第70話 野外プレイの難点は虫刺されと見られやすいこと

 ――― 【2日目 夜】 リラクゼーション エリア 相談室


 バシュッ


 扉がスライドして開く音と共に、ハンドガンやサブマシンガンのバレを構えた魔法師マギクスたちが整然と入ってくる。

 それぞれに分担して行うクリアリングの後、リーダーらしき少女の指示で、異常の有無をチェック。


 しかし、そこには誰もおらず、何の痕跡もなかった。

 試しにパソコンを立ち上げてみるも、パスワードの入力画面が映し出されるのみ。


 リーダーは、周辺の捜索に入る。

 自分たちの庭だからと油断せず、市街戦の要領でフォーメーションを組む。


 どこからか、あんっ! というなまめかしい声が響く。

 リーダーは部下へのハンドサインで意思疎通を行い、その声の方向に、木などで遮蔽しゃへいを取りながら接近する。


 ポイントマンの少女が木の陰から覗くと、そこには近くの木に両手を突いている女とその後ろに立っている男がいた。

 パンパンという肉がぶつかる音が響き、少女は、おおっ! と内心で叫び、思わずつばを呑んだ。

 そのまま、じーっと見ていたら……。


麗奈れな! 気づかれないうちに、引き上げますよ? 先ほどの件は誤報の可能性があるので、情報システム部に丸投げします」


 気配を殺したまま、近くにやってきたリーダーに小声で言われ、少女はしぶしぶ立ち去る。




「そこで止まってください! 検査に、ご協力をお願いします!」


 ワインレッド色のジャケットを着たマギクスの1人が、俺たちを呼び止めた。

 スリングのおかげで、両手を離しても、銃は体に固定されたまま。

 銃の両端に2点ついていて、さらに兵士の肩にスリングの輪をかけているから、合計3点だ。


 こちらに銃口は向いていないものの、両手でトリガーがあるグリップとフォアエンドを握り、即座に構えられる体勢。


 3点スリングは、ワンタッチで外れるファステックスを押すことで、瞬時にのびのびとライフルを構えられる。

 事前に緩めておけば、そのままでも射撃可能。


 日本の陸上防衛軍の正式採用だが、別に数が多いから有利というわけではない。

 たとえば、実戦経験が多いUSFAユーエスエフエーの特殊部隊は、フレキシブルな2点式のスリングを愛用している。

 


 俺が両手を上げると、1人がアサルトライフル型のバレを両手で持ち、もう1人が手早くボディーラインをぽんぽん叩いていく。

 紫苑しおん学園の制服にあるポケットもまさぐられ、隠し持っていないのか調べる。


 横を見たら、咲良さくらマルグリットも同じように、ボディーチェックをされていた。



「これは?」


 俺とマルグリットが持っていた、無印のカードキーと小型の装置について、尋問された。


「夜間の散歩用に、私が持っていた備品よ! いちいちセンサーに引っかかっていたら、興ざめだもの。権限は、一般生徒レベルのはずだけど……」


 マルグリットの説明を聞いたリーダーは、視線で他のマギクスに指示を出した。

 カードキーと小型の装置をハンディタイプの機器に接続した少女は、無言でうなずく。


「失礼しました! ご協力に感謝します!! ……それは返却しなさい」


 リーダーの言葉で、カードキーと小型の装置が戻ってきた。


 お気をつけて、と見送られ、俺たちはゲストハウスに戻る。



 ――― 【2日目 深夜】 ゲストハウス 個室


「はあっ……。どうやら、有亜ありあが対応してくれたようね……」


 個室と外をつなぐ扉を閉めた瞬間、咲良マルグリットが扉にもたれかかって、つぶやいた。

 どうやら、さっきの発言はアドリブだったらしい。


「それにしても、叩かれた太ももが痛いのだけど?」


 責めるような口調のマルグリットに、悪かったと謝罪。


 俺はトイレに入り、歯に引っかけていたひもを引っ張る。


 ズルルと音を立てて、中に入れておいた小さな袋が出てきた。

 軽く洗った後に袋を破き、USBメモリを手に取る。



 USBメモリを、小型ノートパソコンのポートに差し込んだ。

 このベルス女学校のセキュリティ担当のりょう有亜ありあが用意してくれた代物で、スタンドアローンの稼働だ。


「メグ、お前はどうだった?」


 マルグリットはえりを緩めて、胸の谷間から超小型のデジタルカメラを取り出した。

 どうやら、見つけた紙の書類をどんどん撮影したようだ。

 さっきの身体検査では、胸にぶっかけられたけど見ておく? と自分から言って、乗り切ったそうな……。


 状況にもよるが、こういう誤魔化しは有効だ。

 すでにやらかした俺のほうが、厳しく警戒されていた話でもあるが……。


 やっぱり、詩央里しおりには――

『だから、そのネタはもういいのじゃ……』


 俺の空想上の義妹である室矢むろやカレナに止められたので、この辺にしておこう。



 ピポッ


 昔のパソコンを思わせる電子音と共に、コピーしてきたファイルの一覧が表示された。

 同じく、マルグリットの成果である画像データも、移しておく。


 どうやら、バーチャルで先ほどの環境を再現しているようだ。

 有亜はさすがにプロだけあって、抜け目がない。

 これで、さっきの端末とほぼ同じ感覚で扱える。




 今日の夜は、初日に比べて余裕がある。

 ここで、いったん状況を整理するべきだろう。


「メグ。悪いが、紅茶を淹れてくれないか? その後に、これからの捜査について話し合おう」


 了承した咲良マルグリットが、ミニキッチンでお湯を沸かし始めた。


 俺はノートパソコンの画面に向かったまま、検索をかける。


 “落書き”


 シュイ―――ン


 “該当:200件”


「……多いな」


 適当にカルテを漁ってみるも、教職員や生徒の愚痴ばかり。

 カウンセリングのため、相手に話をさせるのは当たり前だが……。



 戻ってきたマルグリットは、両手にそれぞれマグカップを持っていた。

 事務机の上に、2つの湯気が立っている。


 マルグリットが、ノートパソコンの画面を見ながら、俺に問いかける。


「落書きをしている犯人を見つけるんだっけ? えーと、それを示唆しさしている人間を含めて」


「そうだ……。とにかく、主導している人間を見つけたい」


 マルグリットは俺の隣に運んできた椅子に座って、考え込んだ。

 やがて、自分の考えを確かめながら、言葉を紡いでいく。


「なら……。やっぱり、各学年の主席と話すべきよ……。だって、この狭い敷地では彼女たちが女王で、その意向に逆らうなんてあり得ないもの」


 それは、つまり――


「メグは、『学年主席の誰かが犯人だ!』と言いたいのか?」


 躊躇ためらいつつも、マルグリットは首を縦に振って、説明する。


「少なくとも、何らかの事情を知っているはず……。疑わしい行動をしている生徒や教職員の情報は、全て各学年の主席のところに集まるから」


 すでに、2日間が経過した。

 残り5日間。


 明日の朝から2年、3年のエリアを順番に回るとしても、ここはアウェーで相手は先輩だ。

 加えて、図書館などの各施設にも、足を運ばなければならない。


 そうだな……。


 ここからは、各学年の主席と話して、彼女たちの反応を見ていこう!

 さっきの調査でも、彼女たちの性格や癖を知りたかったわけだし。

 上手く交渉して情報を引き出す方針が、容疑者として揺さぶりをかけることに変わるだけ。


 3人ともグルでした、なんて事態だけは、勘弁してもらいたい。



 カウンセラーの部屋で入手した情報は、ほぼカルテのみ。

 それも、途中でUSBメモリを引っこ抜いたから、全てのデータはない。

 どっちみち、全ての生徒のカルテなんて、見ているだけで1週間が過ぎてしまうけど……。


「カウンセラーの書類で、気になるところは?」


 俺が問いかけたら、マルグリットは目をつむった。


「あったのは、物品購入の稟議書りんぎしょとか、事務的な書類だけ……。もっと時間があれば、カウンセラーの日記帳ぐらい見つけられたかもしれないけど」


 警備のマギクスたちが相談室に入ってきた以上、再び出向くのは危険だ。

 他の部門からの要請を受けたら、有亜も対応せざるを得なくなる。

 センサーに引っかかるか、見張っている人間に発見されるだけ。


 さっきの部屋に行くことは、よほどの理由がない限り、止めておくべきだ。



「メグ。校内の落書きの傾向は、分かるか?」


「各教室、廊下、ロッカー、更衣室、大浴場と、まさに至るところにあったわ……。大部分は、もう消されているわよ? 交流会の前に、全校生徒と教職員で念入りに処理したから」


 そこら辺、どうよ? カレナ?


 俺が脳内通信で義妹に問いかけると、室矢カレナの声が聞こえた。


『消すまでに、かなりの数の生徒や教職員が目にしただろう。ならば、その記憶によってバッテリー扱いにされた、と考えるべきだ。さしずめ、星空をたゆたう存在の信者の賛美歌じゃ』


 累積かよ?


 召喚儀式のパワーは、この敷地にいる教職員や生徒たちか。

 最悪だ。


『なかなか、上手く考えたものだが……。前に言うた通り、この儀式の実行者が必要だ! 仕掛けた奴が分かりにくい以上、お主が身を挺して炙り出すしかないのじゃ』


 ……各学年の主席が怪しいとする仮説に対して、お前の意見は?


『良い考えじゃ! 無関係なら協力してもらえるし、そうでなくても、彼女と周囲の反応を誘える。むろん、実行犯であれば、お主を放置しない。……初日の昼と深夜に襲撃されているわけだし』


 OK!

 悪くない考えであれば、後はやってみるだけ。




 カレナと脳内通信をしている間、マルグリットは邪魔しなかった。

 まだまだ先は長いので、今日は早めに寝る。

 文句を言う彼女をなだめつつ、交替で風呂を済ませて、一緒にベッドに入った。


「考えてみれば、こうして誰かと一緒に寝るのは久しぶりだわ……。もちろん、男とではなく、健全な意味よ?」


 横にいるマルグリットが、いつになくセンチメンタルな雰囲気で呟いた。


「そういえば、メグの家族って……」


 俺が思わず尋ねると、マルグリットは悲しそうになった。

 小声で、短く告げる。


「私の両親は…………。もう、いないわ」



 私が……。



 殺してしまったから…………。



 最後の言葉は、抱き合って寝ている俺ですら、よく聞き取れなかった。

 かすれた声で、とても信じられない告白をした後、マルグリットは俺に背中を向ける。


「…………おやすみ」


 おやすみ、と返したものの、マルグリットに触れる雰囲気ではない。

 俺に背中を預けている彼女が、まるで海を隔てた外国にいるかのように遠く感じた。

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