第108話 遅れてきた彼女たちによるジョストー④

 ゆったりと作られた相談室だが、決闘をするには狭い。


 煌びやかに飾った軍馬にまたがった騎士たちによるジョストの如く、繁森しげもり仁子さとこの姿をした女魔術師レティシエーヌと大人のカレナの対決は、続く。


 実際のジョストは、すれ違いざまのランス突撃で落馬したほうの負け。

 しかし、今回の対決では、2人の距離がなくなった時点でレティシエーヌの敗北だ。


 レティシエーヌはだんだんと余裕をなくし、一瞬で呼び出した外宇宙の惑星にあるとげでカレナの全身を貫き、彼女の精神を焼き切る魔術を唱える。

 だが、相手のエナジーを吸い尽くす木や、高出力のレーザーを放つ切り株のような眷属けんぞくを召喚しても、カレナは止まらなかった。


 カレナの新しいベルス女学校の制服には、汚れや傷がないまま。

 決闘相手のレティシエーヌまで、せいぜい三歩。



 もう手詰まりか?


 そう思ったカレナに対して、レティシエーヌはまだ戦う意思を示している。


「仕方ない! 背に腹は代えられないわね……」


 レティシエーヌは言いながら、何らかの古い物を取り出し、即興の召喚儀式に入った。

 ルールを守っているカレナは、その様子を見守るだけ。



 長い詠唱が終わり、床で光るサークルから黒い人影が出てくる。


 男らしき人型で、騎士のプレートアーマーのようなものを身に着けていた。

 しかし、その両手は空いていて、剣や盾は見当たらない。

 ぼんやりとした輪郭は篝火かがりびのように揺らいでいて、この世ならざる者だと教えている。


 カレナはその人影を見て、目を丸くした。

 強いショックを受けている彼女を見て、レティシエーヌは勢いづいた。


「私のとっておきよ! 本当なら、こんなところで使うはずじゃなかった。貴重な遺物だったのに……。もう一度だけ言うわ、降参なさい! 彼は、かつての超古代文明とも言われる、まだ神々がいた頃に活躍していた戦士の1人よ。不可思議な力を使い、そのこぶしや蹴りであらゆるものを打ち砕き、あるいは、いずことも知れぬ場所へ飛ばしたという……。今なら、まだ間に合うわよ?」


 落ち込んだ表情のカレナだが、レティシエーヌの降伏勧告に応じない。


 業を煮やしたレティシエーヌは、召喚した戦士に指示する。


 ガシャガシャとよろいの音を立てながら、黒い男が動き出す。

 一瞬で距離を詰め、カレナに攻撃を開始。


 ドンッ


 目に見えないスピードの右拳が、カレナを襲う。

 その風圧だけで相談室の天井や壁ががれ、拡張工事をしているかのように押し退けられる。

 しかし、カレナは自身の頭に近づいてくる拳をヘッドスリップでかわしていった。


 彼女の膝は柔らかく、腰を左右に少しだけひねることで、敵の拳が頭の横をすり抜ける。

 格闘技の試合だったら、さぞや盛り上がるであろう、綺麗な動きだ。

 


 カレナは、下からすくい上げるようにボディに入ってきた左拳も、ダンスの足運びのようなフットワークで避ける。


 黒い男が空を切り裂いた拳圧だけで、天井が跡形もなくなった。

 しかし、続けての蹴りも当たらない。


 手強い相手だと認識した黒い男が、バックステップ。

 両足を広げた構えに移る。



「いい加減にしなさい、―――」



 怒った口調になったカレナが、何某なにがしかの名前を言った。

 その途端に、黒い男の動きが止まる。


 やがて、彼は構えを解き、自分の両手をじっと見つめた。

 おもむろに、自分の首へ手刀を当てる。



「私が許します。そこに、控えていなさい」


 カレナの言葉に黒い男は動きを止め、彼女の進路から退くのと同時に、片膝と拳を地面に着いた。



 レティシエーヌは、何が起きたのか、全く理解ができなかった。


「どうしたの!? その女を攻撃して!! 私の言うことを聞きなさい! ……ええい、この役立たずが!!」


 繰り返し命令するも、召喚主に忠実な戦士は立ち上がらない。

 元の位置に戻ってから、また一歩だけ近づいたカレナを見て、レティシエーヌは数百年ぶりに、恐怖という感情を思い出した。



 いよいよ、最後の一歩。


 焦った顔のレティシエーヌは、これまでとは違う詠唱を始める。


 それを聞いて、カレナが微妙に反応した。

 周囲に蚊が飛んでいるかのように、ぶんぶんと首を振る。


 レティシエーヌの詠唱は終わったのだが、特に何も起こらない。


「そんなはずは……」


 もはやパニックに陥っているレティシエーヌに対して、カレナは講評を始める。


「まだ、黒の断章が残っていたのですね? アレンジを加えていますが、即座に唱えられて、効果も十分。なかなか良いセンスだと思いますよ? 1つだけ言いたいのは……」


 呆けた表情を見せるレティシエーヌに対して、カレナは残りの言葉をぶつける。



「あなたは一体、誰の力を借りて、誰を攻撃しようと試みたのですか?」



 声にならない絶叫をしたレティシエーヌに構わず、カレナは最後の一歩を踏み出す。

 それでも、レティシエーヌはまだ諦めない。


 カレナは、その悪あがきに終止符を打つ。


「逃げ場はありませんよ? これまで仕込んでいた精神交換の転移先は、私が全て潰しました。もっと言うのなら、この相談室は、私の空間。ゆえに、姿を見せているのです。人を罠にめようとする者ほど、死角からの攻撃に対して無防備……。自分の拠点だからと、ノコノコ入ってきた時点で、もう勝負はついていました」


 ですから、最初に申し上げておきました。

 あなたに気づかれないよう準備して、ここへ誘い込むまで、かなり苦労しましたと。


 そう締めくくったカレナの言葉は、レティシエーヌの耳に届いていなかった。

 いや、聞いていても、それを理解することを拒んだのか……。



「お父様、お母様……」


 へたり込んだレティシエーヌは無意識につぶやいたが、その両親はとうの昔に亡くなっている。

 数百年前に彼女が殺したことも、覚えていないのだろう。



「もうお休みなさい、レティシエーヌ……。あなたはきっと、魔術師に向いていなかったのです。眷属ではなく私自身が送ってあげることが、せめてもの慈悲と知りなさい」


 カレナは、それまでの厳しい顔から悲しげに。

 言い終わった彼女は、断罪にして、レティシエーヌにとって救いにもなる御手を振り下ろす。



「永遠なんて、ろくなものではありません……」


 そう言い残したカレナは、相談室を後にした。




 いつまでも相談室から退出しない繁森しげもり仁子さとこの様子を見るために、見回りの警備班が立ち寄る。


 彼女たちは、相談室のベッドで眠るように亡くなっている仁子を発見した。


 すぐに救急へ搬送したが、医師による死亡確認。

 部屋に何の異常もないことから、ただの心不全と判断された。

 生徒思いのカウンセラーの死去に、多くの関係者が嘆く。


 後任のカウンセラーが到着することで、その悲しみは少しずつ薄れていった。



 ◇ ◇ ◇



「犯人は、繁森しげもり仁子さとこだった。3年主席の脇宮わきみや杏奈あんなたちは、奴に操られていただけ。仁子が残した魔術関連の品は全て、私が引き取るぞ?」


 結論を述べる声が、校長室に響いた。


「はい。むしろ、残されるほうが困ります……。ご苦労様でした。正式に対応できないことは、何卒ご容赦ください」


 珍しく丁寧に応じる校長だが、その相手は上官や政治家ではない。

 背が低く、まだ中等部ぐらいの女子だ。



「構わん。こちらにとっても、逃すわけにはいかなかった相手じゃ……。だが、今回の貸しは大きいぞ?」



 尊大な口調で返事をしたカレナは、校長のりょう愛澄あすみが了承したことで、外に出るための扉へ向かった。


 だが、その途中で振り返り、問いかける。


月乃つきのの件は、本当に任せて良いのだな?」


「ええ! 元々、こちらの領分ですから……」


 愛澄の返事を聞いたカレナは、再び出口へ向かう。

 扉を開ける前にもう一度だけ振り返って、青い瞳で彼女を見ながら、念を押す。


「……愛澄」


「はい?」


 役員机の椅子に座ったままの愛澄が応じるも、カレナは能面のような顔だ。

 続きを述べる。


「今回の事件では、そなたらを命懸けで救った。命と尊厳の意味でだ……。お主は私たちに、『ここまでやれ』とは言っていない。したがって、お主たちに全部を差し出せと言うのは傲慢ごうまんだ……。けれど、私としては、感謝の言葉1つで済ませる気もないのじゃ!」


 両開きの扉に向き直り、愛澄に背中を見せたまま、カレナは一言だけ付け加える。



「……私を失望させるなよ?」

 ガチャッ



 バタン


 校長室の扉が閉められた。


 その部屋のあるじの愛澄は、机の下からハンドガン型のバレを握っている右手を出した。


 安全装置をかけた後に、ゴトリと、役員机の上に置く。

 彼女にしては珍しく、まだ動く左手で銃のグリップから離れない右手の指を1本ずつがしていく。


 愛澄の顔を伝った汗が、ポタリと落ちる。


「い、生きた心地がしませんね? 何なんでしょう、彼女は……。下手に室矢むろや君にちょっかいを出さなくて、大正解でした。さて、室矢さんへ借りを返す前に、しっかりゴミ掃除をしておかないと! ここで『取引する価値がない』と判断されたら、室矢さんに何をされるやら……」


 気を取り直した愛澄は、引き出しから書類を出した。

 それを見ながら、机上の内線電話で1年主席の時翼ときつばさ月乃つきのを呼んだ。


 相手の強さを理解するためには、その人間にも一定の器量が求められる。

 その点で、愛澄は賢い人間と言えるだろう。



 愛澄が危惧した通り、貸しを滞納した場合、カレナは強制的に取り立てるつもりだ。


 本来なら、召喚儀式に巻き込まれ、全校生徒と教職員が犠牲になる話。

 それを救ったとなれば、後の人生を管理されても全部を奪われても、文句は言えない。


 カレナが最後に言いたかったのは、お前たちの値段に見合った貢献をしろということだ。

 しかしながら、これによって、魔法師マギクスは人としてあり続ける未来を得た。


 愛澄とて、伊達や酔狂でマギクスの本拠地の1つを任されているわけではない。

 ここからは、なぜ彼女が真牙しんが流の幹部であるのか? を証明する時間だ。

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