第14話  大きかった草鞋を履いてみる

「なんじゃ、何騒いどんねん!」

「い、いえ。そんな大した事では」

「その割にはデカい声だったやないか」

「実は私のライターが見当たらなくてですね、それで」

「なんじゃ、そんなことかいな」

「せ、先生!お言葉を返すようですが、あのライターは私が一念発起した際に奮発して購入したライターでして」

デカ男前田は少し焦りながら伊東に反論する。

〈げ!そうなのか?まぁ値が張りそうだからそうかもしれんな〉

貴は素知らぬ顔でその会話を聞いている。

「そんなんやったら、わしが新しいのこうたるわ」

「い、いえ先生、それは」

〈お願い!断ってくれ!〉

「この場はわしのを使えばええじゃろ」

伊東はいかにも高級そうなライターを無造作に前田に放おった。

「恐縮です。お借りします」

〈よかったー!ここで新しいのもらったりしたら、今持ってるライターの存在感が薄れっちまう〉

貴はほっと胸を撫で下ろす。前田は伊東のライターで煙草に火をつけようとした。

「あら、拝借品でもそれはいけないわ」

杏奈ママがライターをひょいと取り上げて前田が咥える煙草に火をつけた。

「ふびまふぇん」


ライター騒動は一応無事着地した。貴もここでのミッションはコンプリートしたため、通常通り勤務を続ける。

4人の宴も終盤に差し掛かり、席を立とうとしたため、貴は先程預かった4人の上着をクローゼットに取りに行った。

「ライター見つかったら取り置きしておきます」

〈おれが持ってるけど〉

貴はデカ男前田にそっと囁いた。

「お、そうしてもらえる?ありがとさん」

そうは言ったものの、飲んで上機嫌になっているデカ男前田はライターの事は半分上の空の様子だ。

〈カランコロン〉

「ありがとうございます!行ってらっしゃいませー」

キャストと杏奈ママ、貴はドアに向かって深くお辞儀をして4人を見送った。


次の日、貴はくすねた?前田のライターを持参して、ママに聞いたデカ男前田の事務所へと急いだ。

「こんにちは〜」

「はーい」

応答は奥から女性の声だ。事務所には誰もいなかった。

「あ、あの前田様は」

「今、ちょっと出先でもうすぐ戻ります。失礼ですがご要件は?」

「あ、私飲食店の店員でして前田様がご来店の際、大切なライターを落とされたようで持参した次第でして」

〈落してねーけど〉

「あら、そう。わざわざすみませんね。じゃぁここで少しお待ち下さい。いまお茶出しますね」

「すみません。じゃ、失礼します」

貴は事務所を見渡した。政治家の事務所に初めて足を踏み入れた。意外にも質素で、壁には先日の伊東の顔写真だろうか、立派な額に飾られている。

机もさっきの女性のものだろうか、他一台、自身の机一台だけがある。他には掃除道具やらメガホンやら金目のものはあまり見当たらない。

「もう2、3分で来ますわ。どうぞ」

女性はお茶を勧めた。

「こちらは事務員さんは何人なんですか?」

「今のところ私だけなの。選挙が本格的になったら人員を増やすつもりらしいですけど」

「そうですかー」

白々しく本懐の質問をかます貴。すると外で車が停まる音がした。

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