第144話 現実を見た主人公とはモブキャラ(後編)【航基side】

 鍛治川かじかわ航基こうきはやむなく、小森田こもりだ衿香えりかのことを振り返る。

 それによって、彼はとある事実に辿り着き、また衝撃を受けた。


「俺は、衿香の何を知っているんだ?」


 押しかけとはいえ月に数回は自宅にやってくる仲で、クラスメイトだというのに。

 その衿香をうとんじて、自分から積極的に関わろうとはしなかった。


 考えてみれば、俺と衿香の関係はどう説明するべきだ?


「家族ではない……。どちらかが告白をして、もう片方が受け入れたわけでもない……」


 これまでは、衿香を『退魔師』という裏稼業に巻き込まないため、あえて冷たくしていた。

 それなのに――


「結局、あいつは退魔師になってしまった……」



 航基が、取り返しのつかない事態になったのでは? と悩んでいたら、ピンポーンとインターホンが鳴った。


「はい?」


 インターホンのモニターには、正面玄関に設置されたカメラを通して、前の合同ミッションで衿香の後ろにいた少女の姿があった。



 沙雪さゆきと名乗った少女は、衿香の親友であることを告げてきた。

 お茶も出されない状況にめげず、話しかける。


「いきなり訪ねて、悪いね……。そちらも忙しいだろうから、手早く用件だけ言うよ!」


 言葉のわりに無遠慮な沙雪は、本題に入る。



「前の電話で、衿香が死ぬことを聞いた?」



 ズバッと質問されて、航基は答えられない。


「はあっ……。その反応、やっぱり聞こえたか……。種明かしをすると、カレナの占いの結果だよ! 紫苑しおん学園に通っているのなら、彼女を知っているよね? だから、衿香の親友である詩央里しおりが動いて、未来を変えるため、千陣せんじん流に入門させたわけ! あたしがついているのも、その関係。じゃ、お邪魔したね」


 必要なことを教えた沙雪は、ソファから立ち上がった。

 航基の反応をうかがうこともなく、自宅へ帰るために歩き出す。


 まだ納得できない男が、慌てて呼び止める。


「そこまで話したなら、きちんと教えてくれ! どういうことだ?」


 興味なさそうに見た沙雪は、質問に質問で返す。


「そもそも、航基は衿香の何? 『流派が違うから』という理由で先日の異界でも同行を拒絶しておいて、それは虫がよすぎる……。今の情報だって、本当はタダじゃないんだけど?」


 まさに自分が悩んでいた部分で、航基はすぐに言い返せない。


 沙雪は呆れつつ、用事を済ませる。


「君が勝手に騒がないよう、最低限の説明に来ただけ……。くれぐれも、カレナや詩央里に迷惑をかけないでね? 衿香の命が危険だと分かっていてまだ足を引っ張るようなら、あたしにも考えがある。詩央里も黙っていないと思う……。あたしは別に、『衿香の気持ちに応えろ』という気はないよ。あの娘に、宗家の妻は無理だ……。君が自分の流派を復興する予定なら、衿香に優しくするのは止めなよ? きちんと振ってあげるのが、お互いのためだ」


 今度こそ玄関へ向かった沙雪は、自分の靴に履き替え、出ていく。



 ハッと気づいた航基は、慌てて玄関の鍵をかけ直して、リビングへと戻る。



「俺は…………」



 たまに衿香と一緒に過ごすのが、日常だった。

 しかし、彼女が、この世から消え去ってしまうかもしれない。


 かつて、両親が自分を置いていったように……。



「……嫌だ。また、俺だけ残されるのは」


 そう口にした後で、急に心細くなった航基。

 けれども、自宅には誰もおらず、スマホの連絡先を見ても、本音で話せる相手に心当たりはない。



 ――自分に好意を持ってくれた人を大事にしてください



 時翼ときつばさ月乃つきのと最後に会った時の、年齢不詳の女からのアドバイスが頭をよぎった。


「俺に好意を持ってくれている人……」


 話をする間柄あいだがらとしては、詩央里、重遠しげとお、マルグリット、カレナぐらい。

 同じクラスの陽キャたちは、改めて考えたら、友人とは呼べない関係だ。


 自分にハッキリと好意を寄せているのは――


「考えるまでもなく、衿香だよな?」


 付き合いたい気持ちはある。

 しかし、彼女は宗家の妻に向いていない。


 そんなことは、さっきの少女に言われずとも分かっている。

 ただでさえ、衿香はのんびりした性格なのに。


 もう同じ退魔師という意味では、歓迎するべきだが……。



「俺はなぜ、鍛治川かじかわ流を復興しようと考えているのだっけ?」



 【花月怪奇譚かげつかいきたん】の主人公だった時ではあり得ない、自分のアイデンティティーを疑う台詞。


 一度、疑問に思ったら、どんどん思考が進む。


「仮に、鍛治川流を復興できたとして……。俺は、一体どうしたいんだ? いや、そもそも、復興したという基準は?」


 同じ日本を守護する流派ですら、お互いにリソースの奪い合いをしている業界だ。

 新進気鋭になった時点で、出る杭は打たれるがごとく、どんな嫌がらせを受けるやら……。


 ここに至って、航基はようやく月乃たちの話を理解した。



「あれ? ひょっとして、俺の悲願は詰んでいるのか?」



 原作であれば、こんな疑問を持つ余裕はなく、諸悪の根源の千陣せんじん重遠しげとおにらみ続ける。

 その過程で、各ヒロインの献身を受けつつも、航基はどんどん成長していくのだ。

 主要な流派の幹部などに認められ、鍛治川流のネームバリューは高まる一方に。


 けれども、今は詩央里に養われ、千陣流に雇われている退魔師の1人だ。

 若手の退魔師として中堅に手が届くものの、それだけ。


 今の状況で誰もがうらやむ仲間を手に入れたら、上位の退魔師がグループで、あるいは組織的に潰してくる可能性が高い。

 それも、口説き、買収、脅し、洗脳、誘拐と、何でもござれで。



 室矢むろや重遠しげとおについては、気性が荒い退魔師の派閥ですら警戒している。

 腐っても、あの千陣家の長男で、まだ千陣流とつながっているからだ。


 最近では黒髪の美少女を式神として、一軒家の破壊、大手ですら避けていた洋館の攻略、さらに他流の本拠地で大暴れ。

 そこの幹部に魔法師マギクスのお持ち帰りを認めさせたことも、一目置かれる理由に。


 重遠が東アジア連合のプリンセスと会談をした情報も、あっという間に広がった。

 オカルトの海外勢はめったに自国を出ないため、退魔師の業界では天地がひっくり返ったぐらいの大騒ぎに。


 室矢重遠は千陣流を動かすための窓口としてくみしやすく、その意味でも注目度が高い。

 一部では、千陣家の隠し玉ともささやかれている。



 話を戻すと、この世界の鍛治川航基には、何の威厳もない。

 共通の敵を倒して武勲ぶくんを立てることは、決してかなわないのだ。

 ライバルキャラの千陣重遠がいなくて一番困ったのが原作の主人公というのは、かなりの皮肉。


 でも、原作のプレッシャーとは無縁で、元ヒロインの1人である南乃みなみの詩央里しおりから支援を受けていることは、大きなアドバンテージだ。


「衿香を助けることが、当面の目標だな! それと並行して、鍛治川流の復興をじっくり考えよう」


 自分に一番近い人間が死ぬことは、絶対に見過ごせない。

 これからは、衿香たちと行動を共にして、力を貸す必要がある。


 スマホで衿香にメッセージを送った航基は、ソファから立ち上がり、キッチンで食事の準備を始めた。



 少しずつ客観的に物事を見られるようになった航基は、自分の立場の危うさを実感しつつある。


「もし、衿香に何かあれば……」


 親友を助けられるポジションで見捨てたら、詩央里はきっと容赦しない。

 殺すまではいかなくても、今より自由のない、使い捨ての道具にされる気がする。



 航基は、豚肉と適当に切った野菜をいため、炊飯器からご飯をよそい、一人飯の時間に。


「……よく考えたら、詩央里は俺の上司なんだよな」


 ダイニングテーブルの上に並べた辛めの大陸料理をつつきながらも、航基は考える。


 自分で生活費を稼がないと、詩央里の機嫌1つで、路頭に迷ってしまう。

 紫苑学園の卒業までは、大人しくするか。

 退魔師の腕を磨けば、進学や就職をした後でも、彼女との縁は切れないはずだ。


 原作の主人公にあるまじき、自分の生活を守るための保身。

 航基をその考えに追い込んだ時点で、詩央里の作戦勝ちだ。




 食事を終えた航基は、ソファに戻り、別のことを考える。


「必要がないから、鍛治川流は消滅した……。月乃の指摘にも、何らかの答えを見つけないと」


 鍛治川流は、接近戦を得手としていた。

 一撃の威力が高いものの、必ず相手の間合いに入ってしまう。


 怪異と殴り合いになれば、高い確率で傷つく。

 それが致命傷であったのが、両親を失う原因だったはず。


「……根本的に技やスタイルを変えたら、それはもう鍛治川流ではない」


 月乃はマギクスとして、遠近のどちらでも戦える万能型。

 本人が格闘技にこだわっているものの、必要なら銃も使う。


 同じ武術家である月乃の置き土産は、航基の心に刺さった。


「でも、鍛治川流を復興して……。また同じことの繰り返しになったら、何の意味もないよな」


 そういう意味では、やっぱり詩央里が欲しい。

 自分とは違う視点や技術、それに流派を運営できるだけの知識と経験。

 彼女がパートナーになってくれれば、新しい鍛治川流は飛躍するだろう。


 詩央里を求める航基だが、先ほどの生活の保障と仕事の斡旋あっせんという壁にき止められる。

 結局、その繰り返し。


 その一方で、航基の心には、普通の退魔師に過ぎない自分に詩央里は大きすぎる存在なのでは? という考えも芽生えてきた。



 周りを見て、他人の気持ちをおもんぱかれる人間には、社会性がある。

 自分の身の程をわきまえ、他人を尊重して、穏やかに過ごす。

 だが、そこに劇的なブレイクスルーはなく、巨大な存在に立ち向かう勇気はない。


 もしプレイヤーがその人物を見たら、ただのモブキャラだな、と評価するだろう。

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