漆黒 帝都へ
馬車の旅とは本当に暇だ。この世界の馬が地球の馬より優秀だとしても、移動に1週間もかかるのは現代日本で育った人間には馴染まない。新幹線があれば数時間の距離なのに。
隣ではクレイアが暇そうに外を眺めている。外と言っても代わり映えしない自然が広がっているだけだ。転生して間もない頃は、自然にあふれる世界に感動もしたが、14年も生きていれば慣れてしまう。
この世界は比較的治安が良い。山賊や盗賊といった輩が少ないのだ。
何故かというと、この世界には魔物が存在するため、腕っぷしのある人間には”冒険者”という需要があるからだ。魔物を退治して魔石を手にすれば、それなりの値段で売ることが出来る。わざわざ法に触れるような真似をしなくても、合法的な仕事で食っていけるのだ。
だからこそ、馬車の旅には緊張感が出ない。たまに見かける魔物も、クレイアがちょこっと魔法を飛ばせば逃げていく。
話す内容も尽きてきて、カードゲームで暇を潰すのにも飽きてきた。
今、俺の手元には一冊の本がある。原初の勇者アル・トープグラムの人生をまとめた伝記である。この世界にはアル・トープグラムの本が数え切れないくらい存在していて、俺もたくさん読んだ。テストに出るという理由もあるが、個人的に興味のある点がいくつか存在する。
そして、アル・トープグラムの本を色々読んで、ひとつの仮説が立った。
”アル・トープグラムは転生者である”
そもそも、俺が日本からこの世界に転生できたのであれば、他にも転生者がいても不思議ではない。そして、アル・トープグラムが転生者である可能性は高い。もしそうであれば、おそらく彼は日本人である。
理由はいくつかある。
まず初めに疑問を持った点は、今俺たちが旅をしているマト街道だ。俺が初めてマト街道の地図を見た時に思ったことがある。読んで字のごとく”的”のようだと。暗黒大陸の大穴を中心に、内外のふたつの街道が大陸をぐるっと一周している。その様子が”的”のように見えたのだ。
これが、この世界の言語における”的”ではなく、日本語での”マト”と呼ばれているのは果たして偶然なのだろうか。
そして、この馬車にも吊るされている電球。これはアル・トープグラムの遺したアイデアを元に発明されたらしい。電気の無いこの世界で、ゼロから電球のアイデアを残すことが果たして出来るのだろうか。色々と順序をすっ飛ばしている気がする。
ほかにも、この世界には選挙がある。実際の統治は王家や貴族が行っているが、民の意見を吸い上げるために平民から選出された議会が存在しており、その代表者を選挙で決めているのだ。
もちろん議会の要望を突っぱねることは簡単だが、統治者とは常に反乱を恐れているため、ある程度の譲歩はする。
地球でも古代ローマなんかでは共和制の時代はあったわけだが、それでもアル・トープグラムが選挙のアイデアを出したのは、彼が転生者であったからではないだろうか。
それ以外にも、病気を引き起こすウイルスという存在を広めている。その考えを元に顕微鏡が開発され、医学の研究が進んでいる。
また、酒やタバコが健康に悪影響を与えるため、法律で16歳まで禁止されている所や、人間ひとりひとりに認められている”権利”という概念。アル・トープグラムがこの世界に遺したものの中に、地球から持ってきたと思われるものが数多く存在する。
つまり、アル・トープグラムが転生者であるという説は正しいのではないか。
そして、アル・トープグラムと自分、ふたり転生者が存在するのであれば、もうひとりいたところで不思議ではない。
トープグラム帝国は大陸で1番栄えた国だ。数多くの書物や資料があることだろう。探れば何か見つかるかもしれない。
3人目の転生者。果たして見つかるのであろうか。
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