漆黒 初めてのクエスト4
レッドウルフの群れは、通常多くても20匹までだ。それ以上になると餌の確保が難しくなり、群れの維持が不可能になる。
それが100匹…?
「森で視界が届かないから分からないかもしれないけど、確実にそのくらいは来てるわ」
「いつの間にそんな数になったんだ?」
「アシュリーが先行してから続々と集まりだして……間違いなく私たちを狙ってるわ」
どうする?俺1人ならその数でもなんとかなる。いや、クレイアがいても大丈夫だろう。
問題は、ドノカさんだ。足を負傷した人を守りながら100匹を捌けるかどうか…?
「近付いてきてるか?」
「うん。ゆっくり来てる」
「わかった。やろう」
出来るかどうかではない。やるしかないんだ。
「じゃあ、使うわよ」
そう言って杖に魔力を込めると、杖の先が赤く光り始めた。炎の魔法を使うつもりだ。
「あの…これは一体」
ドノカさんが不安そうに言う。
「かなりの数のレッドウルフに囲まれているようです。ですが、僕らが必ず守ります。信じてください」
「……」
「実は、僕の名前はアシュリー・アル・ルフリンって言うんです」
「ルフリン……勇者の?」
「そうです。だから安心して下さい。あ、でもそこから動かないでくださいね」
ドノカさんは無言で頷き、緊張した顔で近くの木にしがみつく。
木の奥からレッドウルフの唸る声が聞こえてくる。すぐそこまで来ているようだ。
クレイアの杖から1m程の火球が3つ出てくる。火球はぐるぐると、クレイアの周囲を守るように回る。
そのひとつが速度を上げる。木の間を抜けて、まだ姿を見せてないレッドウルフを直撃する。更に火球を操り、2匹3匹と仕留めていく。
【索敵】スキルを持つクレイアには、背中だろうが物陰だろうが死角は存在しない。位置も数も手に取るように把握できる。そこへ魔法を次々と叩き込む得意の戦法。多数の敵との戦闘こそがクレイアの真骨頂だ。
しかし多勢に無勢、暴れ回る炎の隙間から数匹のレッドウルフが走り抜けてくる。それを【身体強化】で能力を底上げした俺が切り捨てていく。
「調子上がってきたわ。どんどんいくわよ」
「息切れするなよ。残りの数はクレイアしか分からないんだからな」
「まだまだ余裕よ」
言葉通り、クレイアは更にたくさんの火球を振り回す。伊達に魔法一家に生まれていない。魔力残量にはまだまだ余裕がある。
しかしレッドウルフは果敢にも距離を詰めてくる。が、俺に倒される。順調に迎撃をしていし、10、20と魔石へ姿を変えていく。
実戦は初めてだが、俺とクレイアのコンビネーションは完璧に感じる。ドノカさんの所へは1匹たりとも辿り着けない。
だが、何だこの違和感は。確かにレッドウルフは強い魔物ではないが、集団で狩りをするだけあって知能は高い。たかが3人の人間を狩る為にここまでの犠牲を払うだろうか。
炎に包まれて絶命する仲間を見ても、一切の躊躇いもなく近づいてくる。おかげでこちらとしては戦いやすいが……。
いや、考えるのは後だ。俺は無心で剣を振り続けた。
どれだけ戦っていただろうか。体力はまだまだ持つが、命をかけた戦いはメンタルへの負担が大きい。あちらこちらで無数の魔石が散らばっている。
「あと9!」
クレイアが叫ぶ。残りわずかなのは朗報だが、ここで気を緩めると致命傷になる。
「気を緩めるなよ」
「当然!」
勢いの衰えない火球が更に1匹を仕留める。この年齢にして底なしの魔力は、クレイアのレベルの高さを証明している。
そこから暫くして、レッドウルフの攻勢が止んだ。
「終わったわ」
クレイアが言う。流石に肩で息をしている。
「凄いですね。こんな数をやっつけてしまうなんて」
ドノカさんは感心したように呟く。
「クレイア。近くに俺たち以外の人間にはいないか?」
「近くに?うーん、いないわね。」
「そうか。なぁ、やっぱり変だよな。あのレッドウルフたち」
「うん。なんか変だった」
「そうなんですか?」
ドノカさんが疑問を投げかける。
「俺たち3人を倒すために、100匹のレッドウルフが全滅したんです。狩りだとしたら割に合わなさすぎる」
「それに躊躇が全くなかった。魔物でも死地に飛び込むときは怖いはずなのに」
「そう。まるで誰かに操られているみたいに……」
「テイマーがいるってこと?でも魔物を【調教】するなんて聞いたこと無いわ」
【調教】とは、動物を使役するスキルだ。鳥を飛ばして手紙を届けたり、猛獣に狩りをさせたりできる。だが、未だかつて魔物のテイムを達成した人間はいない。
「今は発見されていない新しいスキルかもしれないし、何か俺たちでは想像できないような手段があるのかもしれない」
「そんなこと可能なの?」
「実は【調教】の話を聞いてから、考えていたことがあるんだ。なぜ魔物を【調教】できないのか」
「仮説では、スキルは人間の生命力を利用するけど、それが瘴気が反発し合う……だっけ?」
「そうだ。なら【調教】のスキルを魔族が持っていたらどうだ?」
沈黙が降りる。
「いや、それは……本気?そんな事になったら洒落にならないわよ」
クレイアは青い顔で呟く。魔族は全滅してもういないはずだ。
2人の間に重い空気が流れる。
一方ドノカさんは……。
「流石、頭が切れますね」
何者かに操られたとしか思えないレッドウルフの異常行動。クレイアの【索敵】で調べると、半径2kmには他の人間はいない。
ならば答えは一つ。
「レッドウルフが100匹ほどいれば楽勝だと思ったんですけどね。いやはや、魔法使いのお嬢ちゃんが思いのほか優秀だ」
落ち着いた冷静な声。さっきまでの狼狽した姿はそこにはなかった。ドノカさんの変わり様に、クレイアも事態が飲み込めたらしい。杖を構えて臨戦態勢になる。
「【調教】スキルはあなたのものだったんですね」
「そういうことさ。ま、呆気なく死なれても、来た意味がないですから。もう少し楽しませて頂きましょう」
そう言うと、ポケットから小瓶を取り出して中身を飲み干した。
「はあああああぁぁぁ!」
ドノカの身体をドス黒いオーラが覆う。
「何これ!?まさか瘴気なの!?」
みるみるうちに筋肉が膨れ上がり、中肉中背だった身体が、まるでオーガのように大きくなった。
「さぁ漆黒の勇者よ!力比べといこうじゃないか!」
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