13話 思わぬトラブルが待っていた
程よい倦怠感。
高速を走行するバスが1/f波に近い揺れを発し、俺を夢の淵へと手招きしている。
しかし、ここでこの心地よい波に易々と乗ることは残念ながら叶いそうにない。
それは俺の隣にいる人物のせいだ。
肩に当たる軽い衝撃と共に俺は軽い微睡から覚める。
「またか……」
俺は何度目か分からないぞんざいな動きでもたれかかかってきた後頭部を反対側に移動させる。
帰りの座席は最後尾の一列シートだった。
だが、結局荷物をシートの真ん中に置いたため二人がけと何ら変わらない。強いていうのなら左右で男女別に座ったため行きのように俺の心ここにあらずといったような状況は回避できている。
でも今となっては数倍マシだった、と思わざるを得ない。
俺の睡眠を妨げる元凶である友人、三木は頭の収まりが悪いのかカーブなどで揺れが発生する度、寝ながらにして頭をこちらに寄せてくるのだ。
もちろん、俺も鬼ではないので最初は優しくあるべき場所に優しく頭を戻してやっていた。
しかしこう何回もやられると、疲れ果ててるいる上に人の熱気が伝わってくるので邪魔、という感想しか出ない。
次ヘディングをされたらどう返してやろうか、と考えながら俺は攻撃の主に視線をやる。
三木が現在頭を乗せているのはシート真ん中の荷物部。それを挟んで向こう側には泉が自分の荷物に顔を埋めている。
そして奥には如月がいる。カーテンの閉まった窓側を向いているためこちらからその顔は窺い知れないが、おそらく夢の中なのだろう。
寝ているのは何も同級生だけではない。
行きの賑やかさが嘘のように静まり返った車内が旅の終わりを告げていた。
席から伝わる振動と高速特有の車が走る音を肌で感じながら今日の出来事を思い返してみる。
到着してすぐにテント設営。
買い物に出かけて変な目にあったりもした。
それから——
「あれは本当に焦ったな……」
思い返しながら天を仰いだ時だった。
「三木さんのことですよね?」
予期せぬ返答に驚いて顔を向けると、寝ていたはずの如月がぱっちりと目を開けこちらを見ている。
まさか起きていたなんて。
「カーテンの隙間から外を見ていたんです。夕日で泉ちゃんを起こしたら悪いので」
「なるほどな」
「はい。でも、まさか三木さんが溺れた時はどうなるかと思いました」
「そうだよな。俺も水泳教室に通っていたあいつがそんなことになるとは考えもしなかったし」
海水浴場には浮島のような大きい板が浮かんでいる。
皆、遠くまで泳ぎたどり着くと渡り鳥が羽を休めるようにこぞってそこに登る。
三木はその島から泳いで帰ろうとして溺れた。
何の前触れも脈絡も前兆もなく溺れた。
調子に乗ったのか、あるいは誰かさんにいいカッコしようと思ったのかもしれない。
幸い近くに泉がいたので浮き輪を渡して一命を取り留めることが出来たが後に「まじで死ぬかと思った」「夢に出て来そう」と言っていたので、相当怖い思いをしたのだろう。現に今俺の近くで眠りに落ちている三木は若干表情が引きつっているようにも見える。気の毒だ。
とその時、如月がくぁと欠伸をした。
「眠いのか」
「柳沢さんは眠くないんですか」
「そういうわけではなくてただ別の要因で寝れないだけだから……まあ、俺も帰ったらすぐ寝ると思う。シャワー浴びたらそのまま布団にダイブだな」
「えっ、夕食は食べないんですか? 身体に悪いですよ」
「それもそうだな……でも、今は眠気の方が勝ってるからな。それに今日は夕飯を用意してくれる親もいないし」
「そうなんですか……それなら私の家と同じですね」
「……確かにそうなるな」
どういう意味で如月はその言葉を口にしたのだろう。
気を紛らわそうと俺は如月がいるのとは反対方向のカーテンをめくる。外の色は夕闇に沈む真っ最中だった。
しかしその中には既に星が瞬き始めていた。
***
先刻の三木のようにトラブルに巻き込まれることもなく、バスは無事に慣れ親しんだ土地に到着した。
店長の一言でそのまま解散になり皆寝ぼけ眼で死屍累々のごとく各々の帰路へを歩いていく。
俺も自分の家へと向かい歩き始めたのだが。
なぜか隣に如月がいる。
如月が向かうべき家は俺が今向かっている方向ではある。しかしこの道を使った場合、少し遠回りになるはずだ。
数十秒経っても如月が道を変えようとしないのでこれはもう思い切って聞くしかない、と結論づけた俺は口を開いた。
「如月、こっちに用事があるのか?」
「……いえ。ですけど一人で帰るのは何だか寂しいので。それに私、柳沢さんが住んでいる場所知らないんですよね。私の家は知られているんですけれど」
「……確かに俺だけ知ってるのも不公平だな」
おそらく如月は眠気で頭が回っていないのだろう。
そんなことを考えながら俺は家路に向かうスピードを気持ちだけ緩めた。
我が家は解散場所からそう離れてはいない。ましてや既に距離を稼いでいるのでもう目的地は間近に迫っていた。
そしてとある一軒家の前で足を止める。
如月が『柳沢』と彫られた表札を眺め何やら感じ入っているのを不思議に思いながら俺はリュックの中を探る。
「あれ?」
冷や汗が全身を包んだ。
まさか、そんなことが、と何度も心の中で反芻しながら念入りに探す。
しかし見つからないのだ。
「どうしたんですか?」
気にかけてくれた如月が近寄ってくるがそれに鼓動を早める余裕もない。いや、寧ろ俺の心臓は別の理由により既に高鳴り続けている。
俺の口から信じたくない事実がこぼれ落ちた。
「……家の鍵がない」
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