第二章 朽ちた洋館に響くは悲鳴と嬌声だけ

第14話 予約なしで次々にやってきた招かれざる客

「ねえ……。本当に、ここへ入るの?」

「車で、数時間をかけて来たんだ。中に入ろうぜ!」

「うひょー! 雰囲気すげー!!」

「私、怖いよ」


 姦しく騒ぐ、男女が混ざっている若者のグループ。


 普通なら周囲が眉をひそめるところだが、囲んでいるのは避暑地のような背の高い木々ばかり。

 ここは人がいる街から離れた場所で、いわゆる廃墟探索というやつだ。

 寂れた道には道路標識もなく、彼らは大小の枝が立ちはだかる砂利道を運転してきた。


 年代物である洋風の館は、今ではめったに見られない、凝った建築方式。

 見えている範囲に限れば、二階建てで、各部屋には両開きであろう窓も。

 あまりに手間暇がかかることから、工場で生産するユニット式の現在では再現不可能。


 まさに、美の結晶といえる。

 だが、ここに集った大学生たちは、高尚な考えを持っていない。


 凛々しさの中にも優しさを感じられる、美容院でカットした短髪の男。

 亜麻色のセミロング、可愛い髪留めをつけている女は、おっとりしている雰囲気に反して、抱き着いたら顔が埋もれるほどのカップ数だ。

 黒髪でツーサイドアップの女は、両肩が剥き出しのワンピースを着ていて、勝ち気そうな表情。


 その他に、眼鏡をかけた大人しそうな男。

 茶髪で、いかにもチャラそうな男などがいる。


 男3名、女3名の、合計6名。

 彼らは、暇を持て余した大学生のグループ。

 誰が言いだしたのか、この屋嘉冶やかじ邸へ肝試しにやってきた。



「なあ、ここって呪われているんだよな? 動く人形とか見つけたら、持ち帰ろうぜ! 個人の販売サイトで高く売れそうだ」

「お、いいな、それ!」

「やめなさいよ。……っていうか、こんな格好で来るんじゃなかった」

「ぼ、僕だけ、ここで待っているよ」

「ここまで来ておいて、何言っているんだよ、お前!」


 人数がいるからか、街中にいるのと変わらない騒ぎよう。

 裏を返せば、思っていたよりも異様な雰囲気を漂わせる館に怯えていて、それを紛らわせるため。

 男たちは女に格好良い所を見せたいから、余計に見栄を張るのだ。


 館の両開きの扉を開き、勇んで入っていく男たちと、その後ろに慌てて続く女たち。

 そして、彼らを呑み込んだのを確認したかのように、バタンと扉が閉まった。




『ニュースをお伝えします。青千川大学の学生6人が行方不明になった事件から、すでに2日が過ぎました。警察は消防や地元の住民と共に一帯を捜索するも、彼らが乗っていた車を発見するに留まっています。近くの屋嘉冶やかじ邸に入った可能性が高く、警察は所有者への確認を急いでいる状況です』



 ◇ ◇ ◇



 金持ちが趣味で購入する、バスのようなキャンピングカー。


 高速道路を安全運転で走行する車内では、紫苑しおん学園に公休を届けた俺と、その式神である室矢むろやカレナ、お付きの南乃みなみの詩央里しおりの3人がいた。


 詩央里が、俺に重ねて注意する。


「若さま。御札はそう簡単に補充できませんが、今回は出し惜しみ厳禁です」


 何度も聞いた内容だけに、手を振りながら答える。


「分かっているさ、詩央里! 完全に、敵が待ち構えている場所だからな……。ああ、行きたくない」


 一軒家の魔術師が逃げ込んだ場所が特定できたから、大急ぎで出発した。

 千陣せんじん流のキャンピングカーに荷物一式を放り込み、現地へ移動しながら、準備と情報収集。

 贅を凝らしたセレブ並みのキャンピングカーでも、車中泊はやっぱり辛い。


『次のサービスエリアが、最後の休憩となります。そこで一般車両に乗り換えていただきますので、お忘れ物のなきよう、お願いいたします』


 ドライバーから車内にいる俺たちに、通信が入った。

 詩央里が、ご苦労様でしたと労いつつ、急いで荷物の点検を始める。


 敵の拠点でビバークも覚悟しなければならないので、バックパックに食料と水も詰めていく。




「今度は、俺も……。鍛冶川流の退魔師として、少しは功績を挙げないと」


 鍛治川かじかわ航基こうきは、すでに屋嘉冶やかじ邸の入口に立っていた。


 第二オカルト同好会の部室で、詩央里が大学生の失踪事件について話していたのを聞いて、先を越すために動いているのだ。

 ライバルである重遠しげとおに頭を下げるのが嫌で、バイトと紫苑学園を休み、自腹で現地まで移動してきた。


 ニュースで報道されていたにもかかわらず、なぜか周囲に捜索隊はいない。

 まるで、ここに近づいたら自分たちも危ない、と言わんばかりに、静まり返っている。


 虫の音も聞こえず、駅前のタクシーの運ちゃんからは、悪いことは言わんから止めておけと、繰り返し注意された。


「それでも、俺は結果を出さないと……。もうバイトと課題だけの生活は、こりごりだよ」


 本音をこぼしつつ、航基も曰く付きの館の中へ吸い込まれていく。



 ◇ ◇ ◇



「だから、私は嫌だって言ったのに! もうやっていられないわ!!」

「おい、待てよ!」


 いきなり叫んだ後に、全力で走り去っていく女。

 それを追いかける男たち。

 全員が鋭敏に反応できるわけではなく、呆然と見送る数人。


 この時点で、大学生のグループは、いくつかに分断された。

 もはや統率は一切なく、館の狂気に身を委ねるのみ。



 呪われし洋館、屋嘉冶やかじ邸の中に全員が入った途端、急に玄関のドアが閉まった。

 急いでドアノブに手をかけたが、ぴくりとも動かない。


 肝試しのグループは偶然だろうと思いつつも、退路を断たれたことでひどく動揺。


 それを待っていたかのように、ずるずると何かを引きずる音が響く。

 恐る恐る、その方向を向くと、上半身だけで這い回る男がいた。


 爛れた肌と、どこを見ているのかも分からない、白く濁った目。

 途中から長いロープのような物が出ている惨状を見て、1人の女がキャーッと悲鳴を上げる。

 気丈な男たちが女の手を引っ張り、急いで遠ざかるほうへ逃げ出す。


 内部の構造も分からず、必死に逃げ惑う彼らの前に、どこに隠れていたのか、大型の虫、異形に成り果てた元人間、狂人、勝手に動き回る人形などが寄ってくる。


 その結果、正気を削られ続けた1人の女が、ついに発狂したのだ。



「いや……。いやああああああぁああああ!」

「待ってよ、私も行く!」

「後ろで、敵が来ているんだぞ! せめて手伝え……くっそ!」


 さらに2人の女が連鎖的なパニックに陥り、いずこかへ走り去る。


 まだ落ち着いている男は、後ろから襲ってきた襲撃者と戦うのに精一杯。

 人ではあるものの、どう見ても話が通じる相手とは思えない。


 振りかざされた刃物を館で拾った金属バットによって受け止め、金属同士が激しく擦り合う音と光に構わず、おらあっ! と蹴った。

 倒れる襲撃者。


 男は頭上に振りかぶったバットを頭にフルスイングした後、荒い息と共にようやく周囲を見るが、女たちはもういない。


「勘弁してくれよ、本当に……」


 仲間が全てどこかに行ってしまったのを確認した男は、血だらけのバットを握り直して、誰かと合流するために歩き出す。



 ◇ ◇ ◇



「なかなか、おもむきがあるところじゃ! 別荘として買わんか、お兄様?」


 振り向き様にセーラー服の特徴的なカラーをふわっと浮き上がらせた室矢カレナが、とんでもない発言をした。


 顔を引き攣らせつつ、言い返す。


「冗談にしても、全く笑えん」


 カレナは風光明媚な観光地を訪れたかのように、リラックス中。

 海外を意識した洋館だから、故郷であるイギリスの屋敷と似ているのかもな?




 ――― 本館1F ロビー


 目の前にある正面玄関から入ると、どうやら本館のようで、2階まで吹き抜けのエントランスだった。


 主や召使いが来客を出迎える、まさに第一印象を決める空間。

 待ち合わせのロビーも兼ねているらしく、ホテルのようなソファが置かれていた。


 奥に2階へ上れる階段があって、重厚な扉がいくつかある。

 床は一面に高価なカーペットが敷かれていたようだが、劣化によって残骸のみ。


 ところどころの壁が崩れていて、中の建材が見えている。

 床も崩壊している箇所があるので、歩くだけでも注意が必要だ。


 俺たちが全員入った瞬間、後ろで2枚の扉が閉まった。


 ぐいっと引いてみた南乃詩央里は、首を横に振る。

 古い館だと思っていたが、どうやら自動ドアだったらしい。

 リフォーム済みか。


 ライトを点けて、相互に視界を確保する。


 すでに邪悪な気配が満ちていて、むしろ怪異が出ないほうが怖い。

 とりあえず、右側の大扉から調べるか……。

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