第62話 俺はそれでも彼女を利用するしかないのか(前編)

 ――― 【1日目 深夜】 学生寮 マルグリットの部屋


「あのな、メグ……」


 俺が話しかけると、咲良さくらマルグリットは体を揺すらせ、伏し目がちに返してくる。


「うん……。場所は、ここでいいよね? 外に出たら、目立つし……」


 マルグリットが言いかけたら、学生寮の内部も騒がしくなってきた。


 よく通る声で、臨検です! と叫ぶ集団が近づいてくる。

 ドアを開け閉めする音も、それに合わせて続く。




 ドンドンドン


「臨検です! ……弥子みこ、解錠をお願い! 凛鈴りずしずかはカバー!」


 指示を出した少女は、管理者のキーで解錠する前にいきなり飛び出してくる事態や、扉を開けた瞬間に襲われることを警戒。


 キビキビと動く少女たちは、1人が扉の横に張り付く。

 残りの2人が相互にカバーできるよう、ハンドガン型のバレを出入口に向けて構える。

 左右の壁を上手く利用して、室内からの銃撃に晒す部分を最小限に。


 指揮官の少女はドアの正面にうつ伏せで、同じく魔法の発動体であるハンドガンを構えた。

 左右、前方と、バランスの良い配置が完了。


 彼女たちの戦術は、リミテッドエントリー。



 従来の室内への突入は、先頭のポイントマンが勇ましく飛び込んで、すかさず空けたポジションに2人目から順番にカバーしていく。


 防御する側はすぐに最大火力を叩き込める反面、攻撃する側はたった1人の銃口だけ。

 それも、どこに攻撃するべきか、定まっていないのだ。

 ポイントマンにかかる負担は、極めて大きい。


 チームが1つの生き物として動けなければ、お互いに射線を確保できず、あっさりと返り討ちになる。



 今の彼女たちは、相手から攻撃されるリスクがあるものの、3つの銃口による大火力。

 停止した状態で完全な射撃体勢を取っているため、先の先を取れる可能性が高い。

 最悪でも、こちらの火力で相手をなぎ倒せる。


 このリミテッドエントリーの長所は、チームの練度が低くても十分な効果を発揮することだ。


 戸口に留まって、室内をクリアリング。

 その後で、未確認のエリアへ突入して、速やかに制圧する。


 これならば、注意するべき空間は小さく、迷わない。

 もちろん、このエントリー方法も万能とは言えず、ケースバイケースだ。


 室内では近接格闘のCQCシーキューシー(クロース・クォーターズ・コンバット)を含めて、現場の分隊長が臨機応変に判断するしかない。

 個々のメンバーの力量も、戦況に大きく関係する。


 基本原則はあれども、壁に穴が開いている、視界の悪い階段、瓦礫がれきだらけの通路と、イレギュラーの宝庫だ。

 お互いに密着した状態で逃げ場がなく、子供の喧嘩のような体勢で相手を無力化し合うことも……。



 全員が自らに身体強化の魔法をかけた後、指揮官が片手の指でカウントを刻む。


 3、2、1


 ピーッ ジャキッ  ガチャッ


 壁に張り付いた少女がカードキーのスロットに管理者キーを差し込んで、強制解錠。

 間髪入れずに、そのまま扉を全開にする。


 ドアの正面で伏せ撃ちの姿勢をしていた指揮官は、ドアの向こうに敵がいないことを確認。

 室内は明るく、奥にある窓を隠しているカーテンまでよく見えた。

 しかし、彼女はハンドガンの銃口を外さず、片手のハンドサインで “突入” を指示。


 1人ずつ、行列のように入っていく。

 先頭が正面にハンドガンを構え、2人目は右側のユニットバスなどを警戒。


 指揮官は、室内に銃口を向けたまま、立ち上がる。

 壁に張り付いていた少女も、ハンドガン型のバレを抜いて、カバーに入った。

 誤射を避けるため、射線上に仲間がいる場合には、銃口を下げるか、上げる。



 先頭の1人目が、部屋の奥まで到達した。

 ハンドガンを構えながら、視線と銃口を常に一致させている。

 探索ではなく、敵を視認した瞬間に制圧する動きだ。


 肩や足が先に出ている場面もあった。

 教官がいたら、彼女の再訓練は間違いない。

 このエントリー方法では、決して敵にこちらの位置を掴ませてはいけないから……。


 1人目の少女は銃口を向けつつ、ベッドの掛け布団や下のスペースを確認。

 天井についても、忘れずに目視チェック。


 ウォークインクローゼットは、なぜか開いていた。

 問題なし。


「ルーム、クリア!」


 次に、2人目が見張っていたバスユニット、トイレを捜索する。


 2人目の少女がハンドガンを下げ、片手でトイレのドアの取っ手を握った。

 アイコンタクトをした後で、一気に全開。


 壁に張り付いていた1人目が身体を傾けながら、同時に銃口を少しずつ向けていく。

 視線と銃口が、トイレをめ回す。

 最後の死角を潰す時だけ、瞬間的に視線と銃口を向けた。


 いきなり飛び込まないのは、敵が銃口を向けた状態でこちらを待ち構えている状況に備えるため。


「トイレ、クリア!」



 2人目の少女は、バスユニットのドアに手をかけた。

 ぐいっと開き、同じく1人目によるカッティングパイが行われる。

 徐々に制圧エリアを広げていき、残った死角にも視線と銃口を向けた。

 

 広い空間のため、2人目の少女も自分がいる位置から素早く室内をチェック。

 もっとも、1人目がどう動くのか不明だから、誤射を避けるためにすぐ銃口を下げた。


 1人目の少女が合図をした後に、2人でほぼ同時にエントリー。

 お互いに背中を預けて、瞬時に最後の死角を潰す。



「えっ……。何? 何か、あったの?」



 せっかくのくつろぎタイムに割り込まれた部屋の住人が、上擦った声を上げた。


「臨検です!」

「臨検! 動かないで!!」


 2人の少女は勢いよく答えながら、湯気ゆげで見えにくいバスユニット内部に改めて目を走らせる。


 天井には、何もいない。

 ドアの影もOK。

 バスタブにはお湯が張られていて、金髪で青い目をした少女が全裸のまま、仰向けで浸かっているだけ。


「バスユニット、クリア! 異常なし!!」


 いきなり乱入した少女たちは、目を丸くしている金髪に謝りつつも、即座に出て行った。


 驚いていた金髪少女は、ざばあっとバスタブから立ち上がり、棚に置いてあるバスタオルで体を拭き取る。

 体に巻き、バスユニットの外へ出た。


 金髪少女は、きょろきょろと見回すが、もう誰もいない。

 ウォークインクローゼットを確かめて、内側からドアを施錠し直す。

 今度は反対側へと歩いていき、窓が閉まっていることを確認した。


 ベッドの上下にこっそり隠れていないことをチェックして、金髪少女はバスユニットへ戻る。




「はい、もういいわよー」


 マルグリットに掴まれた俺は、ざばーっと、お湯から引き揚げられた。


「……まさか、こんな体験をするとは」


 ずぶ濡れのまま愚痴を言うと、マルグリットが悪戯っぽい顔になる。


重遠しげとお、着替えを貸してあげるわ。下着もいる?」

「下着はいらん」


 俺が急いで答えると、マルグリットは笑いながら、室内へ戻っていく。

 短時間だがお湯に沈んでいたので、下着の奥までアウト。


「着替え、ここに置いておくから」

「ありがとう」


 マルグリットが出て行ったのを確認して、防弾ベストから脱いでいく。


 お湯をたっぷりと吸って重くなったことで、ドシャッと音を立てた。

 できる範囲で、手動による脱水。


 裸のままでいるわけにはいかず、棚からバスタオルを取って、体を拭く。

 次に、畳んである上下のスウェットを直に着る。


 浴室に乾燥機能があったので、設備のポールに全て広げてから、ポチッとボタンを押した。

 ブォオオオオンと、温風の音が響く。


 その後、お互いに歯磨きで、寝る準備を済ませた。

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