異変の始まり

漆黒 初めてのクエスト1

 この世界に転生して14年。パルミコ王国の王立学院を卒業し、来年からはトープグラム帝国にあるクロウアリス高等学院に入学することが決まっている。

 大陸にある4つの勇者の子供たちは、このクロウアリス高等学院で学ぶことが習わしとなっているらしい。

 しかも4つの家全てに俺と同い年の子どもがいて、当然一緒に入学する。全員会ったことはないので今から楽しみだ。


 今は大陸歴208年の12月、入学は来年の2月なので、あと1ヶ月とちょっと暇がある。

 というわけで、俺は今、パルミコ王国の王都にある冒険者ギルドまで来ている。


 冒険者ギルドとは、傭兵や護衛、魔物退治の依頼や仲介、冒険者の援助などをするところである。

 魔物退治は勇者の専売特許ではない。上位の強力な魔物は勇者でないと倒せないというだけで、下位から中位までの魔物であれば常人でも倒すことが出来る。

 魔物は動物に比べて強い。放っておけば生態系が崩壊してしまうので、冒険者に依頼をして数を調整するのだ。


 腕試しと小遣い稼ぎ、社会勉強を兼ねて簡単なクエストを受けるのは、我が家ではひとつの通過儀礼のようなもので、父も祖父も経験している。

 小さい頃から剣や魔法の修行はやってきているし、何より王都周辺は弱い魔物しかいないので安心できる。


「それじゃあギルドに行きましょう。紹介状は持った?」

 

 そう言うのは幼馴染のクレイアだ。エングラム伯爵家の長女で、家が近くて同い年ということで、一緒に剣や魔法の修行をした仲だ。

 茶髪で活発な女の子で、贔屓目に見ても美少女だと思う。こんな可愛い幼馴染がいるだなんて、勇者ってすげえ。

 エングラム伯爵家は魔法の名門なので、クレイアも大人顔負けの魔法使いだ。特に炎の魔法を得意としている。

 来年は一緒にクロウアリス高等学院に行くことが決まっている。


「もちろん持ったよ。そこの角を曲がった所だね」


 俺たち2人は、それぞれの親から渡された紹介状を持っている。

 ギルドの依頼は、本来なら16歳からしか受けることができない。これは、特別に簡単なクエストを受けさせてもらうための紹介状だ。


「私、ギルドに行くのは初めてなの。楽しみだわ。格好いい魔法使いの人と会えたりしないかなぁ」


 クレイアは冒険が楽しみといった様子だ。茶色のポニーテイルを、犬の尻尾のように揺らしている。

 到着した冒険者ギルドは、貴族の邸宅といっていいほどの大きさだった。

 パルミコ王国冒険者ギルド本部。ここでは冒険者の登録やクエストの受注、パーティメンバーの斡旋から冒険者研修、素材の買取、装備品の販売と多岐にわたる業務を行っている。当然広い建物が必要なので、地下1階から地上3階までの強固なつくりになっている。

 重い両開きのドアを開けると、目の前は大きなホールになっていて、たくさんの冒険者たちがたむろしていた。

 正面には長いカウンターがあって、いくつかの受付がある。まるで日本の市役所みたいだ。

 俺たちは空いているカウンターのひとつに向かった。


「あら、新規さんかしら?16歳からしか冒険者にはなれないけど大丈夫?」


 妖艶な雰囲気のお姉さんが対応してくれた。甘い声と口元のホクロがセクシーでちょっとドキッとしてしまう。


「紹介状を持ってきました」

「どれどれ……。まぁ、ルフリン家とエングラム家の。それじゃあ、あなたが次の勇者なのね」


 綺麗な二つの青い眼で、俺をじっと見つめてくる。

 勇者とはその国の守護者である。その守護者にふさわしい人物であるか、値踏みするような目だ。色々なところで人と会うたび、そういう見方をされる。

 多分、それも勇者としての道なのだと思う。


「ちょっと待っててね。ギルド長に見せてくるわ」


 そうい言うと紹介状を持って裏へと消えていった。


「なんか緊張するね」

「そうだね」


 確かに緊張する。

 自分の力でお金を稼ぐということは、大人になるということだ。俺たちはその一端に触れようとしている。

 まぁ、後でもう1回学校に通うわけだが…。


 5分もせずに受付の人は戻ってきた。


「はいこれ。見方は分かるかしら?」


 ずいぶんと早い。多分事前に用意されていたのだろう。


「大丈夫です。ありがとうございます」


 礼を言ってカウンターを離れる。

 ギルドにはミーティングに使えるような机がいくつか用意されているので、そのうちのひとつに座る。

 依頼状は日本でいうA3くらいの厚手の紙で、この1枚に必要なことはすべて書かれてある。


「えーっと。レッドウルフ20匹の討伐。場所はパルミコ平原。期限は1週間」

「ずいぶん余裕のあるクエストね」

「僕らのために簡単なのを用意してくれたんだろうね」


 普通の冒険者なら、移動を含めて3~4日、倒す数も50匹くらいは要求される。

 準備や移動で手こずっても大丈夫なようにしてくれているんだろう。正式な冒険者でもない俺たちへの気遣いだと思う。

 言ってしまえば、チュートリアルクエストだ。


「簡単とはいえ、失敗すれば命に関わる。慎重に行こう」

「オーケー。レッドウルフなら戦った経験もあるし、問題は移動かしら」


 修行の一環で、魔物との実戦は経験している。レッドウルフは弱くて生息範囲が広いので、最初に戦う魔物に選ばれやすい。


「そうだね。王都を出ればパルミコ平原ではあるけれど、徒歩圏内に20匹も見つからないだろうね」

「そうね。馬車を手配して近くの村までいかないと」


 まずは近くの村まで移動して、そこから標的を探す。

 勇者と伯爵家の子どもなので、使用人にひとこと言えば馬車くらいは用意してくれるが、今回はそういった手配から自分たちでする必要がある。


「父上は馬車の用意に3日かかったらしい。そういう恥ずかしい事はしたくないな」


 これは母上に聞いた話だ。今では笑い話だが、当時は相当落ち込んだことだろう。


「3日?それは大変な苦労をなされたのね」

「世間知らずのお坊ちゃんだからな」


 俺の場合、前世の日本で社会人経験がある。当然事前に下調べをしている。


「馬車を用意する所も、レッドウルフの生息地も、滞在できそうな村も調べてある。今日移動して明日に狩り、明後日には戻ってくるぞ」

「アシュリーのくせに用意がいいじゃない。誰かの入れ知恵?」

「なんでそうなるんだよ。普通準備くらいするだろ」


 父上が不用意過ぎただけだ。


「さてはお前。何も考えてなかっただろ。来たらどうにかなると思ってなかったか?」

「うっ!」


 クレイアは顔を赤くして固まる。図星だったようだ。


「俺がいてよかったな」

「さぁ行きましょう!時間がもったいないわ!」


 ごまかした…。

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