第九話 呆れてものも言えないほどくだらない。
その戦争は、後の世で【一週間戦争】の名と共に吟遊詩人に広く謳われ、大いに大陸中に拡まった。
序節はこう謳われた。
『大いなる神を奉ずる国や。いざ神命なるぞ、剣を持て。
神威を背に受け列を成し。誅すは神敵、ユタの民。
おお、我等の神に誉れあれ。
大いなる神を奉ずる国や。いざ神命なるぞ、盾を持て。
神威を身に受け集いし雄よ。討つは神敵、ドロメオ軍。
おお、ユタ神の祝福あれ。
大地を埋むるドロメオの、軍靴の音や高らかに。
砦を護る公国の、銅鑼の音響く雌雄の地。
大いなる神の微笑みは。いずれの国に、
第二節には、スミエニス公国軍の砦に隣国の援軍が到着し、それが大いに活躍せしめた光景が謳われた。
『銅鑼の音高く、天を衝く。おおあれなるは、軍神ぞ。
ユタ神の微笑み
憐れ袖にすドロメオの、軍や兵共泣き叫ぶ。
ユタに
彼の者進むは兵の海。其を引き裂いて、突き進む。
軍神の駆る地に銅鑼の音響く。
公国やまさに息吹き返したり。』
そして第三節。
戦さの顛末が、そこに謳われる。
『おおあれを見よ、同胞よ。示す空には暗雲立たぬ。
否あれなるは、大群ぞ。蟲の魔物や、襲い来る。
増えに増えたり幾万の、魔物の群れや、襲い来る。
おおユタ神よ、祝福あれ。
砦に立ちぬ軍神や、声高らかに唱えたもう。
魔物よこれなるはユタの
ユタ神の加護は我等に有りと。
おお我が神よ、我等に加護を。
波に揉まれしドロメオの、祈りや叫びや虚しく響く。
魔物よあれなるはユタを
ユタ神の加護は失われたりと。
憐れドロメオの勇士らや。
憐れ彼の神の徒や。
魔物の波に、拐われぬ。』
開戦から一週間で決着が着いた、神皇国ドロメオとスミエニス公国の【一週間戦争】。
その
〜 神皇国ドロメオ ダンジョン【悠久の方舟】 〜
「おうおう、
「そのようですね、マスター。ですが芸がありませんね。」
「そうですねぇ。ただ闇雲に魔物を出しても、結果は同じだというのに……」
俺の目の前では、某無双系ゲームもかくやといった光景が繰り広げられている。
「トロい! 温い! 歯応えが無いのじゃあっ!!」
縦横無尽に駆け巡り、触れる者皆吹き飛ばし、殴り蹴り叩き伏せるシュラ。
「主殿のダンジョンに比べれば、悪辣さが足りぬのであるぞーッ!! それでも邪神の下僕であるかーッ!?」
背から翼を生やし、両手両足を部分的に龍化させて、空中の魔物を皆引き裂き、燃やし、叩き落とすグラス。
「シュラの姉御にグラスのお嬢。もうちぃっと、あっしに流してくれても構いやせんぜ? つーか流してくだせぇ! 暇でありやす!」
先頭を往く二人の取り溢しを、硬軟も有象無象の区別も無く斬り伏せ、退屈そうに歩くイチ。
うん。俺達の出番が無いよ。
そしてグラス、お前には後でOHANASHIがある。
現在俺たちは、ドロメオの国中で起こした
目的はドロメオの、メイデナ教会の力の根幹であるこのダンジョンを支配ないし消滅させ、徹底的に力を削ぎ落とし、今回ドロメオが起こした戦争に終止符を打つこと。
そしてこのダンジョンを使って北の大陸と結ばれていると思われる、侵攻の足掛かりとなる魔力パスの繋がりを切ること。
更に、万が一メイデナ教会が北の大陸に援軍を要請し、北の大陸の覇者である【アーセレムス大帝国】が手駒を送り込んできた場合は、それに対処すること。
これらを全て達成するために、こうしてこのダンジョンの攻略を進めているってわけ。
現在地は48階層。
七箇所ものダンジョンから押し寄せる魔物達は、ドロメオの首都である【神都サンタフォビエ】を包み込むように包囲して動きを封じていて、余剰の魔物は全てこのダンジョンに突っ込ませている。
魔物達に紛れて俺たちが進撃し、順次障害を取り除いているおかげで、俺たちの後ろから続々と俺の配下の魔物が追い付き、追い越して先へ進んで行く。
ソイツらが足止めを喰らった所に俺たちがまた突っ込み、障害を取り除いてまた先へ進む。
さっきからその繰り返しだ。
『マナカ様、アネモネ様。神都内部に未だ動きはありません。リーダー達によれば、メイデナ教会上層部では、表立っては未だ混乱が続いているとの事です。』
神都の上空に浮かべたままの船で、俺たちと、神都に潜伏したままのメイドリーダーたちの中継をしてくれているメイドからの報告を受け取る。
「中核内部の様子は判らないか? 法皇とか、枢機卿とかに動きは無いかな?」
『申し訳ございません。流石に中枢までは、歯が立たないとの事です。』
ふむ。まあしょうがないかな。
下手をすれば国の中枢よりも重要な所だろうし。
『それからマナカ様。たった今【聖堂騎士団】と思しき軍勢が、防衛線に投入されました。“鑑定眼鏡”と“望遠眼鏡”で確認しましたところ、
その言葉に、俺もダンジョンコア通信を使って現地の映像を確認する。
ふむ……? 確かに、特徴が聞いてた物と一致するな。
「分かった。少しそっちの時間稼ぎ用の魔物を厚くするよ。船の術具と魔石の魔力残量は問題無い?」
『術具は問題なく稼働しています。地上から察知されている様子は未だありません。魔力残量も、未だ七割は残っております。』
俺が離れている最中の船の制御は、複数の術具と魔力を貯めた魔石が担っている。
術具によって光学迷彩結界を張り、それをまた術具によって浮遊させているのだ。
動力の特大の魔石には、俺の魔力をしこたま込めておいた。
あとは術具をメイドたちが操るだけだ。
シンプルイズベスト。機能美は全てに勝るってな。
いや、様式美も好きだけどね?
いずれちゃんとした魔導戦艦を――――
「マスター、どうやら毛色の違う新手です。」
俺の妄想はアネモネの言葉によって打ち砕かれた。
いいもん。いつか絶対創るもん。
「分かった。それじゃみんな、大丈夫だとは思うけど一応注意しててね。何かあったら連絡よろしく。」
そう言って通信を切り、前方に集中する。
うむ?
なんというか……不格好だな?
現れたのは、甲冑を纏った人形達。
鑑定してみると、ウォーパペットと示される。
戦闘人形兵ってところかね。
手には大小様々な武器を持ち、広間一面を覆い尽くすほどの膨大な物量で待ち構えている。
そしてその甲冑には、一様にとある紋章が刻まれている。
「ライブラリで照合……メイデナ教会の
俺達を追い抜いて先走った魔物達が突貫する。
それを迎え撃ったのは盾を構えたパペット達。
魔物達を押し留め、すかさず周囲から武器を持ったパペット達が殺到し、物も言わずに滅多刺しにして殲滅した。
「この数は面倒だな。シュラ、イチ、グラス。魔法でやるから、一旦戻れ。」
俺たちは広間の入口のすぐ外に集まる。
一歩でも広間に入ればあっという間に攻め寄ってくるだろうパペット達を見据え、アネモネが火魔法を、アザミが風魔法と雷魔法を、そして俺は、広間全体を覆う巨大な結界魔法を唱え、発動する。
「【
「【雷轟】! 【風華繚乱】!」
「ほい、オマケ。【
パペット達は為す術もなく、地を這い具現化した溶岩流に飲み込まれ押し流され、荒れ狂う雷に消し炭にされ、乱れ舞う風の刃に細切れにされる。
そして広間の四方から収縮を始める俺の結界に徐々に中央に寄せられ、押し込まれ、押し潰され、圧縮される。
結界を解除してついでに溶岩も固めて退かすと、箒で寄せ集められたように、魔石や武具が広間の中央に山積していた。
「うぇぇぇ……! え、えげつない魔法であるぅ……ッ! 貴様殿、ちなみに今の結界って、どのくらい拡げられるのであるか?」
「ん? 本気で魔力込めたこと無いからなぁ。まあ、【
溜め息混じりに質問してきたグラスにそう答えると、何故か身体を震わせながら距離を取られる。
おい、なんでそんな引いてるんだよ?
「だ、ダメであるぞ!? 吾との手合わせでは、結界を攻撃に使うのは禁止であるからな!?」
「うむうむ。グラスよ、気持ちは良く解るのじゃ。」
「頭の結界魔法は、普通じゃありやせんからねぇ。」
うおい!?
シュラにイチまで、俺の結界魔法って一体どんな風に思われてんの!?
「マスター。そもそも結界を攻撃に用いるという発想は、この世界には在りません。防御に関しても、マスターほどの汎用性を持った結界使いは存在しませんよ。」
「非常に堅固で鋭い結界は、単純に脅威ですよね。アザミも結界魔法を使えるようになりたいものです。」
ええー?
こんなに便利なのに?
うん、ぶっちゃけ結界魔法って万能だと思うのよね。
盾にもなるし、剣にもなる。
壁にも足場にも乗り物にも出来るし、形も質もイメージ次第で自由自在だ。
もっと流行らせようよ、結界魔法。
「お、おお? どうやら、今のパペット群が階段の守護者だったようである。先へ進むのであるーッ!」
あ、くそ!
グラスめ、言いたいことだけ言って逃げやがったッ!?
54階層まで降りて来た。
順調に進み続け、シュラ、イチ、グラスの戦闘狂三人も存分に暴れられてホクホク顔である。
アネモネとアザミと俺は、面倒な敵の時だけ魔法で参加しただけだった。
そしてだいぶ奥へ来たなー、という所で。
「おい、おいおいおいおい? こりゃ一体どういう事だ? なんで
俺は、キレそうになっていた。
「レベルを
「それだけではなさそうじゃぞ? 奥に居る奴ばらめら、教会の中でも地位が高い連中ではないのかのう。」
「貴様らっ、何者か!? どうやってここまで辿り着いたッ!?」
俺達が堂々と姿を晒し話しているところに、眼前の集団から一際豪勢な甲冑を着込んだ男が、唾を飛ばしながら誰何してくる。
俺の【神眼】スキルでの鑑定と、アネモネの【叡智】スキルで確認するも、認めたくない事実が確定しただけだった。
この男、【聖堂騎士団】の団長である。
ざっとソイツらを【神眼】で精査して、称号や肩書きをチェックする。
うん、頭が痛くなりそうだ……!
【聖騎士】、【大司教】、【司教】、【高位巫女】…………!
うん。コイツら、早々に神都から逃げて来ていやがったんだな……!
大方ダンジョン領域を延ばして転移施設でも神都内に創ってたんだろうけど、まさか高官共が真っ先に首都を捨てるとか、有り得ねえだろッ!?
「聴いているのか貴様らッ!?」
喚き続けている男――聖堂騎士団団長サマに向き直る。
「なあ。今も神都は魔物に囲まれて、おたくらの部下や国の兵士達が頑張って抑えてるんだけど、ここで何やってんの?」
冷えきった声が喉を震わせる。
ホント何やってんのさ?
神都の民は? メイデナ教の信徒達は?
アンタらが護るべき人達が恐怖に震えているのに、なんでこんな所でワイワイくっちゃべってんの?
「決まっておろう! 我等は真なる唯一絶対の神、メイデナ神に選ばれし高潔な信徒なのだ! もし魔物共と戦ってこの身に万が一でもあれば一大事であろう! 敬虔なる下々の信徒が魔物共を押し返すまで、此処で偉大なる神に祈りを捧げておるのだッ!!」
……もういいや。
訊いた俺が馬鹿だったわ。
メイデナ教徒達も可哀想に。
トップがこんなだって知ってたら、こんな国さっさと出て行けたのにね。
「法皇や枢機卿は? ソイツらは更に下か?」
もういい。さっさとカタを着けよう。
騎士団長サマに問うが、俺がつまらないモノを見る目で観ているのが気に食わなかったようだ。
「きっさまあああッ!!! この聖騎士団長たる私の言葉を無視するどころか、法皇猊下や枢機卿猊下を呼び捨てるとは!!! 貴様らの素性など最早どうでも良いわ!! 者共、こ奴等は神に弓引く逆徒なるぞ!! 打ち滅ぼせいッ!!!」
ああ、どうでも良いよ。
所詮信徒も、人ですら人とも思っていないんだろう?
そんな奴らに名乗る価値も無い。
「みんな。」
俺の後ろでこちらも苛立ちを隠さない家族たちに、声を掛ける。
そりゃあね。
こんな奴らが仮にも一国を牛耳ってると思えば、腹も立つよね。
俺らは特に【名君】や【軍神】と仲が良いから、余計に。
「はい、マスター。」
「ご命令を、マナカ様。」
「主様よ、早よう。」
「へい、頭。」
「うむ、貴様殿。」
それを煩わせ、怒らせた相手が……こんな小物共だと?
舐めんのも大概にしろや。
「人として殺める価値も無い。虫を潰すように、雑草を引っこ抜くように、ただ踏み潰せ。法皇と枢機卿だけ生きてれば良いだろ。」
「「「「御意に。」」」」
本当に、くだらないよお前ら。
俺の悩みを返せや。
王様やマクレーンのおっさんの怒りを返せや。
ああ、早く。
俺の前から、消えてくれ。
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