第十三話 動き出そう、ここから。
〜 転生6日目昼前:ダンジョン 捕虜収容施設 VIPルーム 〜
昨日捕らえた王女様達が目を覚ました、という報告があったので、俺はアネモネとアザミを連れて面会に来た。
ちなみにこの施設、王女様の身バレで慌てて拵えた物だ。
いや、悪印象与えたくないもんよ。ユーフェミア王国マジ怖い。できれば敵に回したくない。
で、更に王女様用にVIPルームまで用意したと言うわけ。
DP結構使っちゃったけど、必要経費だと思って諦めよう。
部屋に着いた所で、アネモネが先導しドアをノックする。
勿論外からしか鍵の開け閉めはできないよ。
ちなみに窓も有るが、鉄格子付きで蛇か鼠位しか通れないし、魔力封じも施設全体に掛かっている。
「……何者だ。」
中から誰何の声が返る。
「当迷宮の主の使用人です。主が話をしたいとの事で、お連れしました。ご案内してもよろしいですか?」
まあ、普通は主が足を運ぶことはないんだろうけど、一応ね。
相手はこの国の王族だし、あとは念の為の安全対策もあるし。
「…………入れ。」
会うかどうかとか、罠かとか考えてたんだろうなぁ。
たっぷりの間を取って、了承を得た。
「失礼します。」
アネモネが扉を開け、横に控える――――その瞬間に、手に何かを構えた王女様が、こちらに突っ込んでくる。
どうやら、櫛の柄の部分の尖ったヤツで俺を刺そうとしたらしい。アネモネに腕を横から掴まれて止まっちゃってるけど。
「おいおい。一応こっちは最低限の礼儀は押さえてるつもりだったのに、随分なご挨拶だな? それともそれが、ユーフェミア王家の流儀なの?」
勿論そんな訳はない。
一応彼女らが目覚める前に、この国の事などは一通りアネモネの【叡智】で勉強済みだし。
「ユーフェミア王国第一王女【フリオール・エスピリス・ユーフェミア】。ユーフェミア王国国王【フューレンス・ラインハルト・ユーフェミア】の第二子で、現在17歳。
才気に恵まれるも継承権は男兄弟にしかなく、政略結婚を好まず武の道に入り身を立てる。君自身に縁の有る者達のみで構成された独立遊軍的立場の分隊を所有し、数々の武功を挙げる。
その功績により王国所領であったエスピリス領を拝領し、王族としてはある種独立を果たした……てな感じで、合ってるかな?」
驚いた? そんな顔してるね?
そうなのよー。ウチのアネモネさんマジで優秀だからね。あげないよ?
「貴様……一体何者だ? 何の目的で我を拐かした? 我の部下達はどうしたッ?!」
そんなに怖い顔で睨まないでよ。可愛い顔が台無しだよ?
「そうだね。自己紹介は大事だ。でもその前に、座ってお話しない? お昼ご飯もまだだろ? 今用意してもらうからさ。」
そう言って部屋の奥のテーブルへ促す。
王女様は。
俺を暫し睨んでから、不機嫌そうにアネモネの手を振り払い、テーブルへと向かい、そしてこれまた不機嫌そうにテーブルの上座へとドカリと腰を下ろした。
それに苦笑しながら俺もテーブルへと近付く。
アネモネは今しがた来たアザミと交代して出て行った。多分お茶や昼食を用意しに行ってくれたんだろう。
「そんなに怒らないでよ。そもそも攻めてきたのは君達だよね? 俺は当たり前に自衛しただけ。その上生かしてるし、こんな待遇まで指示してるんだけどなぁ……」
チクリと嫌味を混じえつつ、席に着く。
うん、苦虫を噛み潰したような顔だね。
この王女様、どうやら腹芸が得意なタイプではないらしい。
「まあ、改めまして。この迷宮の主で、名はマナカ。マナカ・リクゴウという。種族はアークデーモンで、歳は産まれたてピチピチの0歳だ。以後よろしく?」
ある程度まで正直に話す。これは俺の方針だ。
皆は反対したけどね。
「正気か貴様? 何故虜囚などに身分を明かす?」
おお、流石王女様。長い脚を組む姿が堂に入ってます。
まあ、パジャマ姿だけど。
「疑うねぇ。ま、そんなの簡単だよ。腹の探り合いは苦手なんでね。君には、この会話の間だけでも信用して欲しい。その証には弱いかもだけど、先ず君の質問に答えようか。何から訊きたい?」
会話の主導権を渡す。
そんな呆けたような顔してないでさ、質問どうぞ?こっちもそんなに暇してる訳じゃないからね?
「……部下達はどうした? 無事で居るのか?」
ほう、先ずそれを訊くか。良いね、印象アップだよ。
「全員無事だよ、今のところは。詳しく話そうか?」
無言で頷く彼女。
「先ず、君を含めて迷宮の罠に掛かったのは12人。男性8名、女性4名。皆この館に居るよ。まあ、君だけは王族だったから、態々このVIPルームにご招待したけどね。それとは別に罠を逃れたのが1名。こちらは男性だ。配下の話では、斥候風の男だったってさ。内訳も合ってるでしょ?」
安心したような、疑ってるような?
彼女はそんな顔で。
「勘違いしないで欲しいけど、さっき「今のところ」って言ったのは別に脅しって訳じゃないよ? 実際君らに危害を加えるつもりは無い。言ってるのは、1人で逃げた男のことさ。」
彼女はどういう事だ? と訝しげな視線で訊いてくる。
「危ないんでしょ? 【惑わしの森】って。ここまで13人の大所帯で遥々来たってのに、帰りは1人だなんて、心配だよね。何だったら今から追い掛けてって、彼もここに招待する?」
冗談めかして伝えると、彼女は不敵な笑みを浮かべる。
そして首を傾げる俺に向かって。
「下らん。我が抱える斥候だぞ。1人で森を抜けるくらい、造作もない。寧ろ我等と言う荷物が居ないのならばより安心できる。」
ふぅん。部下達への信頼も厚い、と。
「そっか。なら部下の皆さんについては問題ないね。他には? 訊きたいことある?」
ホントは捕まえたかったんだけどねー。
まあいいか。その逃げた斥候が帰り着いて報告するより、俺の用事の方が多分早く終わるし。
「我等を捕らえて、どうするつもりだ? 何故殺さない? 目的はなんだ?」
もー、また怖い顔になっちゃったよ。
綺麗な女性の怒り顔って怖いよね? 前世で居た女上司とかさ。
「そんな怖い顔しないでよ。それに捕まったのって、君があの罠を起動させちゃったからじゃん?」
んぐっ! と息を詰まらせる王女様。殿下、お顔が真っ赤ですよ?
「いやぁ、俺もまさかアレに掛かるとは思わなかったよ。俺の仲間達もみんな呆れてたね〜。」
俯いてプルプルし出したよ。ヤバいちょっと楽しいな♪
そう、それほどまでに彼女が掛かったトラップはネタなのです。
その名も【ダチョウさんのボタン】。
開けた部屋の壁に、これ見よがしに備え付けられた大きな赤いボタン。
ボタンの横にこう書いてある。
『押すなよ? これ押されると主がマジで困っちゃうから、ホント押すなよ? 絶対押すなよ!!??』
うん、誰だってまさか引っ掛かるとは思わないって。
なのに、そのまさかで押した彼女。
瞬間床の全面がパカリと開き、床に転移魔法陣を仕込んだ、睡眠ガスの充満する部屋に1人を除き全員落とされたってわけ。
「いやぁ、最初聴いた時は耳を疑ったよね。まさかあんなネタでしかない見え見えの罠に掛かるなんてねぇ? お・う・じょ・さ・ま・?」
とっても気分が良いです。
そしてそんな良い気分で彼女に視線をやると……おや?
「我だって……我だって皆の力になりたかったのだ……!」
え、うっそ泣いてるっ?!
いや、だってちょっと……ああぁぁ〜そんなに唇噛まないの! 荒れちゃうよ!?
「ええっと……お、王女様――――」
「貴様に解るか!? いつも支えられるばかりの我の気持ちが! 王女の肩書きと剣の腕しか無いこんなお転婆に何ができる!? そんな我のしたい事をいつも助けてくれる部下達の役に立ちたいと思って何が悪い!!」
おおう、
なるほどね。決してフリに乗ってみたなんてお茶目な理由ではなく、純粋に仲間達の助けになると思って行動したわけか。
いやそれでもアレに引っ掛かるのはどうかと思うけどな!! 天然かよッ!?
「いや、済まない。悪かった! ちょっと場の空気を和らげつつ揶揄ってみようと思っただけだって! 怒るなって言うか泣くなよぉ!?」
アザミさん助けて!? あ、こんにゃろ目を逸らしやがった!!?
しかし、そんな時に神が降臨した!
うん、幼女じゃないヤツな。ヤツはお断りだ!
部屋に響くノックの音。
「マスター、昼食をお持ちしました。」
アネモネさんマジでグッドタイミング!!
「ありがとう! 今すぐ入ってくれ急いでくれ!! ほら! 昼飯が来たからさ、一旦休憩しよう! なッ?!」
ぐじゅぐじゅと鼻を鳴らす王女に必死で呼び掛ける。
そして部屋に入って来た
「マスター、また女性を泣かせているのですか? 出会って間も無い女性を泣かせるのは、趣味なのですか? 特技なのですか?」
だから違うんだよおおおおおおぉぉッッ!!!???
「いや、済まない。ちょっと悪ふざけが過ぎた。反省してる。」
うん、ご飯を食べながら俺反省。
そんな俺の言葉に、食事の手を止めた王女様は、
「いや、我も取り乱した。見苦しい所を見せて済まなかった。」
まだ顔は赤いけど、落ち着いたようだ。
スープをひと啜りしてスプーンを置くと、改めて俺に向き直って居住まいを正した。
「いくら喚いたとて、捕まったのが我の落ち度なのは事実。だが何故殺さない? 何か目的があるのだろう?」
仕切り直しか。まあ、俺の目的と言われてもねぇ。
「先ずひとつ目。君らを殺さなかったのは、怖いからだよ。」
アネモネが淹れてくれたコーヒーを受け取りながら、答える。
「怖い? 貴様が? 馬鹿にしているのか?」
瞳に浮かぶ苛立ちの色。
「馬鹿になんてしてないよ。怖いさ。人間は、怖い。俺は良く知ってる。なんせ、元人間だからな。」
異世界の、だけど。
俺が話そうとしたことを察したアネモネが割って入ろうとするが、それを制して構わず話す。
「俺は、元人間だ。正確には“別の世界の”って付くけどな。向こうで死んで、転生してこの世界にこの間産まれたんだ。君らの国にも居たんだろ? 戦術を画期的に変革した異世界人が。
まあ、そいつが転生者か転移者かはどうでもいいけど、前例や伝聞が無いわけじゃ無い。王女様なら聴いてるよな?」
呆気に取られる王女。
ここからは腹の内の探り合いじゃない、腹の内の晒し合いだ。
うん。気に入っちゃったんだよね、この子。
「人間は業が深い。肌の色、言葉、習慣、宗教……些細な違いで他者を差別し、嘲り、見下し、攻撃する。己の得となる物は根こそぎにし、害になる物は根絶やしにする。そう言う歴史を、事実を俺は前の世界で嫌と言うほど観てきたし、聴いて学んできた。」
コーヒーを啜り、舌を湿らせる。
「だから人間が怖い。差別が怖い。復讐が怖い。略奪が怖い。物量が怖い。戦争はなぜ起こる? それは誰かが自分と違う事を悪にしたからだ。それは誰かが自分が欲しい物を持っていたからだ。人間ほど、人間の欲望や悪意ほど、恐ろしく痛いものは無い……分かるか?」
そうさ。
人間ほど他種族を殺した生物はいない。
人間ほど同族で殺し合う生物はいない。
人間ほど世界を省みない生物はいない。
どんな時だって。どんな悲劇だって。その要因は大体が人間なんだ。
「しかも、君のユーフェミア王国には、どのくらい過去か知らんが、俺の居た世界の戦術を伝えた馬鹿野郎が居た。そりゃ国も強くなるよ。そして誰が敵対したいと思うよ、そんな国? 絶対ヤダね。そんな国の王女様を捕まえた? 殺した? 誰が好き好んで面倒事背負い込むよ?」
さて。俺の腹の内は見せたぞ? どう応える?
「……なるほど、と思う部分もある。心当たりが無い訳でもない。つまり、貴様は我等……否、我を餌に不可侵でも勝ち得ようとでも言うのか? はっ! それこそ愚かだ。王族たるもの、先ずは国のため、民のためだ。たとえ身内で、同じ王族だろうと秤にかけ、切り捨てる。それが出来るから王族なのだ。つまり、我では出汁にもならん。」
うん。誇り高い王族なら、そうなんだろうね。
でもさ。
「立派だね、
は? と王女の表情が固まる。
「他には? 国のためと命を張っている者、民のためと身体を張っている者。そんな奴らは大抵末端だよ? じゃあ貴い方々は何してるんだろうね? 一体何人が、その貴い身分に相応しい誇りを持っているんだろうね? 君の兄弟は? その継承争いを唆している奴らは?」
ごめんだよ、と吐き捨てる。
「まともに君を帰しても結局はここは攻められるだろう。欲に塗れた貴族共が、手柄を欲しがる君の兄弟達が、
俺の気迫に圧されたのか、反論出来ないのか。
王女は、揺れる瞳で俺を見詰め返してくる。
「だからね。だから俺は、君の父親と、辺境伯の2人と友達になろうって決めたんだ。聞けばその2人、親友同士なんでしょ? ますます都合が良いよね?」
わ〜パチパチパチ……あれ? 反応がありませんぞ?
どうしたの、そんなカワイイお口を開けて固まって?
「あれ? どしたの? いくら君が天然ちゃんでも、そんな難しい話じゃないよね? 簡単でしょ? 面倒臭い輩から接触される前に、先にまともな君のお父さんと辺境伯さんと仲良くなって、利益を提示して対等になり、魑魅魍魎を押さえ付けてもらうのさ。」
そして……
「君は、君らはちゃんと無事に帰してあげるよ。でも、どうだろうね? 多分近い内にお父さんに大事な話をされると思うけど。ただ君には、その代わりに一つだけお願いがあるんだよね――――」
そんなこんなで、【初対面で女を泣かす男】という不名誉な称号を賜ったまま、王女様との面会は終わった。
〜 夜:惑わしの森 ダンジョン入口前 〜
「それじゃ、留守はお願いね?」
留守番組にダンジョンを任せ、俺はやけに綺麗な星空へと飛び出して行ったのだ。
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