チャリガール
桐戸
1
はぁ、つまんないなぁ・・・。
頬杖をついてぼんやり外を見てみる。こういう時、窓際の席は便利だ。校庭の満開の桜の木の向こうで、一年生が体育をやっている。四月の最初にありがちな陸上の授業だ。さすがに小学校を卒業して中学校に入ったばかりなので、シャツをだらしなく出すことも、運動靴のかかとを踏みつぶすこともなくみんな真面目にやっている。
今度は教室の中に目を向けてみる。退屈な国語の授業。先生の声がすごく遠くに聞こえる。半分くらいは寝ている。その残りの半分は隠れてマンガを読んでいるか、スマホをいじっている。その他は私と同じようにぼんやりしているか、全く違うことを考えているんだろうなぁ。
「菜奈、今日どうする?」
ほうきを適当に動かして掃除をしているふりをしていると、茜が声をかけてきた。今日どうする?っていうのは、学校の帰りにカラオケに寄るか、ゲーセンに寄ってプリするか、百均に寄って時間をつぶすか、どれにするかっていうことだ。うーん、どれも飽きたし、めんどいなぁ。
「悠里はどうするって?」
いつも私、茜、悠里の三人でつるんでいる。仲間外れになるのは嫌だから、大体の様子をさぐってみる。
「お小遣いピンチだから百均が良いって言ってたよ。しょぼいね」
悠里は金遣いが荒いから、いつもお小遣いがピンチだ。茜はしっかりものであまり無駄遣いはしない。私は結構行き当たりばったりだけど、今日はまだお小遣いが残っている。
「それじゃ、カラ代払わせられるのも嫌だから、百均にすっか」
「オーケー、悠里に言っておく。校門のところで掃除が終わるの、待ってっからね」
東京とかのわかりやすい都会と違って中途半端な地方都市の郊外に住んでいる中学生の暇つぶしは、バリエーションが限られている。駅前まで行くのはバス代がかかるし、自然の中で遊ぶ年齢でもないし、何をやろうとしても中途半端。それともそんなのは場所に関係なく、考え方の問題だろうか。とにかく私たち三人は部活もやっていない帰宅部だから、時間はたっぷりある。ママは受験まで一年もないんだからもっとしっかり勉強に時間を取りなさいってうるさいけど、そんな気になれない。
百均に寄って特に必要もないリップとシールを買って、三人でスーパーマーケットの片隅にあるマクドでポテトを山分け食いして帰った。比較的家が遠い私は自転車通学が許されている。茜と悠里は歩きだ。一緒の所までは自転車を押して歩き、一人になってからは自転車を飛ばして家に向かった。私は自転車を飛ばすのが大好き。ちんたらこぐのは嫌いだ。
次の日の朝、いつものように六時半に起きた。寝起きはすこぶる良い。まだパパと妹は寝ている。ママは忙しそうにしている。いつも同じように雨戸を開けて、猫に餌をやってみんなの朝御飯の支度をするだけなのに、なんでそんなに毎朝初めての作業をするかのようにあわただしくするのだろう?不思議だ。食パンをぱくぱく食べていると七時を過ぎ妹とパパが起きてきた。
パパはサラリーマンで、コンピューター関係の仕事をしているエンジニアだ。どんな仕事をしているかを真面目に聞いたことは無いけど、時々お酒が入ると聞いてもいないのに自分からどんな仕事をしているのか話し出すことがある。聞いてほしいというより、自分で自分を確認しているような感じがする。話の内容に興味が無い上に酔っていて話の筋が支離滅裂なので、まるでビデオを早送りしたり巻き戻したりしているみたいに感じる。でもパパは課長だかなんだかそういうのになっているらしく、ちょっと嬉しい。別にパパが出世してるからどうのこうのじゃなくって、パパが会社でちゃんと認められているっていうのがなんとなく嬉しい。上目線で申し訳無いけど。
私の年代だとパパを嫌いになる子が多いって言うけど、私はそうでもない。思うんだけど、昔は地震・雷・火事・親父って言うくらいパパっていう存在が怖かったみたいだけど、今は友達パパが多いからそんなに衝突しないんじゃないかなぁ。それが良いか悪いかは知らないけど、まぁお互い傷つかないから楽だよね。
「おはよう」
「おはよー、ふぁーあ」
パパはいつも帰りが遅いので朝はとっても眠そうだ。昨日はまだ私が起きている時間に帰ってきたのだが、帰ってくるなり
「またスマホしながらテレビ見てんのか。どっちかにしろよ」
といつものお小言を言っていた。ふん、じゃあ食べるか新聞読むかどっちかにしたら?って感じ。
「あー、お姉ちゃんだけアロエ入りのヨーグルトずるーい!」
「いいじゃん、早く起きたんだから。早いもん勝ちだよ」
「なっちゃん、お姉ちゃんなんだから少し分けてあげなさい」
またママは柚奈の味方かよ!ムカつく。柚奈の顔が私にそっくりなのも腹が立つし、だいたい菜奈と柚奈ってなんだよ、どうして親って姉妹に韻を踏んだ名前を付けるんだろう。漫才コンビじゃあるまいし。
妹の柚奈は生意気盛りの小学校三年生だ。少し前まではどこに行くのにもお姉ちゃん、お姉ちゃんってつきまとっていたのに最近はへらず口だらけだ。つきまとって来た時はうざかったけど、来なくなるとそれはそれで憎たらしい。妹って不思議な存在。みんなそうなのかなぁ。
ふんだ!
「あー、お姉ちゃんがまたゆうちゃんに向かって変な顔したー」
「変な顔って、そっくりじゃないか」
新聞を読んでいたパパが笑いながらそう言った。歯を磨いて髪の毛にストレートドライヤーをかけて制服に着替えて適当に時間割をそろえて、おっともう七時半だ、行ってきまーす!
「なっちゃん、自分のパジャマくらいたたんで行きなさい!車に気を付けてね!」
都合の悪いことは聞こえ無いふりをして、下駄箱の上にちょんと座っている猫のシャープに行ってきますを言って、玄関を出て車庫にある愛車にまたがり、元気よくペダルをこぎ出す。
実は朝の自転車通学は私にとっての唯一の楽しみなのだ。こんなふうに言うと変に思うかもしれないけれど、今の私にとって生きがいと言っても良い。まぁ他に一生懸命になれる生きがいが無いからって言うのもあるけど。自転車通学の時間を毎日きちんと測って通学経路を改善し、少しでもタイムを縮めることに喜びを感じているのだ。自己完結な世界だから良いのかも知れない。とにかく自転車通学は私にとって唯一のマジな世界だけど、決してそのことは誰にも知られてはいけない。だってどんなことだって本気になってることが他人に分かっちゃって、うまくいかなかったらかっこ悪いじゃん。
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