第121話 金髪碧眼の妖精が紫苑学園にやってきた!ー②

 紫苑しおん学園にやってきた金髪碧眼きんぱつへきがんの妖精を巡る争奪戦は、どんどん過熱していく。


「マーちゃん、誰が本命だと思う?」

「俺に決まっているだろ!」

「ないない……。そういや、テニス部のイケメン王子もマーちゃんを狙っているってよ!」

「マジ!? うわ、さすがに競争倍率がダンチだ……。あの2年のナンパ王子が本腰を入れているんじゃ、俺たちは無理か」

 

 メグという愛称を知らない紫苑学園の生徒は、勝手に『マーちゃん』と渾名あだなをつけた。

 マルグリット本人が嫌がらないことから、転校から数日で公式認定されている。


 噂話うわさばなしで情報交換をしているのは、男子も同じ。

 降って湧いた咲良さくらマルグリットというお宝を巡って、熾烈な角突つのつきを繰り返す。

 どれだけ文明が発展しようが、メスの取り合いでは最も原始的な行動になるのだ。



 ――放課後


「咲良さん……。君のことを考えると、夜も眠れない。大好きだ! 俺と付き合って欲しい」


 ようやく紫苑学園の生活にも慣れてきた、1週間が経過した頃。

 それを見透かしたかのように、1人の男子から告白された。

 ご丁寧に、女子を使って呼び出す手口で、完全な不意打ち。


「あなたのことは、よく知らないの。悪いけど、お断りするわ……」


 即座に断ったマルグリットは、くるりと背中を向けて、歩き出す。

 だが、すぐに回り込まれて、退路を塞がれる。

 そもそも、相手を逃がさない地形を選んで、誘導させたのだ。


 壁ドンのような構図で逃げ場を潰しながら、甘い声で、優しく諭す男子。


「そう言うなよ……。知らないなら、これからお互いに知っていけばいいさ! 今日、これから落ち着けるカフェはどうかな? このまま立ち話も――」

 ビュオオオオ


 急に吹いた突風に、思わず目を閉じて、両手で顔をガードする、テニス部のイケメン王子。

 機靭きしな怜伍れいごは慌てて目を開け、マルグリットを探す。

 しかし、たった30秒の間に、彼女の姿は影も形もない。


「くそっ! 逃がしたのか!? 同じ手は、もう使えないってのに!!」


 激昂げっこうする怜伍を心配して、マルグリットを誘い込んだ女子が近寄り、話しかける。


「ご、ごめんなさい。私が、もっと注意していれば……」


 反射的に怒鳴りそうになった怜伍だが、ここで当たり散らしても無意味だと思い直し、笑顔を作る。


「……いやいや、君は悪くないよ! それより、時間が空いたし、どうだい?」

「うん、喜んで!」


 怜伍は、マルグリットという大物を逃がした憂さ晴らしで、ちょうど手近にいた自分の取り巻きである女子を選んだ。

 女慣れしているイケメンについていけば、子供の遊びでは済まされないのだが……。


「本人が好きで身体を許す分には、自由恋愛の範囲よね? こういうのは、良かれと思っても、どうせ逆恨みされるだけ……。君と呼んでいたから、下手すると、あいつ女子の名前すら覚えていないけど」


 いつの間にか校舎の屋上にいたマルグリットが、地上を見下ろしながら、他人事のようにつぶやいた。


 大喜びで怜伍についていく女子を見送った後、マルグリットは立ち去る。



 先ほどは、マルグリットが魔法で身体強化した腕を振ることで一時的に突風を巻き起こし、その隙に地面を蹴って、ネコのように屋上まで飛び上がった。


 室矢むろや家に加わるための面接で、重遠しげとおの義妹であるカレナは、お主が全盛期の力を取り戻せたら、と言った。

 咲良マルグリットの全盛期は――


「なるほどね! 確かに、の頃に並ぶ力だわ」


 マルグリットは生まれつき完成された、戦略級の魔法師マギクスだ。

 カレナが制限をかけているものの、強力の一言に尽きる。

 接続されている次元から引っ張るエネルギーの量によっては、一瞬で艦隊すら吹き飛ばせる。

 ガチャで出したら大炎上するぐらい、ゲームバランスが壊れるに違いない。



バレは一応、持っておかないと……」


 発動体のバレなしで自由に魔法を使えるが、それを知られたら、再び陰謀に巻き込まれる。

 しかし、マルグリットは不敵な笑みを浮かべており、その緊張感すら楽しんでいるようだった。



 ――登校時間


 ガチャッ バサバサバサ


 靴箱を開けた途端に、雪崩なだれ落ちる封筒の山。

 登校してきたばかりの咲良マルグリットは、憂鬱ゆううつになった。


 今時、こんな漫画みたいな展開があるとは……。


 かつて、『プロジェクトZE-7010』の研究所にいた時に与えられていた少女漫画。

 このシチュエーションは、まさにその通りだ。

 しかしながら、胸のトキメキだけが欠けている。


 とりあえず、念のために常備している、折り畳んでいた買い物バッグに放り込み、学校指定のバッグと一緒に持つ。



「おはよー、マーちゃん……。うわ、すっごいね! それ、全部ラブレター?」


 女子の声に一瞬だけ身構えるも、その柔らかな言い方に悪意はない。


「おはよう、衿香えりか! ええ、たぶんね……」


 詩央里しおりの親友である衿香には、マルグリットも気を遣う。


 マルグリットは、重遠の正妻である南乃みなみの詩央里しおりの信頼を得たと言いにくい状態だ。

 たとえ不可抗力であっても、衿香を巻き添えにしたら、かなりの恨みを買う恐れがある。


 とはいえ、マスコットのように愛らしく、裏表のない小森田こもりだ衿香えりかは、マルグリットから見ても好ましい友人だ。


 衿香はクラスの最上位である陽キャ達とは別のグループだが、中の上で、他とあまり関わりを持たないポジション。

 悪く言えば、陽キャの二軍か三軍、といったところ。


 マルグリットの見立てでは、衿香は同性の敵を作りにくいものの、ぶりっ子と目のかたきにする女子もいるだろうといった感じだ。



「それ、全部読むの? ……大変だね」


 興味深そうに覗き込む衿香に対して、さり気なく隠すマルグリット。

 さすがに、ラブレターを出してきた生徒の名前を晒すわけにはいかない。


 ハッと気づいた衿香が、胸の前で片手をパタパタと振りながら、すぐに謝る。


「……ああ、ごめん! 別に、そういうつもりじゃなかったんだけど」


「気にしないわ……。まあ、どこかで線引きはするわよ? キリがなさそうだし」


 笑顔でマルグリットが応じたら、一緒に歩く衿香も微笑んだ。



「おはよー」

「おはよう」


 1年Aクラスの教室に入ると、思い思いの場所にいるクラスメイトから声をかけられた。

 とりあえず、聞こえるように返事をした後、マルグリットは自分の席に着く。


「ふうっ……」


 まだ若いのに、思わずため息が漏れてしまった。

 転校した直後の慣れない環境であるのに、自分を狙っての猛アタックだ。

 いくらマルグリットでも、気疲れをする。



「大丈夫か?」


 男子の声が耳に入って、マルグリットは椅子に座ったまま、顔を上げる。

 そこには、鍛治川かじかわ航基こうきの姿があった。


「おはよう……」


 マルグリットは机の上に頬杖ほおづえを突いたまま、けだるい声で挨拶をした。


「あ、ああ……。おはよう……。それでさ、何か力になれれば、と思って」


 目が合ったことで顔を赤くした航基だが、最後まで言い切った。


「特にないわ……。っ! お気持ちだけで」


 強い視線を感じたマルグリットは、覚えている位置関係と気配から、その相手を探る。


 ……たぶん、衿香か。


 うわー! 

 どれだけ面倒なのよ、このクラス!


 カレナの連絡ミスとはいえ、いきなりの修羅場に、マルグリットの気分はもっと落ち込んだ。


「分かった……。俺は、いつでも相談に乗るから。じゃ」


 さらに暗くなったマルグリットに対して、ここで言えないほどの悩みがあると誤解した航基。

 決意を込めた視線を送り、自分の席に戻る。



 あなたは、自分が使い走りであることの解決と、衿香の気持ちに応えることから、始めなさいよ……。


 内心で突っ込んだマルグリットは、『鍛治川航基』を要注意の筆頭にした。


 本人が空っぽだから、弱った人間の面倒を見ることで、自分の心を満たそうとするタイプか。

 自身を大切にしない奴は、信用できない。

 でも、衿香に誤解されたままだと、詩央里の心証がいちじるしく悪化する。

 すぐにフォローしておこう。


 ガタッ


 椅子から立ち上がったマルグリットは、ふんっ! と気合を入れてにらんでいた衿香の席へ歩いていく。


 いきなり自分に接近してくる、と考えていなかった衿香は、面白いほど驚き、思わず椅子に座ったままでファイティングポーズを取る。


 やるの? やるの? と素人の構えをした衿香に苦笑しながら、マルグリットは彼女の耳に口を近づけた。

 航基に全く興味はないから安心しなさいとささやいたら、プシューッと衿香の空気が抜ける。


 片手を振ったマルグリットは、再び自分の席に戻った。



「サーちゃん。私も、青いカラコンをつけて、金髪に染めようかな?」

「……やめなさい。今のままで、衿香は十分に可愛いから。あの男に、見る目がないだけよ」


 後ろから聞こえてくる、衿香とその友人の会話に呆れながら、マルグリットは登校してきた陽キャの相手を始めた。

 まだ朝で、多くの生徒がいるから、彼らも無茶はしてこない。

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