第63話 俺はそれでも彼女を利用するしかないのか(後編)

 ――― 【1日目 深夜】 学生寮 マルグリットの部屋


「この騒ぎはひょっとして、重遠しげとおの仕業? 寮の全ての部屋を臨検するのは、よっぽどのことよ!?」


 咲良さくらマルグリットに尋ねられ、俺は返事に困った。

 彼女とはベッドに並んで腰かけていて、何とも言えない雰囲気だ。


 その時、義妹の室矢むろやカレナから、脳内通信が入る。


『いっそ全て話すことで、協力者にしたほうが良いじゃろ! マルグリットはお世話係だから、この1週間は嫌でも一緒だ……。それに、ここで嘘を言うか、誤魔化せば、彼女はもう二度と信用しないぞ? 決断しろ、重遠』



 悩んだ俺は、カレナのことを除き、全て話した。



「ふーん……。あなたは、実は千陣せんじん流の宗家の御曹司で、校長先生から依頼を受けたと……。確かに、最近は妙な雰囲気だなと、思っていたけど……。それで、『結婚したくない』という、ふざけた条件を出しながら、わざわざ交流会に参加したのね?」


 マルグリットは意外にもすんなりと、俺の話を受け入れた。


 長い金髪を指で弄りながら、問いかけてくる。


「事情は分かったわ。今夜は、あなたをかくまう。で、重遠は私にどうして欲しいの?」


「可能な限り、発生している異常の原因を突き止める。交流会のイベントに、きちんと参加しながら……。メグの力を貸してくれ! 俺1人では、校内を調べることすら難しい」


 いったん俺から視線を外したマルグリットは、ベッドに腰かけたまま、両足をプラプラと動かした。

 指でシーツを触りつつも、何かを考えているようだ。


 やがて、考えがまとまったらしく、再び俺のほうを見た。


「この1週間は、私にくれるの? 朝も昼も夜も」


「すまないが、任務中のため、夜にゆっくりと楽しんで、翌日の昼前に起きるわけにはいかない。それで良ければ……」


 マルグリットは真剣な顔で、俺を見た。


「なら、私も1つ条件があるわ!」


 俺が先をうながすと、マルグリットは意を決したように、口を開く。


「私をあなたの妻にして! もちろん、この1週間の話よ? せめて、その間だけでも夢を見たい。お願いだから……。私ね、やってみたい事がたくさんあるの! あなたに服を選んでもらって、一緒に話題のお店で食事をして。それから、それから」


「メグ。それは、任務が終わってからで――」

「あれもダメ! これもダメ! じゃあ、私はいったい何なの!? あなたはいいわよ。自宅に帰れば、愛する婚約者が待っているんでしょ! でも、私には……」


 俺は黙ったまま、マルグリットの手の甲に自分のてのひらを重ねた。


 激情に駆られていた彼女は、不満そうに口を閉じる。



 1週間は、あまりに短すぎる。

 この事件を解決できたとしても、すでに最終日だろう。


 カレナに、時間切れで、このベルス女学校を敷地ごと消し飛ばす。と言われていなければ……。


 マルグリットは、いつも俺の近くにいる。

 彼女だけなら、最悪の事態になっても、助けられる可能性が高い。

 しかし、彼女には、苦楽を共にした友人たちがいる。


 自分の願いを優先したせいで、助けられたかもしれない彼らを死なせたと知れば、間違いなく発狂するか、自殺するだろう。

 それでなくても、たった1人の生存者として、ベルス女学校を消した犯人扱いになる……。

 

 カレナを召喚することは、緊急時を除き、本人に禁止されている。

 仮にここに召喚して、彼女の口から事情を話したところで、結局は信用されないだろう。

 俺ですら、言ったのがカレナでなければ、笑い飛ばしているところだ。



「メグ……。交流会が終わってからでも良ければ、また会おう! 高等部を卒業すれば、外に出られるんだろ? 夏休みにも会えるだろうし……。それこそ、あの年齢詐称の校長に約束してもいいぞ?」


 俺の提案に、マルグリットは寂しそうに微笑んだ。


「その頃には、あなたのことなんて、ぜんぜん覚えていないわ。私、とても忘れっぽいから……。だから、『後で』と言うのはやめて」


 どうにか妥協点を探ろうとした俺は、思わず呟く。


「最終日……」

「え?」


 マルグリットは理解できず、不思議そうな顔をした。


 誰にとっても良い結果を導くには、これしかない!


 そう思った俺は、マルグリットを見た。


「最終日の7日目、メグを抱くよ! それまでに、事件を解決すればいい……」

「それ、ひょっとして6日目の夜か7日目の午前中に、という意味?」


 俺が頷くと、マルグリットは砂糖と塩を間違えた顔になった。


「ここまでくると、もう私にとって意味があるのか分からない……。酷い男ね、本当に……。じゃあ、新婚夫婦として、結婚式の誓いの言葉や指輪交換の真似事ぐらいさせてよ! この敷地内に、施設を含めて一通りあるから! 別に、『友人や恩師を呼べ』とは言わない。2人だけの式で、誓いを立てたいわ」


「すまない。さすがに、そこまでは……」


 断りの台詞を言ったら、マルグリットはぷいと顔を背けた。



 しばらくして、根負けしたのか、再びこちらを向く。


「はあっ……。一緒に過ごすだけなら、構わないわよね? 夜の特別交流会には、必ず私を呼んでちょうだい。それから、ここで、あなたが私を納得させてくれるかしら、重遠? それが協力する条件よ」


 そう言ったマルグリットは、こちらを向いたまま両目を閉じた。


 俺はマルグリットを引き寄せて、彼女の舌に協力してもらえるように説得した。

 しばらく攻防を繰り広げていたが、お互いに舌を動かすのに疲れたことでノーゲームに。



「初めてのキスは歯磨き粉の味でした、か。もうちょっと、ムードが欲しかったのだけど……。まあ、いいわ……。私は、あなたに協力する……。寝ましょう? さすがに、これ以上は明日に差し障るから」


 マルグリットは、さっきの余韻でぐったりしたまま、呟いた。


 すでに2人ともくっついたまま、ベッドの上に倒れ込んでいる。

 マルグリットに耳元でささやかれて、電気が消され、どちらともなく抱き合って眠りについた。


 フルーツのような甘い香りと、腕から足まで天国のような柔らかさに包まれる。

 暗闇でも金色に輝くマルグリットは、南乃みなみの詩央里しおりと比べて肉感的だが、決して太っているわけではない。

 抱き着き方と動きが、詩央里とは違う女だと教えてくれる。


 近くで見ても端整なマルグリットの寝顔を眺めながら、服越しに擦れ合う感触を意識した。

 部屋とベッドに染み付いた彼女の匂いは、本人には当たり前だろうが、俺にとってはかなり刺激的だ。

 お互いの吐息は至近距離で、呼吸する度に交わされる。



 学生寮にしては造りが万全で、隣接している部屋からの音はほとんど聞こえない。

 考えてみれば、もう深夜なのに、ついさっきまで大声で言い合っていた。

 隣接している部屋の女子が怒り心頭でドアをぶっ叩いてきても、おかしくないのだが……。


 臨検でバタバタしているから、その続きとでも思ったのかな?



 この手の寄宿舎は、学園生活に慣れるために、2人部屋が基本だ。

 1学年上の先輩と一緒にしてルールや生活スタイルを教えるか、苦楽を共にさせるために同期と一緒にする。

 しかし、ここはトイレとバスユニット完備で、一人部屋。


 部屋の中の設備は完全に個室で、洗面所も別にある。

 なんと、埋め込み式の洗濯機まで!


 内装と備え付けの家具類も豪華で、長期滞在ができる高級ホテル並み。

 下手をすれば、幼児からずっと寮生活だから、プライバシーの確保に重点を置いているのだろう。



 俺は、男をダメにする女体を抱き枕にしながら、考える。


 そういえば、まだ初日だったよな?

 正確には、すでに2日目だが……。


 マルグリットにこれだけ我慢をさせて、おまけに彼女を利用するだけ利用している。

 ……早く、事件を解決しないと。


 敵は、いったい誰なんだ?

 何が目的………Zzz

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