11話 海辺の町は祭りみたいだった
「色々売っているんですね」
道路に出てすぐ、目前に広がる街並みに薄手のパーカーを羽織った如月が物珍しそうな声を上げた。
ここは観光地ということもあり、歩道沿いに並んだ店はおまんじゅうに煎餅などどこか懐かしい感じのするものが並んでいる。舗装された道路は都会的な雰囲気だというのに、品々や節々に木目の見える店があるので少し不思議な感覚だ。
もちろん海辺なので俺たちの目当てのものも売っている。ゴーグル、水着、またがって乗るのであろうイルカの浮き物、シュノーケリング用と思わしきメガネまである。
「何だか祭りみたいだな」
思わずそうこぼすと、先ほどの言葉に対する返答だと思ったのか如月がこちらを見る。その白い肌にうっすらと浮かぶピンクの口元は緩やかな曲線を描いていた。
「はい。こういうのいいですよね。風情があって」
「いつか一緒に行ってみたいですね」
……ん?
俺の脳内にクエスチョンマークが飛び乱れる。
ここのところ耳の調子が悪い気がする。そろそろ病院に行くことを検討するべきかもしれない。
まさかな、と言葉の意味を咀嚼していると慌てたように如月が訂正する。
「あっ——も、もちろん、泉さんや三木さんも含めた全員で、という意味です」
……ですよね。
まあ、四人できているし妥当な線だろう。そもそも二人きりで、とか想像した俺が間違っているのだ。水着を褒めることすらできないのにおこがましいにも程がある。
ただ、そろそろ勘違いを生むようなセリフはやめていただきたいものだ。俺だからこれで済んでいるが、他の人だったらそうはいかないだろう。悪人なら揚げ足をとって押し切りそのまま如月の家に転がり込む、なんてこともあるかもしれない。
如月は自分がどれだけ周りの目を引く存在であるか気付くべきなのだ。そうすれば頭がいいのだから、対処法の一つや二つすぐに思いつくだろう。
もしくは——これはほんのわずかな可能性だが、何か意味があってやっているという線もある。
例えば——
「柳沢さんは……どう、でしょうか?」
「えっ?」
不意にかけられた言葉で俺の思考が中断される。
「わ、悪い。考え事してた」
「……そうですか」
如月が寂しそうに少し肩を落とす。
本当に申し訳ないことをした。
日常生活において聞き逃しは偶にあることで、大抵軽く流すケースが多い。
だが今回、如月の仕草を見るだけでそんな気分になってしまった。
謝ろう。
そう考えたが俺より早く如月が先に口を開いた。
「……その、柳沢さんは誘ったら来てくれますか?」
「…………行けると思うぞ。基本夏休み中は暇だからな」
如月がぱぁっと顔を輝かせる。そして
「約束ですからね」
気恥ずかしくなった俺は「空いてたらな」と言うと視線を店の方へ向けた。
「おい、三木。このゴーグルなんていいんじゃないか。さっきの店より安いぞ」
前の方を泉と歩く友人は戻ってくると値札を見る。
「え? どれどれ……そんなに変わらないじゃないか。こんなの誤差だよ」
「そういうところで節約していかないといけないんだろ。ほら、行くぞ」
まだ浮き輪を見ると告げる泉、一人にするのは気が引けるから一緒に残ると気を配る如月を置いて俺たちは店の奥にあるレジへと向かった。
如月と祭りに行く世界線がある、それだけで俺は嬉しい。
だが、出来ればその頃には似合ってるの一言くらい何気なく言えるようになっていたい。今日は完全に期を逸してしまったので仕方ないが、またやるせない思いをすることになる。
そのためにも前向きに。
まずはイメージトレーニングだな。
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