高嶺の花の同級生から義理チョコを貰った
李陽
高嶺の花の同級生から義理チョコを貰った〜ホワイトデーまでの29日〜
1話 初めて義理チョコを貰った
二月中旬。
カレンダーには祝日と記載されていないのにそこには見えないイベントが存在する。
世間が浮き足立つ二月十四日、そうバレンタインデーだ。
買い物に行けば薔薇のような色の特設コーナーが設けられ、テレビ番組は甘味を特集し始める。
その盛り上がりようは見ているだけでこちらも何となく気分が上がってきて何となくチョコレートを食べようか、という気持ちにさせられるほどだ。
一般的にバレンタインとは女性が想い人に好意を示すためにチョコレートを渡す日とされている。
また、近年は新たなバレンタインの在り方も唱えられている。自分でチョコレートを買うもよし、友チョコを渡すもよし。円滑な人間関係のため義理チョコを渡すもよし。
だけど俺、
商戦だとか騒ぐつもりもなければ貰えないことに嘆き悲しみもしない。
もう慣れてしまったのだ。
昔はその日になると多少そわそわしたものだが、いつの間にかそんな感情など失ってしまった。
年齢=彼女がいない歴なのだから仕方ない。
ましてや交友関係も広くないので義理チョコなんかも貰えない。
ダメ押しに付け加えるのなら今年のバレンタインデーは日曜日だった。学校に行く必要がないので貰うことなどまずない。
つまり今日も、いや、今年も俺はいつも通りなんら変わらない日常を送ることになるのだ。
「Q.E.Dってな」
つまらない証明を終えると俺はジョギングに意識を集中させる。
休日だからといって家に篭りきりはどうなのか、と親に言われてしまったのだ。
読書に耽っていただけで篭りたくて篭っているわけではないのだが、まあ実際その通りなので軽い気分転換も兼ねて俺は外に出た。
そしたら見えてしまったのだ。
ガラス越しに真紅のデコレーションが。
ともあれ先ほど証明したようにバレンタインなど俺には縁のない話だ。一応親からは貰えると思うけどあれはノーカンだ。それに貰える保証はないしな。
ちなみに自分で買うという線もお金がもったいないので却下。
お金にがめつい方ではないがバイトをしていないので収入は乏しい。加えて高校一年生の月平均のお小遣いよりも支給される金額はだいぶ少ないので欲しくもないものを買うには至らないのだ。
考えながら走っていたせいか疲れてしまった。
少し考えた後俺は近くのスーパーへ戻った。
あのガラス越しにバレンタイン色が見える店だ。
いくら厚着をしているからとはいえ剥き出しの顔や耳は冷え切ってしまっている。暖をとるついでに水分補給をしよう。
そんな軽い気持ちで足を運ぶと店内は予想以上に暖かった。
ありがたい。心の中でこの店の経営者に感謝して給水機がある奥へと進む。
しかしそこで俺は偶然目にしてしまった。
エプロンと頭巾をつけ、台車で荷物を運んでいる店員だ。
俺はその姿に見覚えがある。
「……あれって如月だよな」
見間違えるはずもない。
同じクラスにはなったことがないがその名を知らぬ者はあの学校にはいないだろう。何せ俺ですら入学当初から知っているのだから。
如月は入学時の試験をトップ通過。入学式の新入生代表を務めた。
その時如月が登壇すると性別問わず場内がざわついたのを俺ははっきりと覚えている。
何せ美少女なのだ。
痩せすぎず太すぎずの健康的な体型。遠目で見てもきちんと手入れのされている長い髪。少しキリッとした目元に整った容姿。
ポケットから紙を取り出す様子も、落ち着きのある態度でハキハキと代表の挨拶をするその声も、あらゆるものが洗練されていた。
いわゆる圧倒的なお嬢様オーラを俺は感じたのだ。
如月の偉業はそれだけではない。彼女はこれまでの定期テストで常に総合点のトップを取り続けている。それも二位の人と大きく差をつけての勝利だった。
俗にいう頭脳明晰、容姿端麗ってやつだ。まさか完璧超人を絵にかいたような人物が俺の周りに現れるなんてあの日まで思わなかったよ。
しかしそんな人が何故かスーパーで汗くせバイトをしている。
少し考えた後、俺は少し遠回りすることに決めた。
気にはなるが深入りするほどではない。そもそも会話すらしたことがないのだ。ここで話しかけるのもおかしいだろう。
まだ向こうは気づいていないようだ。
如月が荷物を運んでいる姿を俺は遠くから眺める。
相当な重量を載せているであろう台車を右に左にふらふらと揺らしながら一生懸命に仕事をしていた。
なんとなくではあるが、如月は頑張るという言葉からは縁遠い気がしていた。
しかしあの様子を見ればその認識を改めねばならない。
勉強はおろかバイトも頑張るなんて俺には到底出来ないだろう。
と、ここまで考えて俺は違和感に気づいた。
如月が押す台車の動きがおかしい。いくら重いとはいえ前に進むたびに左右にゆらゆらと揺れ動くものなのだろうか。
しばらく観察するうちに俺は台車の車輪部分がぐらついているのを発見した。
あのまま使い続けると台車が壊れ、上の荷物は崩れてしまうだろう。
本人はそのことを知っているのだろうか。
それは定かではないが、如月の整った顔はどこか気を張っているようだった。
……仕方ない。
俺は如月の近くまで行くと声をかける。
「それ、大変だろ」
「えっ」
如月がこちらを見て驚いている間に俺は停車した台車の荷物を持ち上げる。
ぐっ、予想以上に重い。
ずっしりとした果実の重みに負けぬよう腕に力を込めてから俺は台車が向かう先を見た。
「これをあそこに持っていけばいいんだな」
戸惑う如月を他所に俺は青果コーナーへと歩く。
「——あの、困ります。それは私の仕事です、置いてください」
一歩一歩転ばぬよう歩いていると如月が追いかけてきた。
「その台車で最後まで運べるのか。危ないだろ」
「それは……」
台車がおかしいことに気づいていたらしく如月は黙ってしまう。
それを俺は許可と受け取り荷物を運び続ける。
ああ、それにしても重い。しっかり腰を入れていかないと腕がもげそうだ。
こうなると分かっていればもっと筋肉をつけておいたのに。
ガラガラガタガタと何も載っていない台車の音をBGMにして俺は青果コーナーへ到着する。
「ここでいいんだよな」
如月が頷くのを確認して慎重に荷物を下ろす。
予想以上に重労働だったが、一仕事を終えた気分だ。いい汗かいたな。さて、給水機が俺を読んでいる。行かねば。
「ちょっと待ってください」
ですよねー。
このまま立ち去れるはずがなかった。
「その、今これしか持ち合わせがないんですけど……お礼です」
そう告げると如月は制服のポケットをゴソゴソすると小さなチョコレートを取り出した。
「小腹が空いた時に食べようと思ってまして……先に言っておきますけど、これは『義理』ですからね」
そうか……義理か。義理チョコか。勝手に手伝って煙たがられると思っていたのに俺は義理チョコを貰ってしまった……
気づけば俺の目から涙が出ていた。
「ど、どうしたんですか!?」
「いや……なんでもない。目にゴミが入ったみたいだ」
なんて情けないのだろう。
俺はチョコを欲しがる人間ではなかったはずだ。
それだというのに。
俺はチョコをもらって喜んでいる。あまつさえもらえたことに感動して涙まで流している。
義理なのに。いや、俺に言わせてしまえば義理未満なのに。
涙が止まらない。
「そ、それはいけません。目は大切です。今すぐお手洗いに行って目を洗いましょう、私も付き添いますから」
「大丈夫、今ので多分落ちたから」
いたたまれなくなった俺は足早に店を後にするしかなかった。
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