第113話 現代の魔法使い達による盤外の戦いー③

「いやー! かなり焦っているようですね。あちらさんも……」


 ギャグ漫画のように、ドライバーシートの残骸からりょう愛澄あすみが出てきた。

 多少の汚れがついているが、その私服に焼け焦げはなく、綺麗なまま。


 床に散らばった破片を踏むたび、ジャリジャリという音が響く。


 まだボンネットから火が出ていて、骨組みのフレームだけになった車。

 キンッという音の直後に、出火していた部分が瞬間的に消える。



 パチッ ズホッ チャキッ


 腰のホルスターのロックを外しながら、右手で銃を抜き、両手で構える音。


「動くな、警察だ!」

「妙な動きをすれば、撃つ! 両手を上げ、その場でひざまずけ!! この爆破事件の容疑者として、身柄を拘束する!」


 両手で短い銃身のリボルバーを構えている警官が2人。

 どちらも制服のまま、愛澄に銃口を向けている。


 拳銃を奪われにくい、新型の樹脂製ホルスターを使っているようだ。


 これまでの革製の上蓋うわぶたがあるホルスターとは違って、拳銃を後ろから水平に差し込む形状。

 そのため、正面から見た場合、拳銃は完全に隠されている状態。

 形状が似ていることから、アンモナイト型とも。


 帯革たいかくに連結された鉄芯入りのカールコードは、構えている拳銃のグリップ下部にあるランヤードリングに通されている。



 肘を下ろしたまま、両手を上げる愛澄。

 しかし、2人の警官は拳銃のグリップを握っている手の親指で、ハンマーを操作する。


 カチリ


 警官たちの持っているリボルバーの弾倉が回転しつつ、撃針を叩くためのハンマーが起き上がった。


「跪け! 早くしろ!!」

「言う通りにしないと、撃つぞ!」


 そう叫ぶ警官たちの人差し指は、最初から拳銃のトリガーにかかっている。

 シングルアクションになったので、あとは右手の人差し指に少し力を入れるだけだ。


「ところで……」


 愛澄が、ぽつりとつぶやいた。

 今にもトリガーを引こうとしていた警官2人は、いったん待つ。



「その胸の識別章、ナンバーが刻印されていないですよ? あなた方は、いったい誰ですか?」



 何気ない愛澄の言葉に、思わず自分の左胸を見る2人。

 識別番号があることを見て、すぐに彼女へ視線を戻そうとする。


 だが、いきなり防刃ベストの上からダイレクトに心臓の位置を9cm以上の深さで刺され、どちらも黙らされた。

 本来は心臓を守るはずの左側の肋骨ろっこつは、数本まとめて砕かれることに……。


 うち1人が反射的に構えていた拳銃のトリガーを引くも、指ごと凍りついて動かず。


 心臓を深く刺された場合には、数秒で無力化される。

 狙うのは脳や腎臓じんぞう肝臓かんぞう、動脈でも良いのだが、沈黙するまでの時間と後始末を考えたら、こちらのほうが効率的。


 崩れ落ちた2名のと入れ替わるように、その場に2名の戦闘服を着た人間が現れた。

 敵の心臓に刺したナイフはそのままに、それぞれ周囲を警戒する。



「どこの世界に、対魔法師マギクス用の弾丸を使う制服警官がいるんだか……」

 

 愛澄は、ぼそっと吐き捨てた。


 警察で支給される .38スペシャル弾ではなく、最低でも大型動物を仕留められる .357マグナム弾の、それも貫通力を高めた特別仕様だと、愛澄は探知の魔法や違和感でチェックしていた。


 撃った時に拳銃のフレームが耐えられるのかは、微妙なところ。


 いずれにせよ、さっきの2人がそれを確かめる機会はもうないのだが……。




「排除、完了しました!」


 報告を受けた愛澄は、次の指示を出す。


「この現場はフロアごと、我々で確保しなさい……。私は、話し合いに行きます」


 頑丈な装甲車が到着して、愛澄はそれに乗り込む。



 本物の警官が現場に到着するも、魔法技術特務隊に所属するマギクスたちに阻まれた。


 魔特隊は大隊規模で、陸上防衛軍の陸上総隊の隷下れいか。 

 防衛大臣の直轄であるものの、実質的な指揮官は梁愛澄准将じゅんしょうだ。


 現場を封鎖する魔特隊は、自分たちの指揮官の暗殺未遂、つまりテロ事件だと主張。


 彼らはマギクス法に基づく、限定的な捜査権限を行使している。

 これに逆らった場合、たとえ現役の警官でもテロリスト扱いになりかねない。


 現に、デパートの立体駐車場が吹き飛んでいるのだ。

 警察として現場を奪い取る選択肢も、あるにはあるのだが……。


 ここでゴリ押しを行えば、少なくとも署長クラスで首がポンポン飛ぶ。

 物理的にも、首が飛ぶだろう。

 自分たちの指揮官が殺されかけたことで殺気立っている陸上総隊の精鋭には、近づかないに限る。


 調査結果の報告、後日の現場と遺体の引き渡しを約束した後に、所轄の警官は引き上げた。



「あの手際を見る限り、ただの外注ですね? 一応、何かしらの名目で周囲の人払いはしていたようですが……。陸上防衛軍のウェットワークといえば、特別行動局の第二群……。さすがに、ウチと本気で殺し合いをする気はないと言ったところでしょうか」


 愛澄は、移動中の車内で独白した。


 特別行動局の第二群には、金で雇っている傭兵とお抱えの実動部隊の2つがある。

 愛澄の魔法技術特務隊とは犬猿の仲であるものの、それだけに普段は気を遣う。

 後者が出張ってきたら、マギクスにも数名は死傷者が出ていた。

 そうなれば、後はどちらかが全滅するまでの戦争だ。


 第二群に言わせれば、上官の命令だから従うけど、使い捨ての連中を送るから勘弁して。


「来期の予算、第二群から少しもらいましょうか……」


 車内にいる愛澄は、後で詰めておこうと決意した。

 先ほどの襲撃を頭から追いやった彼女は、すぐに別の手を打つ。



 ◇ ◇ ◇



 カッコーン


「ふむ……。つまり、梁くんは反マギクス派と争いたくないのか……」


 高級スーツを着こなしている中年の男が、目の前にいる相手に確認した。


「はい、紫和しわ先生! ですが、私の命が狙われた以上、そちらの犯人を突き止め対応しなくては、我々マギクスの立場がありません。さらに、陸上防衛軍の准将として、これは国防を揺るがす問題であると憂慮しております。ぜひ先生のお力添えをいただきたく存じます」


 同じく高級スーツを着ている梁愛澄が言い終わり、料亭のお座敷でテーブルを挟み、向かい合っている代議士に頭を下げた。

 正座のままで完全にひたいを擦りつける、最も深いお辞儀だ。


 どちらの席にも、高価な皿やうつわに美しく盛り付けられた懐石料理が並ぶ。

 お酒も、徳利とっくりで用意されていた。

 だが、2人とも全く手を付けていない。



 しばし、沈黙が流れて、整えられた庭の鹿威ししおどしが音を立てる。


 カッコーン



「……分かった。公益のためであれば、是非もない。私から話してみよう」


 その言葉を聞いて、愛澄はようやく頭を上げた。


「ありがとうございます! 次の選挙でも紫和先生のお役に立てるよう精一杯の支援をいたしますので、何卒よろしくお願い申し上げます」


「うむ。君たちの協力に期待しているよ? この件は、一段落した時点で秘書に連絡させよう。それまで、待ちたまえ。……では、失礼する」


 言い終えた代議士はすぐに席を立ち、ふすまを開け、出て行った。

 彼は忙しく、この短い会合すら、愛澄のこれまでの信用と実績がなければ応じてくれなかっただろう。


 料亭は開放的な構造であるものの、こういった密談によく使われる。

 なぜなら、徹底的に盗聴などの対策がされていて、限られた客しか入らず、従業員も口が堅いからだ。


 ちなみに、残された2人分の料理とお酒は、愛澄が美味しくいただきました。




 バム  ブロロロロ


 料亭の前に横づけされた高級車の後部座席に乗った、代議士の紫和。

 自分のとなりに乗っている人物に、声をかける。


月村つきむらくん! 今回の梁准将の暗殺未遂について、反マギクス派に確認を取ってくれたまえ……。調停のために、彼らと会う必要ができた」


 秘書の月村が、すぐに返事をする。


かしこまりました。早急に、事件の関係者を集めます」


 月村は手持ちのスマホ、ノートパソコンを操作して、関係各所に連絡を始めた。




 ―――1週間後


 バンッ


「どういうことかね、これは!?」


 翡伴鎖ひばんさ中将が執務室にある自分のデスクの天板てんばんを叩き、声を荒げた。

 もう片方の手には、受け取ったばかりの書類がある。


 それに対して、防衛省の監察部に属する男は平然と答える。


「ご覧の通りです。翡伴鎖中将は色々とお疲れのようですから、今後はご負担のない生活をしていただきます。今ならば穏便に済ませられると、陸上幕僚長もおっしゃっていますので……」


 理由は、言わなくても分かるだろ?


 監察部の男は、言外にそう匂わせていた。

 その右手はいつでも腰のホルスターに触れる位置で、中将閣下がバカなことを考えた場合への備えだ。


「……話は分かった。しばらく、考えさせてくれ」


 自分の感情を抑えた翡伴鎖中将は、ひとまず先送りにした。

 どちらにせよ、即答できない要求だ。


 連絡役の男も返事を急がせる気はなく、あっさりと引き下がる。



 バタン


 再び1人になった翡伴鎖中将は、自分のデスクの椅子に座ったまま、頭を抱えた。


 次に、机上の内線電話で同じ反マギクス派の心当たりに相談するも、留守か、大人しく退役したほうが良いという返事のみ。


 すでに周囲への根回しが済んでいることを知って、いよいよ自分が追い詰められたことを悟った。

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