第145話 山奥の誰も住まない空き家にてー①
衿香は大喜びだが、元々いた
これで、0と1のどちらかで動く航基を抑えながら、素人の衿香に経験を積ませていくことが難しくなったと考える。
案の定、過保護になった航基は、せっかく手配した現場でも、衿香の分まで片付けてしまう。
航基を外してもいいのだが、衿香のモチベーションが下がる。
裏切られる心配のない味方として、沙雪は現状を維持する方向で考えた。
彼が1人で抱えきれない、より大きなミッションを行うべきだ。
そこは東北の山奥にある一軒家で、かろうじて車一台が通れる山道と半自給自足の小さな畑も。
周囲には
一軒家は、築300年という年代物。
正面に
2階もあるが、1階と比べて小さめで、縁側の上に屋根がある構図。
風呂、トイレは庭にある別の建物で、敷地内にあるものの、雨が降ったら傘を差す必要がある離れだ。
これは昔の建物によくある話で、母屋から大量にお湯を使う空間と悪臭を放つ空間を離して、母屋を長持ちさせる。
台所は、外から繋がっている床から一段下の場所、地面が剥き出しの土間に作るケースが多い。
湿気を地面に吸わせて、少しでも木造住宅へのダメージを避けている。
東京からヘリで移動しての強行軍で、睡眠は車内でとった。
今は早朝だが、明日の夜までに退治しなければならない。
「今回の仕事は、
沙雪が明るい声で宣言したら、彼女の前にいる衿香と航基は緊張した顔に。
衿香が、手を挙げた。
「えーと……。座敷童子は、その家に富をもたらす妖怪だよね? どうして、退治するの?」
「うん。その通りだけど、家が放置されたら暴走するんだよ! 何らかの理由で座敷童子が出て行った場合にも、反動で不幸が訪れると言われている。一説によれば、貧乏神の別の姿らしいよ? あたし達は学者じゃない。仕事として、そいつを退治するだけ」
へえ、と感心した衿香は、周囲を眺めた。
座敷童子は、間引きされた子供の霊とも言われている。
この伝承がある地方では、普通の墓ではなく、土間や
そのため、成仏できない霊が家に住み着き、住人や客を驚かす。
航基も衿香に続いて、自分の疑問を口にする。
「それで、具体的にどうするつもりだ?」
「昼間は不利だから、仕掛けてこないと思う。座敷童子は攻撃されても反撃せず、その家を出て行くケースも多いし……。今のうちに家の中を把握して、いざという時のために周りも確認する。その後は交替で仮眠をとって、
沙雪の説明に、航基は了承の意を示した。
無自覚で決めつける航基だが、詩央里が沙雪をリーダーに指名したことで、否応なく下に置かれた。
従う必要はないが、その場合には衿香と同じチームで退魔の仕事はできない。
玄関ドアは木製で、上下左右の枠に囲まれたガラス付きの縦格子に1本の横木がついている。
縦格子のどれかに指を引っかけて、そのまま横にスライドさせる引き戸だ。
ぴったりと閉じたら中央に鍵穴があるものの、ないよりはマシといった構造。
ドアも強度を考えておらず、簡単に蹴破れそう。
預かった鍵で開け、ガラガラと正面玄関から入れば、古い家に特有の臭いが鼻をつく。
横にあるスイッチを押すと、天井に吊るされている電球が一瞬だけ点灯した後で、パンと音が響く。
「……家の中の灯りも、確認しておこう」
先頭で入った沙雪は、再び薄暗くなった玄関の中で
古民家の持ち主は、この周辺の山ごと所有している。
だが、それはお金持ちというわけではなく、たいして価値がないから安いというだけ。
むしろ管理の手間と費用がバカにならず、頭を抱えているそうな。
衿香は気にしたが、どうせ戦闘になるからと、靴のまま上がる。
片っ端から障子を開けていくと、中にも障子で仕切られた部屋が見えた。
生活感がある古い家電、木彫りの調度品などが、
あるいは、中央に置かれた木のテーブルの上、
全ての障子を開け放ったことで、縁側に隣接している部屋は明るい。
「いやー、懐かしいね! 昔を思い出すよ」
ずいぶんとババくさい台詞を吐いた沙雪は、普段通りに歩く。
「お婆ちゃんの家みたい……」
衿香も感慨深げに呟くものの、航基にはその感覚が分からない。
「航基、2階を頼める?」
沙雪に言われ、航基は片手を上げて、
それを見ていた衿香は、心配そうな顔に。
「これだけ見通しが悪い空間だと、遭遇した時に密着するから……。白兵戦に強い航基が適任だよ」
事情を察した沙雪に言われ、衿香は登っていく航基をジッと見守った。
全ての安全確認と間取りのチェックが終わり、3人は到着するまでにお世話になったキャンピングカーで仮眠を取った。
スペースと心理的な問題で、男女による交替に。
ドライバーも千陣流の退魔師で、安全のために女2人。
数日は寝なくても動けるうえに、航基たちが活動している間に寝ると言ってきた。
鳥が鳴きながら巣へ戻る頃に、仮眠を終えた3人が戦闘準備。
リーダーの沙雪はいつものストリートファッションだが、
腰にククリナイフとハンドガンを差して、背中に細長いバッグを背負う。
衿香も動きやすい格好で、短めの
航基は
屋内は、できるだけ小さな武装。
現代ですら、拳銃のほうが使いやすいのだ。
まして、振り回す必要がある刃物や身体であれば、
幕末の京都では、刀が室内の壁や部屋を仕切る
振り回すのではなく、相手を突けば、刀の長さをそのまま活かせる。
室内に特化した剣術もあったが、忍者のように見栄えを気にせず、実用重視のため、現在では残っていない。
予めつけておいた照明だけが、ぼんやりと辺りを照らす。
そろそろ、気の早い虫たちがシンシンと鳴き出すはずだが、不思議と周囲は静まり返っている。
都心では想像もつかない、黒一色の世界。
本当の暗闇は本能的な恐怖を呼び覚まし、身体を
「さて、化け物退治のお時間だよ……。今は灯りがあるけど、敵が落としてくる可能性が高い。暗闇になっても慌てず、夜目が効くまで凌ごうね? あたしらの目標は、着物の少女1人だけ。それを忘れないで……。他の怪異をどれだけ倒しても、そいつを逃したら何の意味もない。ただし、ペース配分を間違えないように! 送ってくれた2人は離れているし、朝まで増援は来ないから」
一番小さいのにリーダーである沙雪は、手早く説明した。
次に背負っていたナイロン製のバッグを下ろし、ジーッとファスナーを開けていく。
取り出したのは、自分の身長もあろうかという、細長い物体。
横にあるボタンを押し、小さな箱を外した沙雪は、中身を見て、付け直す。
右手の親指で、側面のレバーの位置を変えた。
照準用のリアサイトの近くにあるコッキングレバーを引っ張ってから、離す。
シャッキンと金属音が、辺りに響いた。
右手でグリップを握り、左手でハンドガードを支えた沙雪は、
古民家の2階にある部屋の1つを狙い、宣言する。
「ずーっと、チラチラ見ていたのは、分かっているんだよ……。出てこないなら、こうするまで」
パパパパパパパ
連続した発砲音が山に響き、マズルフラッシュが花火のように光る。
同時に、キンキンキンと
沙雪は右足を後ろで、斜めにしている。
発砲の衝撃に耐え、前傾のまま、一気にフルオートを撃ち終えた。
地面に到達した空マガジンが音を立てる頃には、ポーチから取り出した次のマガジンが差し込まれ、再びコッキングレバーが引かれていた。
「今ので当たっていれば、苦労しないんだけど。さすがに無理か……。こんなボロ家、簡単に外壁を抜けるけどさ?」
フルオートを浴びせた箇所を見た沙雪は、残念そうに呟いた。
大口を開けたままの衿香は、気が抜けたような雰囲気のまま、尋ねる。
「ユキちゃん。そ、それ……、本物なの? つ、捕まっちゃうよ!?」
いったん安全装置をかけた沙雪は、2点スリングで銃口を上にしながら右肩にかけて、背中に回した。
「ん? こんな場所に警官はいないし、山でライフルの発砲音が響いても『猟友会の害獣駆除』と思われるだけ……。実際、似たようなものでしょ?」
沙雪が当然のように答えたものの、衿香の顔は強張ったまま。
やれやれ、という表情になった沙雪は、補足する。
「日本の警察が『退魔のお仕事ですから、人里離れた場所であれば、こっそり銃火器を使ってもいいですよ』と、
まだ納得できない衿香は、反論する。
「こ、この家の人に、どう説明するの? ユキちゃん、怒られちゃうし、弁償しないといけないよ?」
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