第147話 カク秘というよりも触りたくない存在【カレナside】

 ゴテゴテと室外機がつけられた雑居ビルの一部屋では、物騒な雰囲気をした男たちが大陸の軍用ライフルや拳銃を手入れしていた。


 シャキンと動作音が響き、ボロ布で銃身などをく。

 弾薬が入った箱に手が伸び、減ったことで残りの弾による列はジャラリと崩れる。


 天井に灯りはついているが、発光ダイオードの白い光に照らされても室内は薄暗い。

 小さな窓は、建築の法律違反はしていませんよ? と言い訳をしている。

 だが、内側から厳重に目隠しをされ、その役割を果たしていない。


 部屋の中央に置かれたテーブルには住宅地図が広げられ、ルートの矢印や重要なポイントの丸が見える。

 戸別に配達する業者が愛用している、この上ないほど正確な地図だ。 


 煙草たばこらしき煙が充満していて、健康に良いとはお世辞にも言えない。

 ホワイトボードにもベタベタと紙が貼りつけられ、マグネットがその押さえ。


 天井の近くの壁で安い換気扇が必死に動いているものの、カタカタという音に反して、ほとんど意味を成していない。



 壁紙のような洒落っ気とは無縁の空間でたむろしている男たちも、ツナギのような作業着。


 その1人が口を開く。


哪天动手ナァ―ティエンドォンショ?(襲撃の日取りは?)」


 話した男に対して、別の男がのどを掴んだ。


 いきなりの凶行に息を呑む被害者に、そいつの喉を握っている男が答える。


「ここでは、で喋れ……。明日だ」


 喉から手を離した男が返事をすると、残りの数人が念入りに準備を始めた。

 トイレや食事をする者も出てきて、部屋のすみに敷いたマットレスや寝袋に身を沈める。




「この拠点は放棄する! 資料も処分したな? よし、行くぞ」


 無言でうなずいた男たちは清掃員の機材を台車などで運び、エレベーターで降りて、雑居ビルから出る。

 入口に横付けしたバンに荷物を積み込み、自分たちも乗り込んだ。

 帽子をかぶっているため、建物や路上の監視カメラでは顔が分からないだろう。


 静かに車道に出ていくバンは、清掃業者の出発にしか見えない。



「いいか? 目標は、『ディリース長鵜おさう』に住んでいる室矢むろやカレナだ! 不可能なら、残りの関係者を捕らえる! できるだけ、生け捕りにしろ!!」



 キィイイイイイイィ



 急ブレーキによって、バンの中で説明をしていたリーダーは慌てて天井と床に手足を突っ張り、耐えた。


「どうした!?」



 ◇ ◇ ◇



 とある警察署の刑事課では、あまりに不可解な事件に若い男の刑事が首をかしげていた。


 この警察署は中小規模のため、テレビドラマによくある『捜査一課』などの分類はなく、『生活安全課』と『組織犯罪対策課』を統合した『刑事生活安全組織犯罪対策課』のセクション名で看板がぶら下がっている。


 いつまでも1人でうなっているわけにもいかず、先輩に相談した。


「本当に何でしょう、これ?」


 自分のデスクに座っている年配の刑事が、差し出された書類を読む。


「ああ、それか……。現場の監視カメラや通行人は、もう洗ったんだろ?」

「はい」


 椅子に座ったまま天井を見上げた年配者は、しばらく考えた後に答える。


「……新しい証言や証拠が出てくるまで、放置するしかないぞ?」

「ですよね」


 お礼を述べた若手が自分の席に戻ろうとした時、先輩刑事が声をかける。


「あのな……。それ、深入りしないほうがいいぞ?」


 そのアドバイスに驚いた若手は、振り返った。


 年配の刑事は、話を続ける。


「その手のバラバラ事件や目立つ始末ってのは、だいたいだ。組織の裏切り者を関係者に分かるように消したか、自分たちに手を出す奴はこうなるって話よ! 変に尻尾を掴むと、お前まで危険になる。粛々しゅくしゅくと書類を出しておけ」


「分かりました。そうします」


 返事をした若手が今度こそ自分の仕事に戻ろうとした矢先に、刑事課のオフィスがあるフロアに客が訪れた。


 近くの人に聞いていたかと思えば、その若手のところへ向かってくる。



「はじめまして! 私は警視庁公安部、外事第二課の木賀きが一道かずみちと申します」


 スーツ姿の男は警察手帳を見せながら、自己紹介をしてきた。


「同じく、かけはし和香わかです」


 こちらはセーラー服であるのに、警察手帳を持っていた。


 驚く若手だが、すぐ正気に戻って、自己紹介をする。


「本日お伺いしたのは、他でもありません。先日に発生した、停止中の車両が切り刻まれていた件です」


 一道が、さっそく用件を切り出した。


「は、はあ……。なにか、小官しょうかんに不手際でもありましたか?」


 焦った若手は、監査なのか? と疑い、慎重に訊ねた。

 緊張のあまり、一人称も古風になる。

 というのも、公安警察は身内にすら、顔や本名を覚えさせないから。

 このように素顔で自分の所属と名前を出すのは、かなりの異例だ。

 彼らにとっては、他部門の警察官も “部外者”。


 それに対し、一道は作り笑顔で、すぐさま否定する。


「いえいえ! そうではなくて……。誠に心苦しいのですが、その事件を引き取りたいと思い、足を運んだ次第です。今はこうやって関係者に事前の説明をしている最中で、まずは担当者のあなたから、というわけです」


 自分の過失の追求ではないと聞いて、ホッとした。


「お話は分かりました。課長や署長の許可があれば、異存はありません」


 スムーズに話が終わり、まるで親子のような2人は頭を下げ、帰って行った。




「やれやれ……。なんとか、こっちに回収できそうだな……」


 カフェで休憩している2人のうち、木賀一道がぼやいた。


 セーラー服のかけはし和香わかは、明るい声で言う。


「はい。勘づかれなくて、良かったです! それにしても、例のケーちゃんの悪戯いたずらでしょうか? 今から、そちらにも訪問してみます? 私の口から言えば、多少はマイルドになるでしょうし……。何でしたら、私がわざと突っかかってみるのも、一つの手ですよ? その時には、木賀さんがフォローをしてください」


 勢いよくコーヒーを飲んだ一道は、お手上げといった感じで話す。


「やめておく……。ただでさえ、ガイさんが神経質になっている相手だ。もし本当にケーが遊んだのなら、どこで逆鱗に触れるやら……」


 新聞の切り抜きを見た一道は、怯えたような顔になった。


 注文したケーキを口に入れた和香は、それ以上の話をせず、笑顔で味わう。



 ◇ ◇ ◇



 カサッ


 俺は、新聞をリビングのテーブルに置いた。


“○日未明に、主要道路の片側で急停止した車がバラバラになる事件が発生した。鋭利な刃物で切られたと見られ、中に乗っていた4人ほどの遺体を発見。周辺の道路も車止めの壁のように隆起りゅうきしており、車内から同じくバラバラになった銃も見つかったことから、担当の所轄署では殺人事件やテロの可能性もあると捜査中”



 リビングのソファに座ったまま振り向き、話しかける。


「カレナ! 外務省の牧尾まきおさんは、何か言ってきたか?」


 うす塩のポテチをかじっていた室矢カレナは、少し考えた後に、首を横に振る。


「ない……。私たちに関わって、面倒に巻き込まれたくないのだろ……。うちに問い合わせた時点で、『お前らがやったのか?』と言っている話だからな」


 お茶を入れてきた南乃みなみの詩央里しおりが、その会話に加わる。


明芳ミンファンさんの、さっそく役に立ちましたね」



 前の会談では、傅 明芳(フゥー・ミンファン)から手土産をもらった。

 大陸料理やお菓子ではなく、俺たちを狙っている東アジア連合の過激派のリストだ。


 明芳ミンファンいわく、その者たちは我らと無関係なので。


 面倒な連中を押し付けられたか、試されている感もあるが、ここで始末をつけないと他の連中もどんどん襲ってくる。

 だから、カレナに一任した。


 派手にやらないと、見せしめにならない。

 道路がボコボコになったが、人的被害が出るよりはマシか。



「何をした、カレナ?」


「召喚した液体によるウォーターカッターじゃ! 夏休みの課題にも、向いておるぞ?」


 バラバラになった写真でも、撮影する気かよ……。



 いよいよ千陣せんじん家に乗り込むのだから、雑音はできるだけ消しておきたい。

 俺たちを狙う勢力は、早めに潰しておかないとな?


 そう思っていたら、カレナがつぶやく。


「運のいい小娘だな? 今のピリピリしている時期にふざけたことをしたら、即座に日本海でダイビングをしてもらうつもりだったが……」


 どうやら、カレナの逆鱗に触れそうになったバカがいるらしい。

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