第39話 銀幕の裏側で⑪<SIDE: ヴァーユ&シャド>
「それはこっちのセリフですよ! アナタこそ、あんな所で何してたのですか!」
驚きのあまりシエルが当然の疑問を口にする。その場にいた全員にとっての疑問でもある。
「へへっ、ここにいりゃあ裏をかけると思ってな。メドウの野郎、流石に自分の根城で奇襲されるなんて予想できねぇはず……」
意気揚々と説明していたが、自分が踏みつけにしているハイエナに気付いた途端、「うおう!? 誰だコイツ!」と吠えた。それからシャドは静かにその近くにある別のものへ目を向けた。
一度、ハイエナに掴みかけられたヴァーユのペンが、今の衝撃で彼の手を逃れ、床に転がっていた。
シャドの鼻先に自分のペンがあるのを見て、ヴァーユはあっと声を漏らしかけた。
けれども、シャドはそのペンを拾い上げるや懐に収めることなく、ヴァーユの方に放った。
「ちゃんと持っとけ。うかうかしてたら俺が貰っちまうぞ」
ヴァーユは予想に反したシャドの素振りにたいそう驚いた。
そのまま言葉も返せずぼうっとしていると、「そいつはブルータルズだ。ここを強盗しにきた」とコアラの委員が口を挟んできた。彼は依然シャドを警戒している様子だった。
「うおう!? さっきのドケチンボ! ここで何してんだ?」
シャドは、いちいち主張の強い身振り手振りで反応する。時と場合によっては鬱陶しく感じるその素振りが、今はかえって落ち着きを取り戻すためのきっかけになりつつある。
顔見知りだとするシャドの反応を受けて、ヴァーユはコアラの委員に尋ねた。
「さっき、俺たちが来る前にあんたが追い返したって言ってた相手ってもしかして」
「ああ、こいつだ。とんだ無作法者だが、お前らの知り合いだったのか」
「……こんな状況じゃなければ他人のフリできたんだけど」
ヴァーユの膝の上で、シエルも渋い表情をしてうんうんと首を縦に振った。
その時、扉の向こうから、こちらへ急ぐ複数の足音が聞こえてきた。その場にいる全員が一斉に顔を見合わせた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
銃を携えた強盗が3人、掃除用具室の扉の前でたむろしている。
「スラリー、ここを開けたまえ。さっき伝えた通り、そこの人質を連れて、我々はここを出る。無為にここに留まるわけにはいかない」
その先頭にいたニトロが扉をどんどんと叩く。しかし、いっこうに返事はなく、音の気配もなかった。
ーー仕方ない、アレでこじ開けるとしよう。
ニトロが引き連れてきたメンバーの方へそう告げようと振り返る。
その瞬間、離れたところに立っていたジャッカルの姿をしたメンバーの1人に、何かが後ろから襲いかかるのが見えた。
「うおっ」
いつの間にやら忍び寄るその影に気づいた時には時すでに遅し。脇腹に強烈な頭突きを喰らったジャッカルはよろけるどころか、近くの壁に全身ごと叩きつけられ、壁からぐったりと滑り落ちた。力なく気絶した彼の口からは、涎が垂れ下がった。
ニトロは咄嗟に銃を向けた。だが、影は猛烈な勢いでまた近くの物陰へと姿を消した。
まだネズミが潜んでいたのか、と歯を食いしばり、影が去った方へ近づいた。
すると、また別方向の棚から、ぬっと影が飛び出て来る気配がした。振り返り再度銃口を向けようと腕を動かす。しかしそれよりも先に影はこちらに到達し、片手で銃を持つ手を押さえつけ、目の前で牙を剥いてくる。
そこでようやく、自分達を襲う者の正体を理解した。
「貴様、“義足のシャド”か。こんなところでお目にかかれるとはーー」
その者の弱点を見るにつけ、ニトロは銃を持っていない方の腕で、その弱点を鷲掴みにした。
「光栄だっ!」
せめぎ合ったこの状況下では、金属製の義足は精密な動きを取れないのだから、まずはそこから崩しにかかるのが有効に違いなかった。そう、本来であれば。
だが、今度の状況においては、ニトロは掴んだ義足から火花が走るのを見た。細い細い時の切れ間で捉えたそれは、細い糸のように伸び縮みする青い稲妻だった。直角的に畝りながら稲妻が空気を伝って銃へと到達し、それから路線をニトロ本体へと向けるのを感知した段階で、ニトロは本能的に足蹴にしてシャドの体ごと跳ね除けた。
飛ばされたシャドは受け身を取り、すぐさま体勢を立て直した。
改めて周囲を見渡すと、出口の方へ向かうパンダと人間の子供の姿が2つあった。シャドが注意を惹きつけている間に逃げる算段だったらしい。
「逃走者が裏口に! 捕らるんだ!」
トランシーバーに向かって叫んだ。
先に裏口に回っていたメンバーが子供を迎えて捕らるはずだ。近くにいたもう1人のメンバーに挟み撃ちにするよう指示すると、すぐさま子供が逃げた方へ走っていった。
「しまった」と口走り、シャドが急いで後に続こうとしたところで、その進行方向に銃弾が打ち込まれた。
「おっと、君の相手は私だ。丁重に葬ってあげるとしよう。これまで君達からしてもらったことへの、我々からのせめてもの恩返しだ」
そう言って、シャドに銃の照準を合わせた。
シャドはふんと鼻を鳴らして応える。
「お前らが好き勝手やってんのが悪いんだろうが。恩返しってんなら何か寄越せってんだ」
「お望み通りプレゼントしてやろう。喜べ、黄金色の銃弾だ」
ニトロは両の腕で銃を構え、引き金を引いた。激しい銃声が連続して鳴る。けれども、ターゲットもまた俊敏な動きで棚と棚の間を縫うようにして、猛攻を掻い潜る。
棚に並んでいた遺失物に銃弾がヒットする。ある棚では砂時計からピンク色の砂が、またある棚ではワインボトルから紅いワインが、そのまた他の棚では分厚い本からページが、それぞれ飛び散って、色も材質も異なる紙吹雪があたり一面に広がった。
逃げれば逃げるほど、床は散乱していき、それらを踏みつけた足音が聞こえてくる。その物音を頼りにして、ニトロは獲物のいる方角を査定した。
一向に隙を見せない相手から、しかし一方的に体力と逃げ場は奪われていく。その上、出口に逃げ去った子供を助けにいかねばという焦りから、この争いの終局はそれほど遠くはないことを、ニトロは確信していた。
また物音がし、何かがこちらへ飛んでくるのが見えた。すぐさま銃を発砲すると、物体は粉々に割れて、飛びかかってきた。何やら古めかしい壺を勢いよく投げつけてきたようだ。
少しは頭を働かせたらしいが、その程度のことは織り込み済みだった。割れたのを視認すると、ニトロは体を旋回させて、棚の裏へと回り込む。それから避けられることを想定していなかったのか、棚の側面で臨戦体勢を取って待機していた敵を見つけて急接近した。
ーーチェックメイト。
頭の中でそう唱え、確実に仕留められる射程を確保しようとしたところで、足に何かが引っかかった。見るとそれは青色の散水ホースだった。ホースは両端の棚の中に括り付けられていて、勢いよく引っかかったことで、棚から大量の本が落ちてきた。
「はーっ! ザマミロ!」
ニトロが怯んでいるところに、嬉々としてシャドが掴みかかってきた。
しかし、ニトロにとってはそれはかえってありがたいことでもあった。近接戦闘ならば先ほどと同様、義足から崩しにかかれば良いのだから。
「少しは賢しらな真似ができるものかと見直したがーー結局は痴れ者だったな」
最初に腹に一発喰らってしまったものの、ニトロはすぐに立て直し、体格上の利を活かしてシャドの義足を掴んだ。
「ぐおっ」
両手両足で暴れ回り、その都度鋭い爪先がニトロの体を掠める。痛みに耐えながら、ニトロは近くにあった棚にシャドの全身を押さえつけた。それから押さえつけていない方の腕で銃のストラップに触れた。
目の前にいるシャドが低い呻き声をあげる。此の期に及んで敵愾心を発露させ続ける獰猛さに面食らいつつも、最期の抵抗だろうと気にも留めないように銃を構えた。しかし、勝利目前という余裕ある状況下でも、気にせずにはいられない異変が目の前で起こった。
シャドの義足からやはり稲妻が走っているのだ。だが今度は銃にもニトロにも向かわず、稲妻はシャドが押さえつけられている棚へと放流されているようだった。放流に伴ってシャドの全身の毛が逆立っているのも、異様さを際立たせていた。
「何が何だかよくわからないがーー」
銃口を異変の根元へと向けた。
「先に地獄で待ってくれていたまえ」
引き金を引いて、弾丸が放たれた。
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