第107話 遅れてきた彼女たちによるジョストー③

 決戦の場となった、ベルス女学校の相談室。

 美女に成長したカレナは、繁森しげもり仁子さとこと向き合ったまま、これまでを振り返る。



 全てを救うとなれば、それはけだ。

 相手は万全の備えをしているうえ、多少なりとも魔術を理解しているのだから……。


 カレナはこの状況で自らの権能を使わず、ギリギリまで手の内を隠して、1回のチャンスに全てを賭けた。

 そのチップは、カレナが愛してやまない室矢むろや重遠しげとおの命と自分の信用。


 仮に事件を解決できても、重遠たちに嫌われるか、憎まれる恐れがある所業だ。


 事前に彼女の行動パターンを調べているほど、これは読めない。

 読みようがない。

 因果関係によって未来予知ができるカレナですら、勝率は良くて五分五分ごぶごぶと見ていた。


 ただ見ていることしか許されず、自分にすがりつく重遠を突き放した時には身を切られる思い。

 でも、賭けに勝ったのだ。


 勝ったのであれば、出したチップを取り戻し、さらに大きな配当をもらう権利がある。



 カレナは渋る校長と話し合いながら、中等部の女子として潜伏。


 校長が交流会5日目の朝に会っていた、もう1人の訪問者は、カレナ。  

 この時点で、校長は彼女の要求を認めて、必要な措置を許した。


 情報漏洩を恐れたカレナは、誰をどう始末するのか? という肝心な部分を黙ったまま。


 白紙の殺人許可証にサインをしろと、迫ったのだ。

 校長が最後まで躊躇ちゅうちょしたのも、無理はない。


 ―――断腸の思いですが、今はあなたに任せるしかありません



 カレナは、ぽつりとつぶやく。


「本当に、苦労しました。あなたの狙いが私であることを含めて……。今回の召喚儀式は、私が出張ることで最終的に潰される予定だったのでしょう? 私がどのような性格やスキルなのか、それを観察して、あわよくば捕獲。もしくは、収集した情報でゆっくりと作戦を練って、私を入手するために動き出す。加えて、召喚儀式の後は、すぐ操れる神経衰弱になった女子が大勢……。おおかた、重遠をストレートに狙うか、私への対策を施した魔術的な仕掛けで第二ラウンドといったところですか」


 いったん言葉を切ったカレナは、再びしゃべる。


「今回の召喚儀式は、いつでも中止できた。あるいは、『この世界が滅んでも構わない』と考えていた。とはいえ、大事だいじを取って、あなたが外に避難していたのは、やり過ぎでしたね? 万が一を考えての、慎重な判断だったのでしょうけど」


 そこで、女魔術師は口を挟む。


「確かに、室矢むろや重遠しげとおの式神、カレナ・デュ・ウィットブレッドと似ているわね。のじゃ口調ではなく、外見も少し違うけど……。なら、話が早いわ。あんな男ではなく私につきなさい、カレナ! それだけの力を持っているのなら、あなたはもっと高みに登れる! 大した力がないあるじに仕えても、先はないわよ?」



 女魔術師からの勧誘を聞き流したカレナは、考える。


 重遠は、本当に頑張ってくれた。

 あれだけ不利な状況で、私を責めず、最後の最後まで……。


 そのおかげで、この女魔術師に気づかれず、全ての準備を完了できた。

 あとは、どのように幕を下ろすのかだけ。



 大人の姿であるカレナは、女魔術師を糾弾きゅうだんする。


「3年主席の脇宮わきみや杏奈あんなさん。彼女の扱いを見れば、私があなたについた場合の未来もお察しです」


「あんな使い捨ての駒、どうでもいい! ここへ入る前の、幼少の頃の思い出をいつまでも引きずって……。私たち魔術師は選ばれし存在よ! あなたも、少しは自覚を持ちなさい」


 上から目線の説教だが、カレナは相手にしない。



 夢で杏奈の正気度を削り取っておいて、よくも言う。


 精神的に無防備になる夢の世界で相手を操る、暗示をかけていく手法は、難易度が低いわりに効果的だ。

 この女魔術師も、魔術書を媒介ばいかいにして、杏奈が自分の操り人形になるまで追い詰めた。


 魔術書は、そこに有るだけで効果を及ぼす。

 読まなければ大丈夫というわけではない。



 こいつは主導権を握って、他人を自分の思い通りに操るタイプ。

 まともに相手をすれば、こちらが不利になるだけ。


 それに、私に執着する、本当の理由は――


のですよね? ああ、『精神交換をする』という意味ですが……。咲良さくらマルグリットさんがダメになったから、次のターゲットは私と時翼ときつばさ月乃つきのさんでしょうか? 私はそう簡単に操れなさそうで、なおかつ永久不変の美しい身体のため、自分の物に。単純な月乃さんは動かしやすいから、先ほど述べていた翡伴鎖ひばんさ中将への貢ぎ物にするのでしょう」


 カレナの愉快そうな声に、女魔術師は返事をせず、黙ったまま。

 なぜなら、図星だったからだ。



 女魔術師は色々な女を乗り移るうちに、完璧を求めるようになった。

 より美しくなりたい願望は女のさがであるものの、その度に乗り替わっていてはキリがないのだが……。


 庶民が自分の名前も書けなかった頃に、まだ貴族の令嬢として扱われていた頃の女魔術師。


 彼女が夜会に行けば、誰もが見惚れて、下にも置かない待遇をされる。

 まさに、傾国の美少女だった。


 欧州の公爵家に生まれて、食卓のカトラリー以上の重い物を手に取らない、誰もがうらやむ境遇。

 しかし、いずれ老いさらばえていく現実を恐れるあまり、やがて禁忌に手を出したのだ。

 自分の若さをいつまでも閉じ込めておきたいと……。



「外見と居所が広く知られている魔術師は、かなり珍しいです。なぜなら、普通は知られた時点で、他の勢力に襲撃されますから……。『ブリテン諸島の黒真珠』と呼ばれ、ウィットブレッド家に引き籠もっていた私は、例外中の例外です。その私が、魔術的に完璧な防護をされている、地元の巣穴から出た……。室矢重遠の式神になったことも、洋館の解決により、広く周知されたでしょう」


 カレナの声だけが、相談室に響く。



「あなたは……」


 女魔術師が初めて、感情を込めた声を出した。


「あなたは、私なの……」


 カレナは静かに、女魔術師の告白を聞く。



「それは私の身体よ。返しなさい! 私は、ティアルヴィエ公爵令嬢のレティシエーヌよ!! お前のような下賤の者がこの私の身体を乗っ取るなんて、許さない! 今なら、罪に問わないわ! すぐに従いなさい!!」



 それに応じることなく、カレナはベッドから立ち上がった。

 レティシエーヌのほうを向く。


「では1つ、ゲームをしましょう……。私はこれから、あなたが攻撃する度に一歩ずつ、そちらへ向かって歩きます。辿り着く前に動けなくなったら、私の負け。逆に、あなたのところに到達したら、私の勝ちです……。あなたが勝てば、お望み通りにこの身体を差し上げます」


 カレナはレティシエーヌの返事を聞かずに、右足から踏み出す。



「私の身体をあまり傷つけたくなかったけど……。そこまで言うのなら、ゲームに付き合ってあげるわ」


 ニヤリと笑ったレティシエーヌが言い終わるのと同時に、カレナの右腕がほぼ根元から切り飛ばされた。


 その右腕は断面の中央に腕の骨を見せながら、ボトリと落ちる。

 すかさず処置をしたのか、不思議と血は噴き出さない。

 

 思わず左のてのひらで丸い切断面を押さえたカレナは、床に落ちた自分の右腕を見る。


「今の止血は、あなたを殺さないため……。降参なさい、カレナ。その身体は、あなたには過ぎたもの……。あるべき物が本来の持ち主のところへ戻るのは、当然の成り行きよ! この相談室は、私がいつも待機している場所。よりにもよって厳重な本拠地では、あなたに万に一つも勝ち目はないわ!」


 冷徹に言うレティシエーヌだが、次の瞬間に目を見張る。

 なぜなら、カレナが喪失したはずの右腕をグルグルと動かしていたからだ。

 腕だけではなく、制服のそでまである。


「これで、まず1回」


 そうつぶやいたカレナは、まるで双六すごろくをやっているような感覚で、また一歩だけ進む。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る