第15話 2足の草鞋を履いてみる

 事務所の前に停車した車から大男が出てきた。前田だ。貴はいざ自分の本懐を遂げるべく、事務所で出されたお茶を少し含んでライターを握りしめ前田を出迎える。

 「先日はありがとうございました」

 貴はぺこりと頭を垂れる。

 「え?何の事?」

 「あ、お忘れですか?伊東先生とほかの方2人で来られた」

 「おお、あの時の!」

 二人は女性事務員の手前、店名は口にしない。しかし女性事務員はにやついている。

 「思い出されました?」

 「あの時は参ったな。ライターが無くて」

 「そのライターが見つかったので持参しました」

 「見つかった?そうか!」

 貴はくすねた前田のライターを手渡した。

 「おお、助かったよ」

 前田はたいそう喜んでいる。

 「私、初めて政治家さんの事務所に入りまして。意外と質素なんですね」

 「ああ、金もないしな。選挙の準備期間になると余計掛かってくるし」

 「実はですね、私事で恐縮なんですが大学で政治を専攻しておりまして」

 「え?失礼だがその歳で大学?おいくつ?」

 「36です」

 「俺より1つ上だな。大学は?」

 「京都府大学に今年から通ってます」

 「おお、そうか。おれも京都府大なんだ」

 「そうなんですか。じゃあ先輩になりますね」

 「そうなるね」

 「そこでなんですが、お願いがありましてですね」

 「お願い?」

 「はい。先ほど女性の事務の方から人手が足りないと伺いまして、是非私を事務員として雇ってはいただけないかと」

 「急だな。だが、人手が足りないのは事実だし。うーん、少し考えさせてくれないか」

 「全然構いません。お願いしてるのは私ですから。あの店にまだ勤めていますし、なんならその時でもいいですよ。図々しくてすみません」

「ああ、前向きに検討するよ。ライターの一件もあるし。3、4日で答えを出すから。一応、連絡先聞いておこうか」

 貴はスマホの番号のメモを前田に手渡した。その二日後、前田から事務員として雇うと連絡があり「祇園 桜木」のバイトはやめることにした。 

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