紺青 剣術大会2
私とトレイシルは所定の位置について向かい合った。
観客の声も静まる。
決勝トーナメントからは国が管理している闘技場で行われる。1500人収容の観客席が周囲を取り囲んでいる大きな所だ。
中心には20m四方の正方形のリングがあって、そこから落ちるか、致命傷となる一撃が入ったと審判が判断すれば勝敗が決まる。
トレイシルは槍を、私は細剣を片手で構える。
ここまで勝ち抜いたことから分かるのは、あいつは戦闘系の固有スキルを持っている可能性が高いということだ。
通常、剣術大会の決勝トーナメントまで残ることが出来るのは戦闘スキル持ちがほとんどだ。私がスキル無しで勝ち抜けたのは、勇者の力を受け継いでいるので、生まれつきの基礎能力がかなり高いからだ。
しかし、トレイシルも今まで試合を見ている限り、スキルを使用した感じはしない。
まずはその辺りを探らねばならないだろう。
審判が鐘を鳴らして試合が始まる。
瞬間、トレイシルが一気を間合いを詰めてきた。
槍が私に刺さったと誰もが思ったその時、私の姿が消え、トレイシルの背後へと回り込む。
紺青の勇者に伝わる勇者スキル【瞬天】。
短い距離を目にも留まらぬ速さで駆け抜ける。どのくらいの距離を移動できるかは、スキルの練度による。私の場合は10m位だが、クールタイム無しなので、連続して使用すればそれなりの距離を稼ぐことが出来る。
背後に回った私は、一気に勝負を決めようと細剣で斬りつけ…ようとした直前、トレイシルが槍を後ろを大きく引き、槍の柄で私を狙った。
私は【瞬天】を素早く発動し、距離をとる。
「へぇ、今の避けるんだ。当たったと思ったんだけどな」
【瞬天】が他の高速移動系スキルと比べて圧倒的に優れる点は、クールタイムが無いことと、予備動作がいらないことだ。つまり、攻撃動作の途中からでも緊急回避ができる。
更に言えば、身体を縄でぐるぐる巻きにされて崖から突き落とされようが、【瞬天】の連続使用で戻ってくることが出来る。
実際に訓練だと言って義母にやらされたことがある。さすがにあれは怖かった。
それにしても、トレイシルの戦闘センスは大したものだ
固有スキルは安易に教えるべきではないが、勇者スキルはかなり有名なので、大陸に住む人間なら皆知っている。私が【瞬天】で後ろをとることを読んでいたのだろう。
ならばと、前後左右に素早く飛び回り、全方位から攻撃をしかける。
が、トレイシルはその全てを捌ききる。身体全部を上手くコントロールして、槍の切っ先から柄までを器用に操る。
【瞬天】は、身体の位置を高速で移動させるスキルだ。あまりに速すぎるので、移動前の体勢そのままで着地することになる。
つまり、攻撃するには、移動したのち自分で剣を振る必要がある。そのわずかな間を見切れば、攻撃を防ぐことは可能。
この点と、あくまで高速移動なので、間に障害物があるとぶつかってしまうという、2つだけが【瞬天】の弱みだ。
随分と研究しているな。
それにしても全て捌くとは、【見切り】か【攻撃予測】か、私と噛み合わせの悪いスキルを持っているのだろうか。
「いいね。素晴らしい連撃だよ」
ひとつも当たってない癖によく言う。腹が立つ。
「こっちからも仕掛けていいかな?」
「駄目と言ったらやめてくれるの?」
「意地悪を言わないでくれよ。淑女に対する礼儀さ」
「ごちゃごちゃ言ってないでかかってきたらどう?」
「そうだね。会話を楽しむのはまた今度にしよう。では」
そういってトレイシルは距離を詰める。
確かに彼女は強い。間合いの詰め方からして間違えることがない……が、【瞬天】を持つ私はただ後ろが左右に距離を取ればいいだけだ。
誰にも触れられない圧倒的な速さ。それが紺青の勇者だ。
広いステージで鬼ごっこのような追い回しが行われる。私たちの素早いやり取りに、観客たちも盛り上がる。
5分ほど続き、トレイシルの足が止まった。
「参ったね。これ、勝負つかないんじゃない?」
トレイシルは困ったように言う。
表情は涼しい顔をしているので、スタミナ切れまではまだまだ遠そうだ。
「そうでもないわよ」
まだ手はある。あるが、本当は使いたくなかった手だ。理由は勇者としての華やかさに欠けるから。出来れば綺麗な勝ち方をしたかった。
あまり格好のつかない勝ち方をすると、後で義母に嫌みの一つでも言われそうだが、負けるよりはマシか。
私は【瞬天】を使って左右に揺さぶりをかける。
直後、一気を間合いを詰め、そのままトレイシルに衝突した。
高速移動を利用したただのタックル。だが、【瞬天】は予備動作が無いので、回避は不可能。シンプル故に不可避の攻撃。
吹っ飛ばされたトレイシルはそのまま場外へ落下し、審判が私の勝利を宣言。
女同士の戦いに似つかわしくない力強い決着に、観客も盛り上がる。
本当はタックルの代わりに剣を当てても良いのだが、それをすると、たとえ木剣でも生命の保証が出来ない。
落下したトレイシルを見下ろす。随分と頑丈なようで、意識は失っていなかった。
負けたわりに、その顔は笑っていた。
「いいね、面白い。私好みのやり方だよ。ねぇ、私たち良い友達になれると思わないか?」
「ないわね。どうせもう会うこともないし」
「実は私、来年度からクロウアリスに入学するんだ。君もだろ?」
それを聞いた私の嫌そうなしかめっ面に、トレイシルはもう一度笑った。
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