第十二話 受付嬢にはスルースキルも必須らしい。
〜 領都ブリンクス 冒険者ギルド ブリンクス支部 〜
俺の目の前には、蛇に睨まれた蛙……もとい、怯えた冒険者ギルドの受付嬢【フィーア】さんが、顔を真っ青にして座っている。
「そんなに怯えなくてもよくない? まあ確かに? まだ冒険者にもなってない一般人である俺達が、柄の悪い冒険者に絡まれているにも関わらず、助けを求めて投げ掛けた視線を思いっきり逸らされた事には、思う所がございますけども?」
一般人との折衝をするのが、ギルド職員なんじゃないのかな? と、若干(?)の嫌味が篭ってしまうのは、致し方ないだろう。
「ももっ、ももも申し訳ございませんッッッ!!??」
おいおい、そんな涙目で懇願するように頭を下げられちゃうと、俺が悪者みたいじゃないか。
「主様よ、いたいけな
むう、それを真っ先にキレかかってた奴が言うのかよ。アザミもフンフン頷いてんじゃないよ。
「はぁ……悪かった。別に気にしてないから、楽にしてくれよ。さっきも言ったけど、俺達は冒険者登録に来ただけなんだから。」
「と、登録……ですか……?」
うん? なんでそんな不思議そうな顔すんのさ?
「なに? 登録するのに、なんか必要な資格とかあんの?」
もしや見落としがあって、俺達では登録できない何かが有ると言うのだろうか?
「い、いえ! み、皆さん、とてもお強く見受けられますので……態々これから冒険者に成られるというのが……」
ああ、なるほど。元々強いなら冒険者じゃなくても食い扶持は有るだろうって話ね。
「いや、さっきも聴こえてたと思うけど、俺達は迷宮に用が有るんだよ。軍とか騎士に興味は無い。だから、冒険者登録して、さっさとDランクに上がりたいんだ。」
本当に簡単に、登録したい訳を話す。
「そそ、そうなんでしゅ、ですか……そ、それでは、新規登録の前に、こ、こちらの、しし申請用紙に、ご、ご記入をお願いしましゅ!」
顔を真っ赤にして涙目で、ワタワタと3人分の登録申請の紙を差し出してくる。
差し出された紙には……なになに? 名前、年齢、職業、出身地を書く欄が設けられているね。
「これって、全部書かないとダメなの?」
名前や年齢ならともかく、職業や出身地を聞かれても困る。
職業はダンジョンマスターだし、出身地なんて人類の禁忌の地、【惑わしの森】ですからね!
「い、いえ。飽くまでこれは参考ですので、お、お名前だけでも構いません!」
なるほどね。それじゃ、名前を【マナカ】、年齢を【20】っと。
うん、固有スキル【全言語翻訳】が有って良かった。日本語で書いたつもりが、自動的にこの世界の言葉になってるよ。
ついでに、アザミとシュラの申請書も一緒に書いてしまう。
「はい。これで良いかな?」
「あ、ありがとうございます。そ、それでは登録料として、お一人様につき銀貨5枚を頂戴致します。」
ふむ、3人で銀貨15枚か。事前情報通りだね。
前もって用意しておいた皮袋の財布から、小金貨を1枚、銀貨を5枚取り出してカウンターに置く。
もちろん
ちなみに両替レートはこちら。
・銅貨100枚=小銀貨10枚=銀貨1枚
・銀貨100枚=小金貨10枚=金貨1枚
・金貨1000枚=大金貨10枚=白金貨1枚
・白金貨100枚=虹貨1枚
こんな感じだね。
屋台の串焼きが1本銅貨5枚だったことから、銀貨5枚ってのは中々な値段だと言えるな。
まあ、ギルドに登録すれば仕事の斡旋から情報まで、かなりのサポートが受けられるんだから、初期投資としては妥当なところかな。
「はい。た、確かに頂戴致します。それでは、こちらの術具におひとり様ずつ手を翳して、魔力を込めてください。」
ようやく口調がまともになったフィーアさんが、ステータスを読み込み、ギルドカードに書き込むための術具をカウンターに乗せ、まっさらな板のようなカードをセットする。
「それじゃ、俺からね。」
俺固有の干渉魔法【
うーん、なんだろうか。
シュイーンガリガリって……アレだ、PCのハードディスクみたいな音を出して、淡く発光している。
「ステータスを確認させていただきますね。お名前がマナカさん、年齢が20歳……わたしと同い歳ですね。それから……れ、レベル61っ!!??」
ガタリと椅子を倒して立ち上がるフィーアさん。
うん、ホントは0歳なんだけどね。
Lv61って、そんなに高いんだろうか?
周りを見回すと、フィーアさんの叫び声が聴こえたのか、いくらかの冒険者達がこっちを見てどよめいている。
おい、守秘義務仕事しろ。
「あのさ、ヒトのステータスを大声で叫ぶのはどうなの?」
「あ、あ!? す、すみませんっ!! つい驚いてしまって……!」
Lv61はどうやら相当高いらしいな。
お、そうこう言っている内に術具が音を停めた。
「す、すみませんでした! こちらが、マナカさんのギルドカードです。内容をご確認ください。」
差し出された硬質の素材で出来たカードを手に取り、表記を確認する。
ランク:【H】 名前:【マナカ】 性別:【男】
種族:【人間】年齢:【20】 レベル:【61】
性向:【31】 職業:【魔闘士】
登録ギルド:【ユーフェミア王国ブリンクス支部】
受注依頼:【無し】
なるほど、こんな風に表示されるわけね。
職業は、ステータスとスキルの傾向から、既存の職業に振り分けられるらしい(メイソンさん談)。
「うん、問題無いね。それじゃ、あとの2人のもよろしく。」
「は、はい。どうぞ、こちらへ。」
アザミとシュラも同様に術具に手を翳し、無事にギルドカードの登録が完了した。
ちなみに2人の職業は、アザミが【魔法戦士】で、シュラが【狂戦士】だ。
うん、物凄く納得したよね。特にシュラさん。
そしてステータス偽造の狙い通り、2人は獣人族と鬼人族として登録されている。
「これでギルドカードの登録は終了しました。続けて、カードや依頼についての説明をしますが、お時間は大丈夫ですか?」
大事な事柄も有るかもだし、ここは素直に聞いとくかな。
「うん、よろしく頼むよ。」
すると、フィーアさんはあからさまにホッとした様子で、初めて自然な笑顔になった。
「なに? 説明聞かない奴とか居るの?」
思わず気になり訊ねると、彼女は笑顔を苦笑へと変えて、話し始めた。
「ええ、実はそうなんです。これから説明することには、依頼不実行によるカードの失効についてや、違約金制度のこと、カード紛失の際の対応などが含まれるのですが……登録できたことで安心するのか、説明を断って行く方が多いんです。そしてそういう方に限って、聞いてないだの、話が違うだのと、問題が起きた時に文句を言って来るんですよね……」
良くある話だわな。
前世でも居たなぁ。
取説読まずに滅茶苦茶な操作して製品壊して、文句言ってる奴とか。契約書をちゃんと読まずに後から後悔する奴とか。
「ご苦労さんだねぇ。まあ、そんな奴のためにチラホラ強いのが配置されてるんでしょ?」
例えばテーブル席の隅の一角。
槍を傍らに置いた、佇まいの静かな痩せた男が、水の入ったコップだけをテーブルに置いて腕を組んでいる。
例えば2階の手摺に凭れ掛かったやる気の無さそうな偉丈夫。
ボーッと1階を眺めているように見えるが、その目付きだけが鋭く、隙が無い。
「……凄いですね。初めて来られて見破られた方は、わたしの知る限りマナカさんが初です。ご察しの通り、トラブルの際には彼らが対処することになっています。」
やっぱりそういうことなのね。
さっきの騒ぎで介入しなかったのは、俺達の実力を見抜いていたか、あの3人組に思う所が有って問題の既成事実が欲しかったとかかな。
「まあ、問題さえ無ければ良いわけだ。スッキリしたところで、説明をお願いできるかな?」
「はい。それでは説明いたしますね。」
それからフィーアさんに、冒険者稼業をする上での諸注意を教えて貰った。
・ギルドカードの偽造は不可能。未遂であっても発覚した場合は、犯罪奴隷となるか、最悪は死罪。
・カード紛失時は、速やかに最寄りのギルドに届け出ること。再発行には小金貨2枚が手数料となる。
・依頼の不実行期間が一定期間経つと、ギルドカードは効力を失効する。登録も抹消となり、再登録には金貨1枚が必要となる。
・失効猶予期間はランク毎に定められており、ランクが上がる毎に期間も長くなる(初期のHランクは1ヶ月)。これは、高ランクになるほど依頼の難易度が上がり、準備や遂行に時間が掛かるためである。
・依頼のキャンセルまたは失敗時には、違約金が発生する。大体の相場は、依頼料の1割である。緊急事態――高ランクの魔物の乱入など――には、情報を精査した上で酌量あり。
・依頼達成報酬の内2割は、冒険者ギルドへと納める。これには依頼の仲介手数料と、税金が含まれる。(例:達成報酬金貨1枚の場合、小金貨2枚が引かれ、8枚が手取りとなる。依頼遂行中の経費は対象外。飽くまで達成報酬からのみ引かれる。)
・依頼受注は、自身のランクの上下1ランクの範囲のみ受注できる。パーティー受注の場合は、最も高ランクの者に準拠する。
・依頼には期限が在り、依頼毎に定められた期限内に達成できない場合、失敗扱いとなる。(期限の無い常設依頼も存在する。)
・ランクアップには、採取系、討伐系、奉仕系の3種類の依頼を、定められた回数達成することが必要。上級冒険者であるBランク以上に上がるには、それらに加えて試験を受ける必要が有る。(多大な功績が有り、支部長以上の上層部が承認した場合は、これに限らない。)
・冒険者が犯罪行為を犯した場合、発覚した時点で登録は抹消、以降の再登録は不可能となる。
・冒険者の犯罪行為が明るみに出なくとも、カードの性向値が【-15】になった時点で、カードは効力を失効する。その状態で使用しようとしても、即座に犯罪者として捕縛される。
・冒険者の私闘は禁止。罰則金の対象となる。合意の下での決闘や、正当防衛が認められる場合はこの限りではないが、事情聴取への協力は強制である。
こんなところかな。
詳しくは此方をってことで、冒険者の心得的な冊子も貰ったし、一応後で確認しておこう。
まあ要は、期限を守って、
「うん、よく分かったよ。丁寧にありがとう。」
実際分かり易い説明だったからね。
俺だって素直にお礼を言うことはありますとも。
「い、いえ……それで、マナカさん。よろしければ、この後模擬戦を受けていただきます。あなた方には必要無いかもしれませんが、当方で登録冒険者の実力を把握する目的も有りますので、ご協力をお願いします。」
実技試験ってとこか。まあ、有ることは知ってたから、文句は無いわな。
「了解だ。何処でやるの?」
「ギルドの地下に修練場が在ります。そちらにご案内します。一旦ギルドカードをお預かりしてもよろしいですか?」
どうやら待たされる心配も無さそうだし、素直に3人分のギルドカードを手渡し、受付を交代して先導するフィーアさんについて行く。
地下修練場には、1階奥の通路から階段で繋がっているらしい。
降りてみると、高い天井に広い石造りのフロア。壁も厚い岩盤で覆われているみたいで、ちょっとやそっとじゃ音も衝撃も上に漏れない造りになっていた。
フロアの隅には木製の人型やら、訓練用らしい木剣や刃を潰した金属武器等が並べられている。
直剣に刀、短剣、片手斧、戦斧、戦鎚、長槍、短槍、薙刀、斧槍、メイス、モーニングスター、短弓、長弓、弩弓etc、etc……
中には鎖鎌やら、手甲鉤など、使う奴居るの!? って類のマニアックな物もチラホラと見受けられる。
「お待たせしました。あなた方の実力を勘案して、元Aランク冒険者だった方達に試験官をお願いしてきました。彼らは引退こそしたものの、ギルド職員の一員として、日夜情報収集等に携わっていますので、腕は確かです。」
見学していたところに、そう言って3人の男達を引き連れて、フィーアさんが戻って来た。
ふむ。確かに、上の酒場で
「試験は一騎打ち、真剣にて行う。時間は無制限。降参か、気絶等続行不可能と判断されるまでだ。事故ならば兎も角、故意に相手を殺害した場合は即座に登録は抹消させてもらう。質問は?」
スキンヘッドの厳つい男が説明する。真剣での試合ねぇ。
「武器は自前で良いのかな? それともあの並んでる中から?」
「自前で構わん。お前らは実力は確からしいからな。俺達も自前の武器を使わせてもらう。」
俺の質問にそう答え、それぞれに武器を取り出す男達。
大剣、長槍、双剣か。
頷きを返して、双方の準備が整う――――
「ちょっと待てよ。獣人の姉ちゃんの扇は兎も角として、お前はなんで素手なんだ? それに鬼人族の姉ちゃんの
まあ、ツッコまれますよね。
「あー、俺もシュラも基本は素手の格闘戦が主体なんだよ。俺は魔法も使うけどね。シュラのこれは……膂力が強過ぎるから、模擬戦の時はいつもこの【猫パンチグローブ】と【猫キックブーツ】を着けさせてるんだけど……問題有るかな?」
俺の素手も大概だけど、毎度ご活躍の肉球の可愛らしいこの装備は、やはり異色に映るようだね。
「素手だって?! おいおい、そりゃあいくら何でも舐め過ぎじゃねえか?」
まあ、武器を持った相手に素手で挑むのは、正直狂気の沙汰だとは俺も思うよ? でも俺やシュラには剣の心得なんてモノは無いし、しょうがないじゃん?
「別に舐めてなんかいないよ。シュラ、1回見せてやろう。」
「うむ。仕方ないのう。」
そう言って片手だけグローブを外させて、2人で並んで立つ。
「せーのっ!」
そして2人同時に、石造りの頑丈な床に、拳を叩き込んだ。
「……………………………………」
俺の拳は綺麗に肘まで床にめり込み、シュラが殴った箇所は、そこを中心にちょっとしたクレーターのように抉れている。
おやおや皆さん、言葉も無いようで。
「ね? だから俺はともかくさ、手加減の下手なシュラには、相手を殺す心配の無いこのグローブとブーツが必要なんだよ。」
お分かりいただけただろうか。
「あー……ちなみに、獣人の姉ちゃんの扇は……?」
「ああ、あれは鉄扇とは言っても素材は
「はい、マナカ様。」
返事をしたアザミは、フロアの隅の木製の人型と、鋼鉄製の鎧を此方に持って来て、人型にその鎧を装着する。
「では、参ります。」
その開いた扇をパチリ、と閉じると、人型は肩から横腹に筋が通り、ズレ始め、やがてふたつに分かれて上側が床に落ちた。
うん、人型も微動だにしてなかったし、腕を上げたね。
「まあ、こんなところかな? 問題無いよね?」
そう言って試験官の男達を振り返ると、全員顔が真っ青だ?
「おいフィーア! どこが
「こんなのS級の連中じゃないと相手になんねーだろっ!?」
「無理無理! 文句無し! 冒険者登録完了おめでとう!! 試験は終了だッ!!!」
あれ? おーい?
アタフタするフィーアさんを置いて、俺が引き止める間も無く、彼らは逃げるようにして修練場から退出して行ってしまった。
「えーと、フィーアさん……?」
「あ、あははは……お、お聞きした通り、これで登録作業は完了……みたい、です……?」
いやめっちゃ疑問形じゃないですか!?
え、いいの!? ホントにこれで試験終了!?
「で、では改めて、皆さんのギルドカードをお渡しします。申し遅れましたが、本日よりマナカさん達の担当になります、フィーアと申します。何か質問や確認事項、問題等有った時は、いつでもご相談ください。」
俺の心の声を華麗にスルーして、カードを渡してくるフィーアさん。
うん、マジでこれで良しとするつもりらしい。
なんだか煮え切らない思いを抱えつつ、3枚のカードを受け取るのだが……
ハッ!? 殺気!!??
慌てて振り返ると、肩透かしを受けて見事に落胆し、怒気を滲ませているシュラさんが居ました。
「主様よ……儂のこの、行き場を失った闘志は、何処へ向ければ良いのじゃ……!」
これアカーン!?
落ち着けシュラ!? 帰りに魔物の巣にでも放り込んでやるから! なんだったら俺のダンジョンで暴れて良いから、今は落ち着け!?
「主様……勿論主様が、相手をしてくれるであろうのう……?」
ア、ハイ。これは断れないっす。ムリムリの無理やね。
帰ったら、存分に相手をしてやろう……
はあぁ〜……!
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