第69話 考えてみたらカウンセラーは誰に相談するのか?

 ――― 【2日目 夜】 ゲストハウス 個室


「それで、重遠しげとお。今日は、どこを調べるの?」


 咲良さくらマルグリットが真剣な顔で、尋ねてきた。


 俺は、せっかくのセキュリティ権限を活かすために、決断する。


「襲われたカウンセラーの部屋だ! できれば、生徒の相談を聞いていたところを調べたい」


 校長から聞いた、生徒に襲われたカウンセラーが気になる。

 おそらく、友人には言えない悩みも、そこで調査可能だ。


 本人がいれば、直接聞いても良かったのだが……。



 マルグリットは腕を組んだまま、難しい顔をしている。


「……分かったわ。リスクを取らないと、真実が分からないものね」


 うなずいたマルグリットは、行くなら早くしましょう! と急かした。



 今回は、夫婦が夜の散策をしているシナリオなので、俺は丸腰のまま。

 マルグリットにはハンドガン型のバレがあるから、襲撃に対応できる。


 ……彼女が、この事件の犯人でなければ、だがな。



 ――― 【2日目 夜】 リラクゼーション エリア


 警備の魔法師マギクスたちに羨望の眼差しで見られながらも、咲良マルグリットのおかげで怪しまれずに、夜の散歩を楽しめた。


 これから野外で云々うんぬん、と聞こえたのは、ひとまず無視しよう……。



 初日の深夜とは違い、マルグリットと腕を組んだまま、堂々と舗装された道を歩いた。


「重遠。ここが、例のカウンセラーが常駐していた相談室よ」


 マルグリットが小声で、俺にささやいた。


「ずいぶんと、リラックスできそうな環境だな……」


 俺が周囲を見ると、目に優しい緑が飛び込んできた。

 庭師がいるのか、綺麗に刈り込まれていて、テーマパークを思わせる。


 近くの案内板を見たら、アニマルセラピー的に小動物もいるようだ。


「生徒のメンタルケアを目的としたエリアだから、当然ね! それで、カウンセラーが訪れた生徒の悩みを聞くの……。その性質上、他の生徒に出入りを見られにくい設計よ」


「ということは、主要な生徒のカルテもあるのか?」


 マルグリットは、たぶんね、と返した。



 灯りがいている通用口に辿り着き、ドアの横にある読み取り装置にマスターキーをかざす。


 ドアは、バシュッと音を立てて、開いた。

 閉まる前に、急いで通り抜ける。


 バシュッ


 後ろで、ドアが閉まった。


 一緒についてくる手口を防ぐためか、ほとんど猶予がない。



 通路は2人が横になれるぐらいの横幅で、広々とした正面玄関とは正反対。

 足元灯が同じ間隔で並び、俺たちの足元をぼんやりと照らしている。


 入口の横にあった施設のマップを見て、目的の相談室を目指す。


 生徒用の出入口は、娯楽室を兼ねた仮眠室にある。

 狭いながらも完全防音の個室で、そこから別の通路に出ることが可能だ。

 出入りする瞬間を見られないように、との配慮か?


 1回のカウンセリングとしても、仮眠ぐらいの時間があれば、十分だろう。



 ――― 【2日目 夜】 リラクゼーション エリア 相談室


 俺たちは管理者の権限を持っているので、カウンセラー用の出入口から相談室に入った。


 同じく、マスターキーで解錠する。


 その瞬間に、室内の電気が点く。

 オレンジ色の灯りは、室内の隅々まで広がった。


 相談室の中は、学校の保健室のような雰囲気だった。

 事務机と椅子が壁沿いにあって、書類を入れるキャビネットやファイルが並ぶガラス戸棚も見える。


 カウンセリングを行うスペースには、応接用のソファ。

 集団に対応する場合もあるようで、1人用の椅子が多い。


 緊張を和らげるためか、アロマの香りも漂っている。



「どうする?」


 マルグリットに囁かれたので、俺は指示を出す。


「生徒のカルテを探してくれ! 対象は……各学年の主席だ。それから、カウンセラーの業務日報や日記も」


 うなずいたマルグリットは、最初に事務机の引き出しから手をつけた。

 言うまでもなく、俺と彼女は薄いゴム手袋で、指紋を残さないように備えている。


 施錠できる戸棚や引き出しもあったが、すんなりと開く。

 ここのセキュリティを信用しているから、自分の不在時にわざわざ施錠する必要はないと判断したわけだな。


 オフィス家具の小さな鍵はキーホルダーに束ねて、どこかの引き出しの奥に仕舞っているのだろう。


 キャビネットの取っ手を握り、手前に引いた。


 ガーッという、レールに沿って動く音が小さく響き、大型のリングファイルの背表紙が姿を現す。

 適当に抜き出し、パラパラとめくる。


 ふむふむ。


 1年主席の時翼ときつばさ月乃つきのの悩み。


 “胸が重くて、肩が凝る”

 “上が大きく伸びてしまうことで、着られる服が限られて辛い”


 ……南乃みなみの詩央里しおりには、無縁の悩みだな。


『お主、いちいち詩央里を弄らなければ、気が済まんのか?』


 俺のイマジナリーフレンドと化している室矢むろやカレナから、脳内通信で冷静な突っ込みが入った。


 ちなみに、Aカップは約70gの2倍で、みかん2個の重さ。

 それに対して、Fカップは約800gの2倍だから、小さなメロン2個になる。


 Gカップまでいくと、1リットルのペットボトル2本の重量。

 なんと、合計2,000g以上!


 日本刀は約1kg、ハンドガンは軽いほうで700gだ。

 アサルトライフルが数kgだから、巨乳の女は胸の前でそれを吊り下げているのと同じだな……。


「メグ……」

「どうしたの、重遠?」


 俺は優しい声音で、こう言う。


「今日、帰ったら、お前の肩を揉むよ」

「う、うん……。あ、ありがとう?」


 いきなり優しくされたマルグリットは、なぜ胸ではなく肩? という、疑問に満ちた顔になっていた。


 

 ――10分後


「各学年の主席に、問題行動はなし! 恋の悩み、周囲との距離感の悩み、将来への不安……。3人とも、けっこう頻繁ひんぱんに訪れているな?」


 俺がカルテを見ながらつぶやくと、マルグリットが返す。


「学年の主席は、他の生徒に弱みを見せられない……。そのせいで、どうしてもカウンセラーに依存しがちなの! 女子は他人の弱みを握りたがるから、余計にね? もちろん、カウンセラーの人格診断や素行調査は、かなり徹底している。私も数回のカウンセリングを受けたけど、信用できる人だったわ」


 分かった、と返事をした俺は、次にパソコンを立ち上げようとした。


 ピポッ ウィーン カリカリカリ



 “パスワードを入力してください”



 IDとパスワードを入力する画面が、モニターに表示された。

 一定回数の間違いを確認したら、自動的にデータが完全消去されるタイプだ。


 俺は脳内通信でこっそりと、アドバイザーの室矢カレナに催促する。


『では、次のように入力しろ』


 カタカタカタ タンッ


 多くのアイコンが並ぶ、デスクトップ画面に変わった。


「……今、どうやってハッキングしたの? んうっ! ちょっと、今は止めてよ!」


 左手でマルグリットの胸を握って、揉みほぐすようにマッサージ。


 意表を突かれた彼女は、思わずつやっぽい声を上げつつ、抗議してきた。

 でかい弱点だ。



 胸の揉み方は、相手が痛くないように5本の指の腹で優しく扱うのがポイントだ。

 壊れ物と同じで、力いっぱい握りしめるのはNG。


 以前に詩央里の胸を乱暴に揉んだら、わりとガチで怒って、突き飛ばされた。


『突き飛ばされたのか……』


 カレナが、呆れたように呟いた。


 うむ!

 その時は、ベッドの上で正座をさせられて、そのまま説教だった。


 詩央里は、どうせエロ動画を参考にしたのでしょうけど、あんな揉み方をされたら痛いので止めてくださいと、真顔で言っていたな。


『ちゃんと言ってくれるだけ、マシだ……。これが我慢をするタイプだったら、性の不一致ですぐ別れていたのじゃ。酷いケースだと、女は痛くて泣いているのに、男は相手が感じていると誤認する』


 話し合いって、大事だね。

 ところで、俺は、何しに来ていたんだっけ?


『今回の召喚儀式における、容疑者の情報の入手じゃ……。いい加減にしておけよ、重遠?』



 俺を必ず殺す系のりょう有亜ありあが用意してくれたUSBメモリに、怪しそうなファイルを片っ端から入れた。


 兄妹で仲良くたわむれている間にも、機械は一生懸命に作業中。

 

 “ダウンロード中 5%”


「メグ、痕跡を消せ! これが終わったら、すぐに撤収する」


 俺の真剣な声に、マルグリットが頷いた。


 開きっぱなしのキャビネットや引き出しを元に戻す。



『警備中のマギクスが、こちらに向かっている! 到着まで5分』


 カレナの忠告に、デスクトップ画面の表示を見る。


 “ダウンロード中 70%”

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る