第十六話 重大な認識のズレが起きている可能性が存在する。


〜 ダンジョン【惑わしの揺籃】 六合邸 〜



 S級ダンジョン攻略から3日。

 俺たちは、我が家に帰って来ていた。


 何故こんなにも急いで帰って来たかと言うと、今後の事を家族みんなと相談するためと、セリーヌたちの保護のためだ。


 セリーヌは、ダンジョンについての知識を全く持っていない。

 ただ迷宮と呼ばれ、危険と引き換えに数多の物を得られる場所という認識しか、持っていなかったのだ。


 そこで俺は一時的にという話でセリーヌに同意を貰い、ダンジョンマスターとして登録して俺のダンジョンとパスを繋いだ。

 そうして、まずセリーヌたちを連れ帰ったんだ。


 彼女と元近衛兵四人は、現在は俺の家と同じ空間に建てた【保護療養所】に身を寄せてもらっている。


 身の回りの世話は、過去に保護し社会復帰訓練を経て尚残留を希望した女性たちが、メイドとして担当している。

 アネモネが言うには、彼女たちは俺に仕えたいと話していたらしい。


 まあ俺としても家の事から施設の事から、今までは全部アネモネに任せていたワケで。

 その負担を考えると、施設を任せられる人手が増える事は良いんじゃないかなって感じで、了承したんだ。


 彼女たちもみんなアネモネが仕込んだおかげで、何処に出しても恥ずかしくない立派なメイドに成長したし。


 そうして転移で一時帰宅して、初日はセリーヌたちにダンジョンのことを説明するために費やした。


 住民を驚かせないように隠蔽魔法を掛けて、街を案内もしたよ。

 ダンジョンの中に出来た都市に、凄く驚いていたね。


 うん、良い顔してました。




 2日目。


 転移で再び【終焉の逆塔リバースバベル】に戻って、一方通行の転移陣を設置。

 最深部から第1階層入口付近に戻り、冒険者ギルド本部へと報告に行った。


 入口を護る兵隊達には簡単に、魔物達を深層を越えた辺りまで討滅したから、魔物の氾濫スタンピードはもう起きないと説明し、本部への先駆けと馬車を用意してもらって、事態の重大さに反してコッソリと凱旋したのだ。


 そしてすぐさまゲルド本部長の執務室に通され、滞在していたドルチェを交え、遮音の術具を使用しての報告会と相成った。


 ダンジョンの階層数が、全77階層だったこと。


 深層の70階層辺りまでは魔物をほぼ殲滅したから、スタンピードは起きようがないこと。


 更にダンマス――迷宮の主は不在だったため、俺の力で迷宮を支配したから、今後もスタンピードを心配する必要は無いこと。


 俺はこれらを、質問を受けつつ報告した。


 うん、嘘は一切言ってないよ。

 ただ伝えてないだけです。


 そしてわざわざ俺が支配した事を伝えたのは、ダンジョンの探索はまだしも、踏破をさせないためだ。


 俺自身の立場は【ユーフェミア王国と同盟を結んだ迷宮の主】であり、それは諸外国にも通達されている。

 非公式とはいえ、冒険者ギルド本部長として俺のこの報告を受けた以上は、本格的な攻略は、断念せざるを得ないだろう。


 下手をすれば、ユーフェミア王国をも敵に回しかねないからね。


 魔物の種類はどうだったか。

 罠の傾向は。

 階層主の情報は。


 それらも訊ねられたが、色々居た、と魔族のことは伏せて暈して伝えた。

 今度構成を弄って、魔族への偏りは調整するつもりだ。


 まあ最低限、10階層毎に階層主が居る事と、今後は安定するから50階層までなら冒険者を入れても良いんじゃないかって事は、伝えておいた。


 適正ランクは、Bランク上位から、Aランクくらいかな。

 変に人を入れずに監視されてると、逆に色々やり難いからね。


 それから俺は改めて二人に、守秘義務の徹底をする事と、あるお願いをしておいた。

 今回の報酬は、金銭とそれだけで良いとも伝えた。


 うん、金はもちろん貰うよ。

 仕事を遂行したっていう、それがケジメだから。


 お願いは二つ。


 一つは『ギルドの秘匿部隊』としての証明証を用意し、それを渡された俺や他の対象者への保護・便宜を各支部に周知徹底する事。


 俺のこれからやりたい事のためには、どうしても高ランクの冒険者としての立場か、ギルドに信頼された者という肩書きが必要になってくるからね。

 ランクは上げたくない俺からすれば、今回ゲルド本部長が『ギルドの秘匿部隊』って立ち位置を示してくれたのは、正に渡りに船だったワケだ。


 そしてもう一つのお願いは、似たようなスタンピードの兆候を示した迷宮が無いかの調査を行なう事と、その対処を俺に任せる事だ。


 表向きは、俺が支配する迷宮が増えれば俺の活動がし易いという事と、ギルドとしても貴重な高位冒険者を失うリスクを減らせるという利点を示して、納得させた。


 真の狙いは、もちろん残る魔族達の保護のためだ。


 北の大陸での戦乱から転移によって、この大陸の複数の迷宮に避難した魔族達。

 彼らをセリーヌの下に集結させて、今後どうしていくかを決めさせてやりたい。


 一般市民がほとんどだろうから、ダンジョンに着いていても、セリーヌでさえ知らなかったダンジョンのアレコレを把握し何かをするのは、不可能だろう。

 即座に何かしらの問題は起きない、起きるまで時間が掛かる筈だ。


 その時間を使って、ギルドには俺が言った準備をしてもらいたい。


 去り際、ゲルド本部長は。


『何か有れば相談せい。ワシの力が及ぶ範囲で、助力しよう。』


 と、言ってくれた。

 俺は、それには答えずに希望を伝えた。


『俺の事より、アンタの味方を増やしてくれ。アンタのやり方は、手練手管はともかく、直接的で猪突猛進過ぎる。現状ではアンタの足を引っ張る輩が多過ぎるせいだろうけど。組織を浄化して、冒険者とは何なのか、それを支えるギルドとは何なのか、もう一度見直してほしい。』


 大陸一の組織だから簡単にはいかないだろうけど、俺としては協力し、されるんだから、できるだけクリーンに振る舞ってもらいたい。

 まあ、デカくなればなるほど、動きが鈍かったり腐敗が出るのは、異世界でも一緒だろうけどね。


 最低限、持ちつ持たれつでいこうや。


 そして、本部前まで見送りに来てくれたドルチェにも。


『こういうのは、もうこれっきりにしよう。アンタと本部長の過去にも興味は有るけど、俺は今を生き抜くのに必死なんだ。頼み事があるならちゃんと聴くから、アンタを信じたコリーちゃんの顔だけは、潰さないでくれ。』


 俺だけならまだ良いんだ。

 でも、俺にだって、背負ってるモンが有るんだからな。


『ええ、本当にごめんなさい。そして、ありがとう。失った信用は頑張って協力して取り返すわ。それから……ゲルドを諌めてくれて、忠告してくれて、それもありがとう。』


 喰えない女。

 ドルチェを言い表すなら、この一言に尽きるだろう。

 そして、現実的だ。


 彼女には、明確な順位という物が在る気がする。


 今回俺は、ほぼ一方的に嵌められた形になる。

 仲間たちの怒りも、至極当然だろう。


 でも、俺たちの側からはそうだろうけど、彼女の立場からはどうだろう?


 俺に護りたい物が有るように、彼女にも、少なからずそういった物、人が有ることだろう。


 彼女からしてみれば、俺は知り合いに押し付けられた厄介者で、都合良く力を持ち、且つ世間知らずの甘ちゃんで。

 そんな俺の重要度は、王国の盟友という立場はともかくとして、順位としては極めて低かったんじゃないかな。


 勝手に情報を漏らしたのは未だに納得いかないけど、大勢の命が懸かった案件でもあった訳だし、最悪俺の離反を招いたとしても、まあ分の悪い賭けでは無いという判断だったんだろう。

 俺のお人好しな性格は見抜かれてたし。


 彼女の不義理ももちろん有るが、俺が価値を示せていなかったってのも、今回の件での反省点だな。


『今度はドルチェの奢りで、王都の美味い店を紹介してくれ。』


 彼女に関しては、もう大丈夫だと思う。

 今回の件でそれなりに俺の価値は示せただろうし、何よりも、彼女が抱いていた人を試すような雰囲気が、もう解けているから。


『あら、女性に払わせるの? 紹介だけじゃダメかしら?』


『バリバリに働いて稼いでるヤツが何言ってんだ。これも、ギブ&テイクだよ。俺は男女平等主義だからな。……本当に送らなくて良いのか?』


『ええ、まだやる事があるから此処で一旦お別れよ。…………ねえ?』


『ん?』


『アナタを侮った事や騙した事、本当にごめんなさい。お仲間にも、よろしくね。』


『……ああ。またな。』


 そうして、俺はパラーノの街を後にした。




 そして3日目――今日だ。


 俺は何故、正座させられているのだろう?

 今後の事を話し合うのではなかったのだろうか?


「お話はアザミとシュラから伺いました。マスター、あれほど申し上げましたのに、また女性を泣かせましたね?」


 いや、あの、その……アザミさん!? シュラさん!?

 報告に悪意が有りませんかね!?

 今回は俺、何も悪いコトしてないよね!?


「事実なのじゃ。」


「マナカ様、申し訳ありません。」


 いや二人とも目ぇ逸らしてんじゃん!?

 俺、どっちかと言えば良い事してなかったかな!?


 そうして攻撃お説教で針のむしろになっていた俺の耳に、廊下をこちらに向かって来る足音が聴こえた。


 ちょ……まさか……?


 リビングのドアが勢いよく開かれる。


「話は聴かせてもらったぞ、マナカっ! また女性をたぶらかしてきたそうだな!? この節操無しめッ!!」


「マナカ殿! どういうことですかっ!?」


 うわああんっ! 余計に話がこじれていくよおおおッ!!?

 っていうかフリオールもレティシアも、仕事はどーした!?


「これが、異世界チートハーレムもの……略してチーレムなんですね……!」


 セリーヌ!?

 ちょっ! 現代っ子ぶってないで、擁護してくださいお願いしますッ!?


「甘いよセリーヌちゃん。街に行けば、まだまだお兄ちゃんのこと好きな人がいっぱいだからね!」


 ちょ、マナエさん!?

 それだと俺が本当に節操無しみたいじゃないか!?


「そ、そうなんですか!? マナカさん……凄い……っ!」


 うん、言語翻訳の術具は調子良さそうだな……ってだから!!

 セリーヌ否定を! 弁護をしてくれッ!!


「(私じゃあ……相手してくれないかな……? でもお互い長命種だし、今は無理でもいずれ……)」


 ん? セリーヌ、今なんか言ったか?

 ボソボソ声じゃ上手く聴こえないんだけど?


「マスター! 聴いているんですか!?」


「マナカ! さあ吐け! 一体今度は何をやらかした!? こんな少女に一体何をしたッ!?」


「マナカ殿、答えてくださいっ!!」


「ああもう! だから誤解だ!! 俺は悪くないんだ!! イチさん助けてええええッ!!??」


 頼むよ!

 なんとかみんなを落ち着かせてくれえ!!


「すいやせん、頭。森の巡回の時間ですんで、あっしはこれで。」


 そう言って、リビングから出て行くイチ。その頬には、明らかに冷や汗が流れていた。廊下を去って行く足音も、とても早いものでした。

 うん。ヤロウ、逃げやがった。


「は、薄情者おおおおおおおおおッッ!!??」


「マスター!」


「マナカ!!」


「マナカ殿っ!!」



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