第120話 金髪碧眼の妖精が紫苑学園にやってきた!ー①

「ベルス女学校から転校してきた、咲良さくらマルグリットです。みなさん、これからよろしくお願いします!」


 マルグリットが壇上だんじょうで自己紹介をしたら、クラス中から歓声が沸き上がった。

 女ですら見惚れる笑顔で、耳に心地よく染み込んでくる声は、まるで世界レベルの芸能人のようだ。


 そもそも、南乃みなみの詩央里しおりで女体を知り尽くしていて誘惑に関する訓練も受けてきた室矢むろや重遠しげとおですら、我を忘れかけたほどの相手。

 同年代の女子と接する時間も限られている男子高校生なぞ、ひとたまりもない。


「すっげえ! すっげえ! 金髪碧眼きんぱつへきがんだぜ!?」

「さすが、ベル女。やっぱり、レベルが違うな……」

「妖精みたい……」

「こんな美少女、本当にいるんだ」

「私、もう女でもいいかな……」


 担任が必死に騒ぎを治めて、用意した席にマルグリットを座らせた。


 世間から隔離された現代の秘境、ベル女からの来訪者と聞いて、いやおうにも期待は高まる。



 ――休憩時間


「なあなあ! 俺、日高ひだか尚史ひさしと言うんだ。マルグリットちゃん、まだここに慣れていないだろ? 案内してやるよ!」

「てめえ、シャシャんじゃねーよ!? 俺と行こうぜ、マーちゃん!」

「友達を紹介してくれないか? 合コンしようぜ、合コン!」


 案の定、マルグリットの席には男子が押し寄せた。

 他のクラス、学年からも、うじゃうじゃと集まってくる。


「ねえ! ベル女って、どこにあるの?」

「使っている化粧品やシャンプー、教えて!」

「やっぱり、英語が得意なの?」


 女子も興味津々で、気になっていたことを次々に質問した。

 マルグリットは、機密については受け流し、答えられるものは適当に返していく。


 ランチタイムも陽キャたちのグループに誘われ、賑やかに過ごす。 



 ――放課後


「咲良さん。私たちと、近くのファーストフード店に行かない?」

「嫌なら、断ってくれてもいいけど……」


 てっきり、また男子が壁を作るかと思ったら、意外にもクラスメイトの女子2人だけ。

 まだクラスに馴染めないだろうから、という気遣いか。


 マルグリットは、窓の外のほうを見ながら左手を上げ、自分のほうに招き寄せる仕草をした。


「何か、いたの?」


「ううん、何でもないわ……。誘ってくれて、ありがとう! 喜んで行くわ」




「よーっす! んー。こうして見ると、本当に美人だな?」

「俺、たけるな。よろー!」

「このグループにいれば、うちで困ることはないから」

「マーちゃんが加わって、男女のバランスも良くなったぜ」

「これで詩央里ちゃんが戻ってくれば、俺たちのグループは最強ってわけよ!」


 連れて行かれたファーストフード店のボックス席には、先客がいた。

 男子4人で、同じクラスの陽キャたちに、別のクラスの男子も交ざっている。

 どいつもこいつも自信に満ちていて、マルグリットを彼女にするのは俺だと無言のアピール。



 友達の友達として、休憩時間のSNSでこの場をセッティングするように根回しを行ったのだろう。

 一見、少人数にも思えるが、これ以上の人数になったら、テーブルが別になる。

 そういうところではムダに頭が回る陽キャたちが、言外に牽制けんせいしつつ、誰が第一陣になるのかで、様々な駆け引きをした結果だ。

 この男女比と人数なら、テーブルを見た瞬間に逃走される恐れも小さい。


 陽キャたちの頭の中には、第二、第三の自己紹介タイムも。

 後日に機会を見て、という話ではあるが……。



 そんなことだろう、と思ったわ。


 内心で嘆息したマルグリットだが、笑顔で応じる。


 さすがに、いきなり迫ることはなく、男子と女子で別の列だ。

 ……なぜか、マルグリットだけ一番奥まった席にされて、簡単に逃げられないように、という若干の悪意を感じるが。


 簡単に自己紹介を済ませた後、彼らのSNSのグループに加えてもらった。

 良かったら、と言いつつ、半ば強引に。


 挨拶が終わったので、遅れて来たマルグリットたちも、受付で注文を出そうとする。


「じゃあ、注文を出してくるから」


 鍛治川かじかわ航基こうきが率先して言うと、他の面々は当たり前のようにオーダーを出す。


「俺、ピリ辛サンド1つ」

「ポテトS」

「コーヒーSで」


「は? あ、あなた達、何を言っているの!?」


 マルグリットの素っ頓狂な声に、陽キャたちが口を閉じた。

 彼女は、さらにツッコミを入れる。


「え? 航基って、ここの店員なの? 実は、バイト中だった?」


「い、いや……。違うけど……」


 男子の1人が、口をモゴモゴさせながら、否定した。



 その場に白けた空気が流れ、マルグリットの歓迎会という雰囲気ではなくなった。



「あ、ああ……。俺が好きでやっていることだから、気にしないでくれ」


 当の航基が、パシリであることを肯定した。


「そ、そうだよ! 別に、俺たちは強制していないから」

「マーちゃんも、ついでに頼んでおきなよ!」


 ようやく和やかな雰囲気に戻って、マルグリットをもてなすための食事会が続けられた。




「マーちゃんは、どこに住んでいたの? やっぱり、外国?」


 女子の1人に聞かれて、マルグリットは当たり障りのない答えをする。


「んー。私は、日本で生まれ育ったわ! そのうち、海外にも行ってみたいと思うけど」


 それに対して、男子たちが反応する。


「夏休みはREUアールイーユーの別荘で過ごすんだぜ! 良かったら、マーちゃんも一緒にどお?」

「抜け駆けするなよ! ……俺のところはUSFAユーエスエフエーの東海岸で、セレブもいるビーチリゾートでのバカンスが恒例だ」


 ことごとくマウント合戦とお誘いになり、マルグリットは引きった顔で応じる。


 やがて、蚊帳の外に置かれた女子2人はトイレへ。

 金髪の美少女は大人気で、ひっきりなしにアピールされている。




「ねー。あの子、感じ悪くない? 美人だけどさあ、お高く止まりすぎって感じで」

「だよねー! 少し可愛いからって、調子乗りすぎ」


 バキッ


 狭い女子トイレに、物を壊したような音が響いた。


 ちょうどクラスメイトの悪口を言っていただけに、2人の女子は思わずビクッとする。

 まさか、他に人がいたのか? と考えるも、個室の扉は全て開いたまま。



「ああいうのに限って、実は性格悪い――」

 ガギイインッ


 鏡を引っ掻いたような音が、女子トイレに響き渡った。

 完全に不意を突かれた2人は、反射的に手で両耳を押さえる。


「ちょっと、何よぉ?」

「気持ち悪い……」


 チャリン チャリン


 ガラス片が落下した時のような、甲高かんだかい音が続く。


 ふと目の前を見たら、その鏡は刀で切り裂いたように割れていた。

 それも、ちょうど2人の女子が立っていた場所の鏡が……。


 小銭を落としたような音は、鏡の欠片がパラパラと洗面所や床に落ちることで発生していた。


「え?」

「嘘……。で、出よう、ミーちゃん! 私たちのせいにされちゃう!!」


 怖くなった女子は、大慌てでトイレを出る。

 扉が閉じるまでの時間に少しのタイムラグがあったことに気づく余裕はなかった。



 青ざめた顔で戻ってきて、すぐに帰ると言い出した女子2人。

 男子たちが心配して問いかけるも、首を横に振るばかり。


 マルグリットも、それに乗じて逃げ出した。




 陽キャに属する女子たちは、マルグリットの悪口を言うたび心霊現象に見舞われ、終いには自宅の部屋で深夜に女子の歌声が響く。

 彼女たちはやがて、彼女を話題にすることを止めた。


 人は、見えない恐怖に長く耐えられない。

 マルグリットをけなすと自分が怖い目に遭うと学んだ彼女たちが自制していったのは、当然の帰結。


 陽キャの一軍から二軍落ちする屈辱よりも、自分の命と精神が危険になるほうが大変だ。

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