ以上の会話は不要だ。


 短い台詞で、命令を下す。


「撤収する。着替えを急げ!」


 俺の意図を理解した詩央里とカレナが口をつぐみ、手を動かす速度を上げた。



 千陣家では、別の意味で詩央里と離れるわけにはいかなくなった。

 今の彼女を1人にして、敵対する派閥の連中に俺を守れなかったことでチクチクと突かれたら、完全に崩れる恐れがある。


 あいつらは、言葉で人をなぶる天才だ。

 普段の詩央里なら平然と受け流せるけど、今はまずい。

 俺の信頼を取り戻すため、と思い込まされ、誰かに操られる可能性が高いのだ。


 だからといって、詩央里だけ安全な自宅に置いていくのも悪手。

 自分はもう役立たずだと、自暴自棄じぼうじきになる。

 今回をやり過ごせても、そのひびはいずれ決定的な場面で俺たちを破滅させるに違いない。

 千陣流の各家に対し、みすみす俺たちの不和を教えることにも……。


 咲良さくらマルグリットを連れていくのは、まずいよな?

 うちの本拠地で真牙しんが流のマギクスが暴れました、なんて、俺たちを処刑するのに絶好の口実だ。


 いっそのこと、詩央里を調教して人形にするのも、一つの手。

 ただし、その方法を選んだ場合には、彼女は自分で考えて動くことが不可能になる。

 今回の帰省を乗り切るだけで詩央里をそこまで墜とせば、先に進むほど手詰まりに……。


 頭も痛ければ右腕も痛いのが、俺の置かれている状況だ。

 気を紛らわすために、右腕に封印されている邪龍が暴れている設定で中二病ごっこでもしようか?

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