第六章 家族の在り方と侵食されていく日常

第148話 エンディングNo. ×3「ずっと一緒だよ?」(前編)

 山々が連なる、いずことも知れぬ風景。

 太陽光がさんさんと降り注ぐ、開けた場所で、2人の少女が対峙している。


 長い黒髪をなびかせた少女は、その美人と評するだけの顔に影が差した。

 緩やかに刀を構えつつも、問いかける。

 巫女みこを連想させるセーラー服で、桜技おうぎ流を示すバッジが輝く。


「……もう戻れないの、なぎ?」


 ショートカットで利発そうな茶髪の少女、北垣きたがき凪が、嘲笑ちょうしょうを浮かべた。


 柄頭つかがしらへその下で、こぶし1個の隙間を空けながら固定。

 教本通りの正眼せいがんで切っ先を向けてくる錬大路れんおおじみおに対して、まるで棒を持つように右手の刀を下げたまま。


「澪ちゃんには、分からないよ――」

「そんなことない! 私、凪と一緒に稽古けいこをするのが楽しかった!! あなたをいち太刀たちで破って勝つことが、私の目標だった! なのに、どうして……」


 澪は構えている切っ先を震わせながら、涙声で叫ぶ。



 フフフフフ



 返事を待っていた澪は、小さく肩を震わせながら、こらえきれない感じで笑い出した凪に唖然とした。


「凪?」


 それまでの無表情が嘘のように、凪が満面の笑みを見せた。


 戸惑いつつ、澪も笑顔になる。


「凪、やっぱり――」

「3人だったよ」



「え?」



 キョトンとする澪に、凪が説明を続ける。


「私を含めれば、4人だよ……。まだ慣れていないのに、酷いとは思わない? ろくに開かないのに、前も後ろも全くお構いなしでさ……。んー、日は変わったけど、20人はいたかな? あんまりにも痛みが引かなくて、しまいにはそれが当たり前になっちゃった」



 比較的高い場所にある山間部さんかんぶでも、真夏の盆地はかなり蒸し暑い。

 木々に張り付いたセミが、遠くで異なる旋律の合唱を続けている。

 蒸発できない汗が、2人の肌を流れていく。


 事情を察した澪の顔が歪み、質問をする。


「だから……」


 それに対して、笑顔で凪が答える。



「うん。殺したよ、全員……」



 晴れ晴れとした顔で、凪が右手に下げていた刀を掲げた。


「やっぱり、“人を斬って初段” だよね? 私、許せなかったんだ。こんな場所に追放してくれた止水学館しすいがっかんも、この閉じた村も……」


 目を伏せた澪が、つぶやく。


「県が2つ、奴らの巣になったわ……。隣接する県境は閉じられ、陸上防衛軍が厳戒態勢を敷いている。中で生き残っている人の救出は、絶望的……。それも、あなたの願いなの?」


「×××は、私の理解者だからね! この社会が私を拒絶して、全てを奪ったのなら、それを変えるのは当たり前だよ!! ……あ、また動いた」


 女子高生らしき姿の凪が、とろけた顔をしながら、感じたように腰をくねらせた。

 その様子は年齢に見合わず、よく熟れた果実を思わせる。

 童顔だけに、その淫猥さが際立つ。


 凪の服の間からボトッと落ちた灰色の蜘蛛クモのような物体が、いくつもの赤い目を開き、多脚を伸ばして立ち上がり、まさに蜘蛛の子を散らすように散開していく。

 その刹那、飛んできた斬撃で蹴散らされた。


「ひどいよ、澪ちゃん! 私の家族なのに……」


 悲しそうな表情の凪が、苦情を申し立てた。


 決意を秘めた澪は、たった今、遠方のまま切り捨てた状態から、刀を元の構えに戻す。


「あなたの家族は……。もう、あなたが殺したでしょ?」


 澪の問いかけに、凪が頭を振った。


「ううん。違うよ、澪ちゃん! 救ってあげたんだよ。×××の姿にすることで……。あのままじゃ、私のせいで苦しんだろうから」


 呼吸を整えた澪は、全身に覇力はりょくみなぎらせた。

 そろそろ、対話の時間は終わりだ。


 これまで口を挟まずに2人の様子を見ていた鍛治川かじかわ航基こうきが、話しかける。


「澪! 俺は、周りの奴らを倒せばいいのか?」


「ええ。お願い、航基……。私が、凪を斬るわ」


 ごつい装備を身に着けた航基は飛び込むタイミングを見計らい、身体を左右に揺らす。


 その様子を見ていた凪は、親友の恋が成就じょうじゅしたかのような雰囲気で微笑んだ。


「そっかあ! ようやく、澪ちゃんにも春が来たんだね……。特別に2人も、×××の眷属けんぞくにしてあげる。大丈夫だよ、男でもなれるから! だけど、男で巫女はおかしいね……。うーん、巫男みお? それだと、女の子の名前みたいだし、澪ちゃんと紛らわしい……。忘れないうちに言っておくけど、航基くんは、私も味見させてもらうよ! 私、上も下もけっこう名器だから、澪ちゃんじゃ満足できない身体になっちゃうかもね? フフ」


 その発言に返事をせず、澪と航基はそれぞれの獲物を構えた。


 流し目で航基を見ながら、自分の顔に近づけていた左手の人差し指をゆっくりと口に出し入れしていた凪も、動きを変えた。

 空いた左手をだらりと下げたまま、緊張の欠片かけらも見せず、2人を見つめる。


「澪ちゃんは、私に一度も勝てなかったのに……。それでも、戦うの?」


 心配そうに問いかけた凪は、まるで学校の敷地にいるかのよう。


 北垣凪は、その幼さが残る外見とは裏腹に、止水学館で並ぶ者のない天才少女だ。

 剣術のセンスに優れていて、どんな相手でも互角以上に渡り合う。

 入ったばかりの高等部1年であるにもかかわらず、桜技おうぎ流の御前演舞で本戦の上位に進んだ実績もある。

 たった今、指摘されたように、同じ学年の錬大路澪は全く歯が立たなかった。



「いつまでも、自分が上だと思わないで!」


 毅然きぜんと言い返した澪だが、動揺している。

 見かねた航基が視線を送り、彼女を落ち着かせた。


「……イチャつくなら、余所よそでやって欲しいのだけど。まあ、いいよ。ハヤク、始めよう?」




「あれだけ豪語していたのに、拍子抜けだよ……。澪ちゃん、鍛錬をおこたったの?」


 可愛らしい顔のまま、凪は捕らえた澪に話しかけた。

 澪の後ろには巨大なかたまりがいて、そこから生えている触手に両手両足を縛られ、空中に持ち上げられている。

 はりつけにされている格好の彼女に、もはやあらがすべはない。


「卑怯よ! 瀧中たきなかさん達を斬れるわけないじゃない!!」


 叫んだ澪の視線の先には、止水学館の制服を着た女子がいた。

 帯刀しているうえに、熟達した武士のような動き。


 だが、その虚ろな目つき、くちびるの端から垂れているよだれは、通常の思考ではないことを示していた。

 その数は、ゆうに10人を超えている。


兵法へいほうとは、相手の意表を突くことなり! 授業で習ったよね? 私1人で戦うとは、誰も言ってませーん! というわけで……。えーと、航基くんだっけ? 君にさ、1つゲームをさせてあげる!! それに勝てたら、澪ちゃんと一緒に解放してあげるから」


 澪を人質に取られている航基は、選択の余地はなかった。

 ニヤニヤした凪の顔に嫌な予感がするものの、ヒロインを無視して攻撃できないのが主人公だ。


 うなずいた航基を見て、凪は悪い顔になった。


「ところで、航基くんは澪ちゃんとヤッたの? ……ああ、いいよ! 無理に答えなくて。その態度で、丸分かり」


 言葉を区切った凪は、捕らえたままの澪にささやく。


「澪ちゃん? せっかくの彼氏の初めてだから、今のうちに降参したほうが。……あー、そう! 私に、そういう態度を取るの? だったら、遠慮しない」


 今の凪たちの会話は小さな声のため、航基には聞こえなかった。

 もっとも、聞いていたところで、自分から降参はしなかっただろうが……。


 航基に向き直った凪は、説明を始める。


「えっとね……。今から航基くんは、私を説得して! それに感銘を受けたら、君と澪ちゃんを逃がして、味方と合流できるまで待機するから! 君が説得しているあいだも、身の安全を保障します」


 あまりに都合が良い条件に、航基と澪はいぶかしんだ。

 それに対して、凪は付け加える。


「た・だ・し! で、ゲームオーバーだよ!! じゃあ、スタートォ!」


 困惑した航基だが、凪を説得できれば、これ以上の犠牲を出さずに解決できると考えた。


「北垣さん、もうこんなことは止めるんだ! 桜技流でもトップクラスの才能――」

 ジーッ ゴソゴソ


 そこまでしゃべった航基は、自分の正面でひざまずいた女子の行動に、思わず口を閉じた。


 凪はニコニコしながら、続きをうながす。


「どうしたの? ほら、は・や・く!」


「お前が大変な目に遭ったのは……。分かって、いる、が……」


 なぜか、急に歯切れが悪くなった航基は、懸命に説得を続けるも、すぐに黙る。


「はい、1回目! 未経験なら、こんなものか……」


 航基の前で跪いていた女子がくわえていたものを離し、振り返った時点で、凪はポツリと呟いた。

 それから、彼に聞こえるように喋る。


「黙っていたら、ダメだよー! 私を説得しないと!!」

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