第十五話 父から、娘へ。
〜 ドラゴニス帝国 ダンジョン【
《勇者が、現れたのです。》
セリーヌ姫がポツリと言った言葉に、場が凍りつく。
彼女の配下の魔族たちは一様に悔し気に俯いており、俺が念話で通訳したアザミとシュラは、なんぞそれ? といった感じでセリーヌ姫を見詰めている。
そして俺は、勇者という存在について、考えを巡らせていた。
勇者とは、単に勇気ある者、英雄としての称号のように扱われることもあるだろう。
しかしここは、剣と魔法のファンタジー世界。
では、ファンタジーに於ける勇者の定番とは?
それ
俺は“転生”か“転移”かどちらかは知らないが、その勇者とやらが俺やセリーヌ姫のような異世界人である可能性を、危惧していた。
ラノベや漫画なんかでは異世界に勇者として転移召喚されたり、転生者として幼い頃から頭角を現して、祭り上げられたりして勇者という存在になる。
そういうヤツらは、だいたいチートだよな。
反則的なスキルや魔法を操って、「俺TUEEEE」とか「え、俺の魔法っておかしい?」とか言いながら無双したりするんだ。
なんてヤバい連中なんだ!
そんな推定ヤバい奴もとい勇者が、セリーヌ姫の暮らす国に現れたと言う。
《現れた勇者は、私の父上である魔王クシュリナスの治める我が祖国、【魔王国オラトリア】に軍を率いて攻め入って来ました。》
軍も居るのか。
ということは、少なくとも国がスポンサーに付いているって事だな。
《宣戦布告は? どんな声明を出してきたんだ?》
俺は動機が気になり、訊ねてみた。
しかしセリーヌ姫は、沈痛な面持ち(幼女の容姿でやられると非常に心にクルのだが……)で首を横に振り、言葉を継ぐ。
《詳しい要求や大義は何も。ただひとつ、『人間に仇なす魔族や亜人は滅ぶべし』と。》
なんだよそれ!?
理由にも言い訳にもなっていないじゃないか!
《その勇者を擁している国って……》
《【アーセレムス大帝国】。人間至上主義を掲げる、私達の大陸の覇者です。西から版図を拡大していて常に戦線を抱えているような、強大な国です。敵軍の軍旗を紋章官が照合して、特定しました。》
最悪じゃねーか。
俺達が今居るドラゴニス帝国も覇は唱えているけど、良い意味での実力主義だと聞いている。能力さえ有れば、エルフや獣人などの亜人でものし上がれる仕組みを敷いているらしい。
しかしそのアーセレムス大帝国とやらは、人間以外は認めないのだと言う。
《曰く、『亜人や魔族は邪神の眷属であり、正当なる神の子は人間だけ。人間こそが最も祝福された種であり、それ以外は皆下等な獣と同じ』とのことです。そんな国が支配圏を拡大していることから、我が魔王国は、獣人の国とドワーフの国と同盟を結び連合を結成しました。それが、私が産まれた年の事です。》
《それが、大陸の東側ってことか?》
残念ながら彼女達は地図を持っていなかったため、朧気ながら頭の中に地図を描く。
《はい。我が魔王国を盟主として、東に2国を背負った形になります。国の位置も我が国が最も西寄りでしたし、国の規模も力も、三国では随一でしたから。》
そして数週間前。
突如宣戦布告も交渉も無く、国境が破られたのだという。
セリーヌ姫の父である魔王が治める魔王国オラトリアは、同盟国の支援や援軍を受けながら徹底抗戦したそうだ。
そりゃあそうだろう。
ハナっから亜人や魔族の人権を認めていない国が相手なんだ。負けたら悲惨な事になるのは、目に見えていただろうからね。
そうしてどうにか戦線を維持していた所に、楔が打ち込まれた。
そう、勇者だ。
《勇者個人の武力も凄まじかったですが、あの男が直接指揮を執る軍の強さは、常軌を逸していました。鑑定士によれば、レベルもステータスも他とそう変わらないにも関わらず、です。》
《勇者の固有スキルか……?》
《その可能性が高いです。恐らくですが、自身の指揮下に在る者達の戦闘力を底上げするようなスキルなのでしょう。その影響下に居たと思われる軍は……大隊規模です。》
とんでもねえな……!
大隊規模の人員に一斉にバフを付与とか、ぶっ壊れにも程があるだろう。
更に勇者個人もべらぼうに強いって話だ。
そんなの、対処のしようがないんじゃないか……?
《勇者の軍によって、前線は崩壊。そして遂に、魔王城の在る王都まで攻め寄って来たのです。父上は四天王の皆さんに一旦指揮を預け、私を抱え城の地下深くへと潜りました。彼ら、近衛の若い兵も連れて。そして私の知らない隔離された部屋へと入り、私を彼らに預けて、こう仰ったのです。》
――――
なるほどね。
魔王は、やはり娘と未来ある若者を救うためにここに逃がしたようだ。
《これが、私達が此処に居る事情です。正直何が何やらといった状態でして。マナカさんが仰った、スタンピード? というモノにも、心当たりは無いんです。》
ふむふむ。ということは、彼女は未だこのダンジョンのマスターとして認識されてない可能性があるな。
《ここに来てから、
大体の事情は解った。
それじゃあ、話を進めようか。
《はい。今はあちらの玉座の裏に、安置してあります。》
観てもいいか訊ねると、彼女は快く了承してくれた。
俺達は席を立って、玉座へと向かう。
そして豪奢な玉座の裏に回ると、俺にとっては非常に馴染み深い
《解析してもいいかな?》
俺は横に居るセリーヌ姫に確認を取るが、彼女はこれが何なのか理解していないようで興味深げに頷きを返した。
俺はそれを確認してから、ダンジョンコアに【神眼】スキルを使用して、鑑定する。
ダンジョンコアの詳細が、ステータスのように目の前に浮かぶ。
個体名:【第127番ダンジョンコア:グーエランデ】
マスター:【該当者無し】
代理マスター:【セリーヌ・リエルメン・オラトリア】
ダンジョン名:【
所有階層:【77階層】
魔力パス:【該当無し】
回線パス:【該当無し】
状態:【
これは…………ッ!
《……セリーヌ姫……いや、セリーヌ。》
俺はダンジョンコアからセリーヌへと視線を動かし、呼び掛ける。
《どうしたのですか……?》
彼女は不安そうに俺を見てくる。
俺はこれから、とても残酷な真実を、彼女に伝えなければならない。
その重責に、口が重くなる。
だけど、これはどうしても伝えなければならない、大事な事だ。
《先に謝っておく。済まない。決して悪意が有って話す訳じゃないことを、まず理解してほしい。》
彼女は聡明な人だ。
たとえ8歳の子供だとしても、彼女には前世で生きた経験も有るし、今世でも王の娘として、大変な重責を担ってきただろう。
そしてそんな聡明な彼女だからこそ、俺の態度で深刻な何かを予見してしまい、その身を強ばらせている。
《君のお父上は……既に亡くなっている。魔王国オラトリアは、勇者の手に墜ちた。》
ダンジョンコアは、契約したマスターとの間にパスを繋ぐ。
離れた場所に居ても常に繋がっていて、マスターの所在地を(座標でだけど)確認できるのだ。
それが、魔力パス。
更に俺の場合で言うと、【狼牙王国】や【死出の回廊】などの“被支配ダンジョン”のコアは、それを支配するダンジョンのコアともパスを繋ぐことになる。それを介して、
それを、回線パスと云う。
そのどちらも、【該当無し】の表示。
極め付けに、ダンジョンマスターも……【該当者無し】。
《…………根拠を、教えてください。》
震える声で、しゃがんだ俺の顔を見据えるセリーヌ。
小さな身体で、震える脚で、気丈にも真っ直ぐに立ち続けている。
《この
俺に言われた通りにコアに手を
その顔は血の気を失い、魔力も乱れに乱れてしまっている。
『……代理マスターの魔力注入を確認。
頭に直接響くような音声。
中性的で抑揚も無いのは、どのコアも一緒だ。
その声に驚いて、俺を見上げるセリーヌ。
俺は彼女の翳した手に自分の手を重ねて、口を開く。
《代理マスターに代わって質問する。お前は、第127番ダンジョンコア、グーエランデで間違いないな?》
セリーヌにも理解出来るように、丁寧に、順を追って質問していく。
『肯定。私は個体名:第127番ダンジョンコア、グーエランデです。他のダンジョンマスターである、個体名:マナカ・リクゴウ様。』
粛々と回答するダンジョンコア。
セリーヌは顔に浮かべていた戸惑いを消し去り、睨むようにダンジョンコアを見詰め始めた。
《お前は、別の大陸のダンジョン――魔王国オラトリアの王都とパスが繋がっていた筈だ。それはどうした?》
『肯定、否定。魔王国オラトリアのダンジョン【魔法都市オラトリア】に、当ダンジョンは隷属状態にありました。しかし現在は該当ダンジョンのダンジョンコアが機能を消失したため、ダンジョンマスターの事前命令によりパスを破棄しています。』
《お前のダンジョンマスターは、魔王国オラトリアの王、クシュリナスか?》
『肯定、一部否定。私にマスター登録をしたのは、先々代マスターの、個体名:【ソルジャン・ディロイ・オラトリア】です。先代マスターである、個体名:【クシュリナス・ディロイ・オラトリア】は、先々代よりダンジョンコアのマスター権限を継承した人物です。そして現在、私に登録されたマスターは存在しません。』
それを聴いた瞬間、セリーヌの手が痙攣するように震える。
俺は痛くないよう優しく力を込めて、握ってやる。
《お前と魔力パスを繋いだダンジョンマスターの所在は?》
『否定。先代マスターの魔力パスがこの地上から消失してより現在、私と接続されている魔力波長は有りません。』
《そうか、分かった。》
セリーヌの手をそっとコアから離し、その震える身体を抱き寄せて、両腕で優しく包み込む。
《最後の質問だ。さっきお前は、支配元とのパスを命令で破棄したと言ったな? その命令を下したのは、先代マスターの魔王クシュリナスか?》
俺の腕の中で、小さな身体がより一層強張り、震える。
『肯定。先代マスターより、複数の命令を受諾しています。内容を開示します。
命令①【転移装置により転移して来た者、個体名:セリーヌ・リエルメン・オラトリアを代理マスターとして登録し、防衛を強化して守護すること】。
命令②【魔法都市オラトリアのダンジョンコアが機能を消失した場合、即座にパスを破棄し、自動防衛を行うこと】。
命令③【代理マスターが充分に成長した場合
命令④【代理マスターが希望した場合若しくは、代理マスターが満14歳を迎えた場合、己からの
以上が、先代マスターより下された命令の内容です。』
スラスラと台本のように読み上げ、沈黙するダンジョンコア。
重苦しい空気が、玉座の周囲を支配する。
《――――して。》
俺の腕の中で震えていたセリーヌが、ポツリと言葉を漏らす。
『代理マスター、命令が上手く届いておりません。もう一度命令をお願いします。』
今のは、命令だったのか?
ダンジョンコアの聞き返す声が、頭の中に響いている。
《四つ目の命令を、希望します。父上……お父様のメッセージを、開示してくださいっ!》
セリーヌは。
俺の胸に頭を押し当てたまま。
俺の服を強く握り締めたままで、そう叫ぶ。
『命令を確認しました。先代マスターよりの命令を実行、メッセージを開示します。』
そうダンジョンコアが宣言した途端、宙に四角いウィンドウが浮かび上がる。
俺は即座に理解して、腕の中のセリーヌを抱き上げ、顔を上げさせる。
これは、ビデオメッセージだ。
『セリーヌよ。恐ろしい思いをさせてしまい、本当にすまない。』
顔を上げさせられたセリーヌは、目にした映像を食い入るように見詰め、ポツリと。
《お父様…………!》
ウィンドウに映し出された人物は、人間で言えば30代半ばくらいの見た目で、セリーヌと同じ黒い髪に、紅い瞳をしていた。
彼が北の大陸で魔族達を統べていた、魔王クシュリナスか。
セリーヌの瞳から零れ落ちた涙が、頬を伝って俺の服を濡らす。
『これを観ているという事は、我が魔王国オラトリアは、帝国の手に墜ちたという事だろう。満足に説明も出来ぬままにお前を送り出したこと、本当に申し訳無く思っている。』
その風貌は王としての威厳に溢れ、しかし同時に、親としての温かみも感じさせる。
『父より受け継いだダンジョンマスターという力。私は如何に使役するか悩んでいた。悩み続けていた。丁度お前を授かり、大帝国が一気に版図を拡げるべく動き出した頃の話だ。
ダンジョンの権能を以てして防衛を図ろうにも、護るべき民はそのダンジョンに居る。都市から民を逃がそうにも、他の都市も同盟国も流民や難民で溢れ返っている。
そこで私は父より受け継いだ、他の複数のダンジョンを利用することに決めたのだ。』
魔王クシュリナスの顔は、苦悶と後悔を浮かべている。
もっと何か、もっと上手く出来たのでは、と。
為政者としての苦悩を、その肩に懸かった重責を噛み締めるように。
『このような事態を予見していたのだろう。父は、南方に在るとされる大陸の、複数のダンジョンを支配下に治めていたのだ。あの放蕩癖は、全てそのためだったのだろう。
私は都市の四方に転移の陣を張り、民を逃すための施設を創り上げた。そして城の地下には、お前を逃すための物を。
父は、支配したダンジョンを難攻不落に育て上げていた。まあ、幾らかは趣味だとは思うがな。それらのダンジョンに、お前を、民達を、分散させて避難させることにしたのだ。
そしてそれぞれのダンジョンコアに、我が首都のダンジョンコアが破壊された時には、その繋がりを破棄せよと命じた。これは首都陥落後に万が一にも、お前達を追わせないためだ。』
涙をポロポロと止めどなく流しながら、セリーヌは父親の最期の言葉を受け止め続けている。
魔族達を逃したダンジョンの名前も、四つ伝えられた。
俺はその名前を、心に刻み付ける。
魔王クシュリナスは言葉を続ける。
『良いか、愛しい娘よ。セリーヌ・リエルメン・オラトリアよ。
力を蓄えよ。
鍛練し、研鑽し、練磨し、王として成長せよ。
何者にも屈さぬよう強くなり、いつの日か各地のダンジョンに赴き同胞をまとめよ。
善き者と出会え。
手を取り合い、力を与え合い、共に歩める強き者を求めよ。
強く気高き
これは魔王国オラトリアに君臨する魔王、クシュリナス・ディロイ・オラトリアからの、王女であるお前への、最期の命令である。』
重い。8歳の子供に背負わせるには、あまりにも重過ぎる。
この子は、これからそんな重責を背負って、生きていかないといけないのか?
俺は歯を食い縛った。
そうしていないと、俺の口からどうしようもない言葉が、セリーヌを傷付ける言葉が、出てしまいそうだったから。
しかし、クシュリナスの言葉はまだ続いていた。
『最期に。これは、父であるただのクシュリナスからの、ただの娘であるセリーヌへの言葉だ。
セリーヌよ。亡き国の事など、背負わなくとも良い。
国を護れず死んだ愚王の命令など、聞く必要はない。
ただ、壮健であれ。
脅かされない程度の強さを得たのなら、外の世界を観て回るが良い。
親しき友と出逢い、愛しき者と
なあに。民達の事は、お前と共に行く近衛の若衆に任せておけば良い。
近衛でも陣地設営の手管は鍛えられているのだし、村の開拓には困るまい。
亡き国の事は忘れ、新しき地で、血を繋いでゆけば良い。
そして稀に、お前の誕生した日にでも、私や妻の事を思い出してくれれば良い。』
慈愛に満ちた声。
先程までの王としての厳しさは鳴りを潜め、ただただ娘を愛する心が、溢れ出していた。
セリーヌは、堪らずに顔を俯かせている。
涙の勢いは一層増し、顔を真っ赤にして身体を震わせている。
でも、声は上げない。
父の最期の言葉を一言たりとも聞き逃すまい、と。
『ではなセリーヌよ。私は、先に逝く。
だが悲しむことは無い。
私は妻と……お前の母上と共に、天よりいつまでもお前を見守っている。
自由に生きよ。
羽ばたいて見せよ。
私達に、幸せなお前の顔を、いつか見せてみよ。
さらばだ、セリーヌ。
我が愛しい娘よ。
父はいつまでも、お前を愛しているぞ。』
…………映像が、消える。
『メッセージの再生が終了しました。』
ダンジョンコアの無機質な声が、俺達の頭に響いた。
後に残ったのは、悲しみに暮れる若き近衛達の嗚咽と。
俺の腕の中で、歯を食い縛って呻き声を漏らす、セリーヌの震え。
《セリーヌ、泣け。今は、思い切り泣いて良い。俺が傍に居てやるから。》
そっと。
割れ物を包むように、セリーヌを抱き締める。
《うっ……ううっ…………おと、おとうさまああぁぁ…………!》
抱き締めた背中を擦り、フワフワのボブヘアーを優しく撫でる。
《あぁ……ぅぁぁあああああ!! おとうさまっ!! おとうさまあああああああぁぁッ……!!!》
在るべき主を失った玉座の間に、国と親を失った少女の慟哭が、響き渡り、木霊した。
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