第53話 籠絡するための心理戦はすでに始まっている(後編)

 ――― 【交流会の前日】 ベルス女学校の送迎バス


 脳内通信をしている室矢むろやカレナが、話を続ける。


たちが悪いのは、この先に待っている女子たちに「男をくわえ込もう」という意思がない点じゃ』


 計算された媚びなら、誰でも、すぐに分かるけれど……。


『少女らしい純真な思いで迫られたら、誰だって悪い気はせんじゃろ? 素直な好意であれば、精神的な防壁を簡単にすり抜けてくる』


 しかも、今時では珍しい、正真正銘の女子校か。

 定期的に交流会をしているにせよ、それだって一から十まで監視された空間だ。


詩央里しおりに調べてもらったが、この学校の生徒は就職組を除いて、だいたい在学中に婚約をしている……。お相手は、大企業の重役の息子など、錚々そうそうたる面子じゃ』


 もはや、VIP専用の結婚相談所だな……。


魔法師マギクスは、専用の発動体、バレが必須じゃ! ゆえに、それを取り上げれば、どれだけ魔力があっても、ただの女になる』


 異能者として扱いやすいうえに、いざとなったら戦力になる。

 加えて、現代日本では極めて珍しい、純粋培養の女か……。


『詩央里も良い女だが、あちらは頭領としての英才教育を受けた口じゃからな……。見た目がお淑やかであるのに、実際はかなり気が強い。外見が似ていても、中身は真逆だ』


 男の立場で言えば、そりゃ従順で可愛いほうが嬉しいさ。


 だが、南乃みなみの詩央里しおり千陣せんじん家、延いては千陣流を仕切っていくことを期待されていたわけだし。


 大勢の命を預かっているのに、必要な決断を下せないようでは、務まらない。


『千陣家の当主の妻になれば、自分だけで判断をする機会が何回もあるだろう。最悪、夫を失い、1人で重荷を背負って立つことにもなるのじゃ』


 幼少期から、詩央里はずっと勉強をしていた。


 部分的とはいえ、南乃家のお役目の一部を引き受け、千陣流の長老たちとも交渉していたんだよなあ……。


 一般人とは、覚悟が違う。

 夫が他の女と関係を持っても、冷静に対処する。


 出発する前の話し合いで、私が判断しますと言ったのも、資格ありと認めたら第二夫人にするって意味だし……。


『これから敵地に乗り込む場面で言いにくいのじゃが、たまには詩央里を労わってやれ』


 そうだな。


 カレナと脳内通信をしていたら、もう寝る時間になった。


 アメニティグッズの歯ブラシを使い、ウェアを着替えた後に、シートを睡眠モードに切り替える。

 


 ――― 【1日目 朝】 ベルス女学校 応接室


「長旅、お疲れ様でした……。当校は、学年別にエリアが分かれております。ご希望の条件に沿う形でお世話係を選びましたが、基本的に変更はできません。何卒ご了承くださいませ……。詳しくは、それぞれのお世話係にご確認いただきますよう、お願い申し上げます」


 バスから降りれば、すぐに応接室へ案内され、役職者らしき女性から説明を受けた。


 すぐに2人の女子が入ってきて、2年と3年の男子は校内見学に連れて行かれる。



 お世話係とは、俺たちが事前に出した希望条件に従って選出された女子だ。


 好みの女がずっと付き添って、案内などの世話を焼くことから、成婚率は極めて高い。

 それだけに、お世話係に選ばれたいと願う女子は多いそうな……。



「室矢さんは、しばらくお待ちください。校長先生が、『会いたい』と申しておりますので……」


 いよいよ、今回の依頼人のご登場か。



 その時、俺の視界に、金色の輝きが飛び込んできた。


 お世話係である、咲良さくらマルグリットだ。


 ぱっつんの前髪を目の上ぐらいでふんわりと巻いていて、そのままエフォートレスポニーテールの髪型。

 しっかり巻いたうえでルーズにまとめる、という矛盾した工程だが、後れ毛、前髪、結ぶ位置を計算し尽くしている。


 とてつもなく……可愛い。


 海軍が着ていそうな濃紺のうこん色の制服と合わさって、天使のように見える。

 元気のある雰囲気に、髪型によるアンニュイな色気が加わっている。


 これだけ美容にこだわっているのに、あえて石鹸せっけんの香りというのも心に刺さった。


 全くストレスのない、優しい匂い……。



 義妹のカレナよりも明るい青の瞳が、俺を映している。



 正直、ちょっと甘く見ていた。


 子供っぽさを感じさせる顔のラインと、大人の色気が、絶妙に噛み合っている。

 可愛くて、エロくて、胸も大きい。


 この女と、1週間も一緒。

 俺はマルグリットに溺れないで、乗り切れるだろうか……。

 

 …………あれ?


 そういえば、俺の希望条件って、マルグリットに知らされているのか?



 マルグリットは片手を差し出しながら、フランクに話しかけてきた。


「あなたが、室矢くん? 咲良マルグリットです! 校長先生に呼ばれるまでは、私が相手をするわ。えーと、自己紹介のビデオ動画は見てくれたかしら?」


 その握手に応じながら、返答する。


「もちろん……。はじめまして。俺が、室矢重遠しげとおだ。咲良さん、でいいのかな?」


 にまーっと笑ったマルグリットは、人差し指を立てて、言う。


「メグで、いいわよ! マルグリットは色々な愛称があるのだけど、私はそれが一番気に入っているの……。その代わりに、私も重遠と呼ばせてもらうわ」


「君が、それでいいのなら……」



 ポスッと隣に座ったマルグリットは、1台のスマートフォンを差し出してきた。


「これは、うちの敷地内で使うためのスマホよ! 帰る時にこちらで回収するのと、データのコピーや外部への送信はできないことに注意してね?」


「ありがとう。データの件は、承知しているよ……」


 渡されたスマホをひとまずテーブルに置き、俺はコーヒーカップを手に取った。


「あ、そうそう……」


 マルグリットに話しかけられて、俺は彼女の顔を見た。


「重遠の出した条件……。全部、OKだから」

「は?」


 俺は思わず、聞き返した。


 マルグリットは頷いて、話し始める。


「もちろん、夜の特別交流会に呼んでくれたら、の話だけどね」


「そう言われてもな……」


 夜の特別交流会とは、初夜のことだ。


 やっていないのかどうかは悪魔の証明のため、女子を呼び、一緒に夜を過ごした時点で、自動的に婚約成立となる。



 考え込んだ俺を見て、マルグリットは持っていたナイロン製のブリーフケースを開けて、1枚の書類を取り出した。


 その際に、マルグリットの肩からホルスターがあって、ハンドガン型のバレを水平に差し込んでいることに気づく。


 握るためのグリップが前に突き出ていて、銃口は背中側を向いている。


 ホリゾンタルの形状だが、本体の下はそのまま腰のベルトを通しているため、激しく動いてもぶらぶらしない。


 ハンドガンの脱落防止のストッパーが、上の部分を押さえていた。



 本来、利き腕の反対側に銃を収め、もう一方に替えのマガジンがある。

 しかし、これは魔法の発動体なので、予備のバレ


 二丁拳銃か……。



 ショルダーホルスターは、脇に銃を吊り下げて、上から羽織ったアウターで隠す装具だ。


 彼女はベージュ色のテーラードジャケットで、ホルスターと銃を隠している。

 ややビッグシルエットになっていて、すぐに銃を抜けるように、前は開けたまま。



「ん? ああ、気になった? 私はあなたの護衛も兼ねているから、特別に武装を許されているの! 小型の銃だと、この横型が抜きやすいのよ……。本当は、即座に抜ける腰や太ももにつけるホルスターがいいのだけど。あれ、座る時や狭い場所でぶつかるし、ゲストに直接見せると萎縮しちゃうから……」


 俺の視線に気づいたマルグリットは、何気なく言いながら、作業を続けた。


 目の前のテーブルで、直筆のサインを入れる。

 朱肉に親指を当て、拇印まで。


 携帯用のウェットティッシュを取り出し、丁寧に指を拭ったマルグリットは、こちらに書類を向けた。


「はい。これで、少しは信用する気になった?」


 渡された書類には、俺がマルグリットに何をしようとも、一切の責任を取る必要がない旨が記されていた。


「本気か?」


「命に関わることや、その他にも『全裸で昼の校内を歩け』といった極端すぎる命令は、拒否させてもらうけどね? 基本的に、あなたの好きにしてもらって構わないし、夜の行為で責任を取ってもらう必要はないわ……。その代わりに、この1週間を私に全部ちょうだい」


 冗談にしては、手が込んでいる。

 ここまでストレートにくるとは、ちょっと予想外か……。


 そもそも、この咲良マルグリットだ。

 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で名前を見た覚えはあるものの、何をやっていたキャラなのか?


 すごく重要な役回りだったことは、微かに覚えている。

 確か、このキャラがいなければ良かったのにと、ネット上で、ファンが議論していたような……。

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