クロウアリス高等学院

紺青 帝都へ

 ヨールヨール王国、勇者の住む街「ゾルダル」。

 王都にある中等学院を卒後した私は、本宅のあるゾルダルへ戻っていた。とはいえすぐに帝都へ出立する身であるため、少し準備をしたら旅立たねばならない。


 旅立ちの前の日、トレイシルが家を訪ねてきた。何しに来たの?と私の顔に書いてあったのだろう。それを見た義母が「私がお呼びしたのよ」と言う。


「剣術大会では世話になりましたから、きちんと御礼をせねばなりません」


 確かに、あの後は王国からの聞き取りや、延期になった優勝トロフィーの授与式などで忙しく、トレイシルとは会っていなかった。


「一晩お世話になります。平民の出なのでマナーとかは全然わからないですけど」

「構いません。ゲストなのですから、気楽に過ごして頂戴」


 どうやら一晩泊めて、食事を出してあげるようだ。

 それは構わないが、私はクロウアリスへ入学するために、明日帝都に旅立つ予定だ。トレイシルもクロウアリスへ入学するはずだが……。

 窓から庭を見る。そこには荷物を積み込んだ馬車が停まっている。そういえば、一人旅にしては少し大きくないか……?


 嫌な予感ほど的中する。どうやら義母は帝都まで連れて行ってあげる約束をしているらしい。

 大陸南部のヨールヨール王国から帝都までの旅費はそれなりの金額になる。トレイシルは平民なので、そんなお金があるわけもなく、予定では通っている学校が負担する話になっていたが、そこへ義母が割り込んで旅費の負担を申し出たというわけだ。

 トレイシルがいなくてもドラゴイーターは倒せただろうが、観客に被害が出ていただろう。確かに、礼のひとつやふたつ送られて然るべきだと思う。

 だが、帝都まで二週間、二人で馬車の旅というのは気が引ける。


「やぁファナン。闘技場以来だね」


 そういって手を差し出してきた。一瞬戸惑うが、義母の前で悪態をつくわけにも行かず、仕方なく握手をする。




 その日の夕飯はずいぶんと豪華だった。

 3日間かけてじっくりと煮込んだコンソメのスープ。イリナキ鶏を一頭焼いたものに、パルミコ平原の小麦でできたパスタ。ゴムラゴムラ近海で穫れるエビ。食欲をそそる香りは、西方諸島で取れる胡椒だろう。義母の所には帝国産の年代物のワイン。

 3人だけの晩餐にしてはずいぶんお金をかけている。


 トレイシルのいる晩餐は、意外と悪くなかった。というのも、トレイシルが義母相手に勝手に話を続けてくれているので、私はゆっくりと食事を味わうことができた。急に話題を振られたときのために、話を軽く耳に入れておけば良い。

 義母と二人なら、張り詰めた重い空気の中で過ごすことになっていた。


「では、槍術は独学で?」

「はい。元は動物を狩るために始めたものなんですが、大きくなってから習い始めたときには既に型にハマってしまっていて、今更矯正をしない方が良いだろうと師匠が言うので」

「どなたに師事をされたのですか?」

「ノエル・スカーという冒険者をやっていた人で、その人はバーン流槍術の人なんですけど」

「聞いたことがあります。何年か前の剣術大会で優勝された方ですね」

「そうです。今年の大会に出るように勧めてきたのも師匠で、平民がクロスアリスにいくなら肩書きのひとつくらい持って行けと」

「賢明な判断ね」

「ファナンがいなければ優勝できたんですけど、さすが勇者ですね。見事にやられました」


 うまいこと話すもんだ。


「トレイシルさんは、卒業後はどうされるおつもり?」

「うーん……学院で仲良くなった貴族にでも雇ってもらおうかと考えています」

「そう……良い縁に巡り会えるといいわね」


 やはり義母はトレイシルを高く評価しているのだろう。さり気なく進路を確認し、満足な答えが返ってきたのだろう、私の成績が良かったときと同じ表情をしている。

 そういった義母の思惑を察しているのか、トレイシルが私と目を合わせて来て、口元だけで軽く微笑んだ。



 翌朝。

 馬車の準備が終わり、トレイシルが先に乗り込む。

 庭先まで出て来た義母に挨拶をする。次に会うのは年末の長期休暇だ。


「それでは、行って参ります」

「紺青の勇者として、恥じぬ行いをなさい」


 一礼をして振り返り、素早く馬車に乗り込む。


「もう終わったの?ゆっくり話してきていいのに」

「別に。お互い話すこともないから」

「どんな仲でも関係ないよ。暫く会えないのだから、気の利いた一言でも残しておかないと」

「いらないよ。向こうも欲しくないだろうし」


 馬車がゆっくりと進み始める。

 門から出るために右に曲がる。後方の幕間からチラリと義母が見えた。目があった瞬間、身体が勝手に動いた。

 何故動こうと思ったのだろう。毅然と見送る義母の表情に、私は何を感じたのだろう。


「お元気で!」馬車から顔を出して言う。


 私には珍しく大きな声が出た。

 義母は面食らったような顔をしている。その様子が珍しくて、なんだか面白いと思った。


「あなたこそ!元気で!」すぐに顔を引き締めて言葉を返す。


 凛としたよく通る声だった。


 私は生きるため、母の代わりに。

 義母は家のため、夫と息子の代わりに。


 互いに利用し合う、利益だけで繋がった、そして血は繋がっていない関係だったけれど、不思議と離れることに寂しさのようなものを感じた。


 あくまで少しだけ。

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