4話 AM9:14 遠慮

 俺はちらりと隣を見やる。


 すると偶然にも如月と目があってしまった。


 ……ここで逸らしたら変な風に思われるかもしれない。

 若干の気まずさを感じながらも俺は何もなかったかのように息を吸う。


「如月、選んでくれないか」

「……私がですか?」


 如月は目を丸くしてさらに見つめてくる。

 その真っ直ぐな視線に耐えられず俺は目を逸らしながらこくこくと頷くしかなかった。


「あー、如月なら相場とか品質といった情報に詳しいだろ。やってくれると助かるんだけど、どうだ?」


 如月のことだ、二つ返事で了承してくれるだろう。

 すると彼女はこう口にした。


「せっかくのお誘いですが、遠慮しておきます」


 意外な言葉に俺は衝撃を受けた。


 まさか、断られるなんて思いもしなかったのだから。


 ……だが、いくら何でも如月が嫌がらせをしているというわけではあるまい。


 すぐに切り替えて頭をフル回転させてその理由を考える。

 そして脳内計算機がはじき出した答えを述べていく。


「……もしかして迷惑だと思ってるのか? それなら気にしなくていい。学生は大抵金欠だからな」


 そこにいる三木も散財癖がある。さすがに全員があいつと同じ浪費家だとは思わないが、誰だってお金が浮くに越したことはないだろう。


 しかしそれでも如月はふるふると首を横に降る。


「こういうのは思い出作りだと思うんです」

「思い出作り?」

「はい。例えば、物を買う瞬間も思い出になりますよね。悩んで、相談して、それで決めたという過程が生まれます。食べる時にそのことを伝えたり、口に合わなかったとしてもお互い感想を言い合ったりするでしょう。それらに他クラスの私が介入するのは少し違うと思ったんです。考えすぎかもしれませんが、私のせいで楽しい思い出に水を差してしまうのは本意ではないですから」


 まるであらかじめ言うことを考えてあったかのようにすらすらと述べた如月は最後にそう締め括ると微笑を浮かべる。


 だからお気になさらず、とでも言いたいのだろうか。

 その笑みは一歩引いたところから投げかけられていた。

 

 それならば——


 俺は一歩如月に近づくと乾きかけていた口を開く。


「如月がそこまで考えてくれたのは嬉しい。でも、それこそ俺たちがして欲しいことじゃない。如月の言葉を借りるなら、今この瞬間すらも思い出なんだ。如月が遠慮してくれたことも思い出だし、こうやって話していることも思い出だ。そして俺たちは如月に手伝って欲しいと思っている」

「そうそう。その通り。逆にここで遠慮されちゃうと、僕たち後々引きずるかもしれないよ。如月さんも今日はクラス会のメンバーなんだから」


 横から飛んできた三木の援護射撃に俺はうんうんと頷いた。

 寧ろ如月に選んでもらった方が俺たちが選んだ場合より文句が出ないだろう。というより絶対そうなる。成績優秀、容姿端麗、おまけに性格も良し。それらは万国共通の最強のパスポートなのだ。仮にその値が数値化できたとしたら俺と三木の二人分を合わせても届かないだろう。それは俺たちもよく知っている。


「参加する全員、如月に選んで欲しいと思ってるはずだ。如月は皆に好かれてるからな」


 仮に異を唱える奴がいたらそいつは余程の身の程知らずか嫉妬しいだ。いずれにせよ残念な人間であることに変わりはない。


「如月にしか頼めないんだ、お願いできるか?」


 ……少しキザすぎただろうか。


 若干気恥ずかしさを覚えながら、返事を待つ。

 するとしばらく間を置いてから如月が口を開いた。


「……それは、柳沢さんもですか?」

「え?」

「いえ、その……私自身はそういった自覚はないのですが、私が皆さんに好かれているというところで……例えば、柳沢さんもそう思ってくださっているのかな、と……」


 覗き込みながらこちらを見てくる如月に、俺は自分で地雷をセットしてしまった気分になった。


「あー、…………まあ、広義な意味では、そうなる……かもな」


 必死に言葉を選びながら俺は告げた。


「そ、そうですか……」


 瑞々しく白い頬が、ほんのり赤く染まっている。

 

 …………きっと、ここはエアコンが壊れているのだろう。


「おーい、二人ともー。こっちの世界に帰っておいでー」


 三木の声に俺たちはハッとする。


「帰ってくるも何も最初からこっちの世界にいるからな」

「そ、そうですよ。どういう意味ですか、三木さん!?」

「野暮なことはするつもりはなかったけど買い物にはタイムリミットがあるんだよ。そろそろ泉も帰ってくるだろうし。それで、如月さん。最初の話だけど、お願いできるかな?」


 あたふたとしていた如月はコホン、と咳払いをしてから頷く。


「はい、それではお言葉に甘えて」


 すると彼女はカゴの中から次々に肉のパックを取り出し、元の場所に戻していく。


「え、これも?」

「はい」


 意外そうな三木の言葉を容赦無く一刀両断する。


「これでも結構加減したつもりなんですよ?」


 マジか。

 実はそれ、俺もいいと思っていた肉だったりする。

 安くて美味しそうだけど、違うのか……


 





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