紺青 剣術大会1

 第122回ヨールヨール王国剣術大会


 開催は年に1回、冬の始めに行われる。剣術大会とは言っても、初期の頃は剣しか使えなかったというだけで、今は槍や斧を使っても構わない。

 ただ、あくまで己の技を競い合う場なので、魔法の使用は認められていない。

 ここで良い成績を残すと、兵士なら給料に、冒険者ならパーティー探しやクエストのランクに関わるので、国中から腕自慢たちが集まってくる。

 大会期間中は観戦に来る人や、商機を探しに来た商人などで祭りのような賑わいを見せる。


 兵士や冒険者にとっては大きなチャンスだが、では勇者であるユークレイド家はというと、特にメリットは普段は無いので参加しない。

 ただでさえ基礎能力が高くスキル3つ持ちなうえに、既に広く名前が知られている。つまり、強さの喧伝も名声の獲得も必要としていないのである。


 では今回、私が参加させられた理由はというと、私が私生児だからだ。

 義母曰わく、使用人との間に生まれた私の、勇者としての適性を疑問視する声があったらしい。そこで、この剣術大会で圧倒的な成績を残し、周りを黙らせろということだ。

 私にとってはよくあることだ。勉強でも何でも侮られることは多い。その度に義母に焚きつけられて力を証明してきた。

 今回も同じことだ。


 大会は7日間かけて開催される。

 もちろん真剣は使わず、大会が用意した木製の武具で戦うことになる。

 初日は予選会で、4人一組のグループで総当たりを行い、1位の1人が勝ち抜け、2位は敗者復活に回る。その他は落選だ。


 私は冒険者2人と、兵士1人と同じグループになった。小さい頃からの英才教育と勇者の基礎能力の高さのおかげで、危なげなく予選は突破した。スキルを使う必要もなかった。

 義母は予選会など見にくることもなく、私の報告を勝って当然かのように聞き流した。

 労いもなければ嫌みのひとつも無かった。完全なるノーコメント。予選如きに何一つ興味はないといった顔をしていた。


 最初の予選会を抜けると、またしても同じような4人一組のグループ戦が始まる。最初の参加者は1000人近くになるので、こうやって篩にかけていく必要があるのだ。

 私はここでも問題なく勝ち抜けた。


 こうして80人ほどまで絞り込んでから、決勝トーナメントが始まる。

 予選の結果からシード枠に入った私は、一回戦が免除となり二回戦から参加、ベスト4まではスキル無しで勝ち抜けた。


 大会6日目。準決勝。

 対戦相手は、トレイシル・アンダードという、私と同じくらいの年齢の少女だった。

 真っすぐな灰色の髪を後ろで束ねていて、顔つきは端正。その自信ありげな表情から、今までに積み重ねてきた研鑽と実績を伺い知ることが出来る。

 シャツとズボンという船乗りのような軽装に、やや長めの槍を抱えるように持っている。背が高く手足も長いため、槍というチョイスは正解だと思う。

 今までの相手とは格が違う。穏やかな表情ながら、突き刺すような覇気が私の肌を刺す。


「君がユークレイド家の跡継ぎだね。大会の場で手合わせが出来て光栄だよ。よろしくね」


 そう言って手を差し出されたので、礼儀的に握手を返す。

 トレイシルは両方の手でしっかりと握り、にっこりと微笑む。彼女は女性にしては背が高いので、少し見下ろされる。

 眼を見ているようで、その奥、心の中までを見透かすような不思議な視線だ。


「その髪、帝都レオンハルトから見える海のような、美しい深い青だね。紺青の勇者と呼ばれるのも頷ける。知ってる?北の海には人魚の伝説があるんだよ。見るものを虜にするような美貌らしいよ。君の美しい髪の下には、人魚のような美しい心が眠っているのかな?」


 ……は?なんだこいつ。どこぞの3流詩人かという台詞だ。いきなりの距離の詰め方がなんか気にくわない。

 大体、こういう奴は誰にでも同じ事を言う。


「心にもないことを言わないで。あといい加減手を離してもらえる?」

「私の本心だよ。美しいものは美しいと言う。それが私の信条なのさ」


 むかつく女だ。

 腹が立ったので、握られた手に力を込める。


「気の強い女性も大歓迎だよ」


 かなり力を込めているのに涼しい顔をしている。ずいぶん力自慢なようだ。

 やっぱり嫌な奴だ。払うように手を放して背を向ける。さっさと終わらせよう。後味の悪い苦さが、尾を引くように腹の底に沈んでいく。


 これが、私とトレイシル・アンダードとの出会い。

 後から思い返す度に思う。本当に最悪な第一印象だった。

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