第112話 現代の魔法使い達による盤外の戦いー②
そこに、ハッキリした声が響く。
「ここで決めておくべきことは、ベルス女学校の校長、その後任を誰にするのか? しかし、陸上防衛軍と警察では、どうやら見解の相違があるようだ。どちらも国防と治安維持で欠かせない存在ゆえ、これ以上の
決定権を握っている男が、これまでの話をまとめつつ、
一斉に考え込む出席者。
ここで引き受けて、また同じことになれば、それこそ言い訳ができない。
愛澄は企業連合の上層部にも友人が多く、この手の資金繰りでは頼りになる。
自分たちの財布からゴッソリと持っていかれた挙句にその座を奪われたり、
別に、金を持ち逃げするわけじゃない。
準備万端になったところで、横から
チャンスがなくても、こちらの腹は全く痛まないのだ。
「では、その方向で議論しよう。良いな?」
反対の声は出なかった。
“
◇ ◇ ◇
「くそっ! ベル女の校長として、あの梁愛澄が続投するだと!? 冗談じゃない!! あそこを合法的に接収する、絶好のチャンスが……」
自分の根城に帰ってきた
両手を振り回し、高そうな机の上から文房具などが落ちる。
『プロジェクトZE-7010』の第一号、
しかし、それっきり。
プロジェクトは凍結されたまま、時間だけが過ぎていく。
内部での主導権争いもあって、そろそろ次の成果を出さないと、足を
そこにきて、ベルス女学校の召喚儀式に伴う、翡伴鎖中将の子飼いである
梁愛澄の査問委員会で指摘された通り、化け物の死体は全く残らなかった。
結果的に、空へ向けてミサイルや機関砲を乱射して、重火器まで担いだ歩兵部隊が戦闘態勢という事実だけ残る。
駐屯地司令の壕目田大佐は、クーデターを企んだ容疑で即座に拘束された。
なんと、上空から陸上総隊の特殊作戦コマンドが降下してきたのだ。
目出し帽で顔を隠した彼らは、機械のように精密な動きと苛烈な攻撃で、瞬く間に館黒駐屯地の司令部を押さえた。
本来の駐屯地司令は他と兼任なのだが、この館黒駐屯地に限っては、“隣にいるマギクスの制圧” という特殊な立場から専任である。
それだけに、全てを知っていて当然という扱いだ。
取調べで壕目田大佐は、化け物が空に! と連呼しているが、その証拠がどこにもない。
ゆえに、尋問した警務官たちは、本人の意思でベルス女学校を襲撃したと判断。
副司令より下の関係者にも事情聴取を行い、罰すべきは罰して、命令に従っただけの下っ端の責任は基本的に問わない形で進めていく。
今回は陸防の威信がかかっているため、その追及は戦時中を思わせる厳しさ。
最も責任が重い壕目田大佐は、査問委員会と軍法会議を通して、軍の私物化による内乱罪で死刑判決が出た。
刑の執行までは、無期禁錮の状態だ。
すでに銃殺の準備が進められているため、彼が来月のカレンダーを見ることはないだろう。
実質的な親玉である翡伴鎖中将も取調べの対象になったが、知らぬ存ぜぬで切り抜けた。
しかし、その代償に、影響力が地に落ちたのだ。
翡伴鎖中将は、荒々しい声で吐き捨てる。
「役立たずの壕目田が……。何のために、ベルス女学校を狙える位置の駐屯地司令にしたと思っている!? 1つの成果も出さずに、私の足を引っ張るとは……。加えて、あの学校にいる協力者、
反マギクス派のトップを維持するどころか、このままでは進退に関わる。
立場的に仕方なく参加しているだけか、共存を唱えている穏健派は、今すぐ引退しろという反応だけに。
私の同志である過激派ですら、距離を置いている始末だ。
もはや、一刻の猶予もない。
翡伴鎖中将は、スマホを見つめた。
相変わらず、繁森仁子からの連絡はない。
兵士のマギクス化として、劣化版でも数人を用意すると言っていた繁森が、私を裏切ったのか?
いや、そんなはずはあるまい。
あの女に出世競争のライバルを蹴落としてもらい、ここまで登ってきた。
もはや自分で降りられない以上、プロジェクトを何らかの形で続けるのみ。
ここで価値があると示さなければ、全てが終わる。
孤立無援の翡伴鎖中将の耳には、繁森仁子がもうこの世にいないことも入っていない。
ただ熱に浮かされたように、自分の野望を口にする。
「あと、少し……。もうすぐで、大将の席に手が届いたというのに……」
どいつもこいつも、自分に逆らうだけ。
閑職に回されるか依願除隊を勧められるのは、時間の問題だ。
「まだだ……。あの女さえ、いなくなれば……」
いいだろう!
ならば、私にも考えがある。
どうせ先がないのなら、一発逆転にかければいい。
「私だ。特別行動局、第二群の責任者を呼べ! ……大至急だ!」
◇ ◇ ◇
数日後、梁愛澄は久しぶりの市街地を満喫していた。
自分が受け持っている学校の命運をかけた一戦のうえ、堅苦しい査問委員会への出頭だ。
ゆっくりと息抜きをしなければ、やっていられない。
「これから面倒な陳情で、また挨拶回りになるのですから……」
そうぼやく愛澄は、うんざりした表情。
他の校長が何をやっているのかは知らないものの、彼女に限っては政治家みたいなポジションだ。
といっても、そのつながりが今回も自分を助けてくれたのだから、無下にはできない。
半壊したベルス女学校を立て直すため、しばらくは企業や政治関係の事務所へ顔を出す日々に。
国会議事堂の近くには議員に会う人を対象とした宿泊施設が多くあって、目当ての人物に会えるまで缶詰めもザラ。
大企業の重役クラスについても、アポイントメントを取るだけで一苦労。
バム
デパートの立体駐車場に停めている車に乗り込み、ドアを閉めた愛澄は、ふと思い出す。
「
悩みながらエンジンスタートボタンを押し、セルモーターを回す。
キュルキュルと、小さな音が響いた。
ドオオオオン
1台の車がいきなり爆発して、周囲に停車していた車の窓ガラスが軒並み割れる。
吹き飛んだ破片がぶつかった場所には、深い
ビーッ ビーッ フイ―ン フイ―ン
子供の
『チャーリー1、死体を確認しろ』
『こちら、チャーリー1。まだ炎と煙があって、視界が――』
無線から手を離した男が、焦ったように隣を見る。
「スナイパーの奴ら、肝心な時に役立たずだ……。木村、俺たちで確認するぞ! 銃はまだ出すなよ?」
「了解」
2人の若い男が運転席と助手席から出ようとした瞬間、側面の窓ガラスが同時に割られ、そこから高出力の空気弾が叩き込まれた。
不意を突かれた彼らは、隠し持ったサイレンサー内蔵の銃を出す間もなく、絶命する。
車の側面の景色が揺らぎ、シートに座ったままの2人に追加で撃ち込んだ後、その気配が消えた。
「ターゲットがいない……。こちらのスコープでは、視界が狭すぎる。指示をくれ。……おい、聞いているのか?」
スナイパーライフルを構え、床に伏せている狙撃手が、傍にいる観測手に告げた。
命中させることを優先した高倍率のスコープは、見える範囲が狭い。
ゆえに、広い視界がある観測スコープを持つ、サポート役がつくのだ。
狙撃手は撃つことに専念して、観測手がターゲットまでの距離や風向き、絶好のタイミング、着弾による修正などを伝える。
ちなみに、観測手は狙撃中に無防備となるスナイパーの護衛も兼ねていて、基本的にアサルトライフルなどの連射ができる武装を持つ。
いつまでも返事のない相棒を見るために、狙撃手がスコープから目を離す。
ゴキッ
自身の首の骨が折れる音と共に、狙撃手の意識は途切れた。
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