第9話 大学入試

 由実奈の元を去った貴は、文京区に居を移し一人暮らしを始めた。アルバイトをしながら独学を進める日々。それは当初想像していた程甘くはなかった。バイト先では若造にバカにされ、勉強の方はというと黙々と進めるものの、勉学の自分の立ち位置を知る術は模擬試験だけ。ライバルが目に見えてこないため今ひとつ競争意識に欠けざるを得なかった。

 予備校に通うという選択肢は排除している以上、それは仕方のないことであった。ふとした時に由美恵との幸せな日々が幾度となく脳裏に浮かんだ。後悔の念が無いといえば嘘であろう。しかし、由実奈に見合うような一人の人間として成長した姿を由実奈に見せる為の一心で必死に頑張った。

 浪人一年目。東京都大学、京都府大学不合格。慶明大学は仮に受けた経済学部に合格。政治学部は不合格だった。あまりにも残酷な結果だが、救いは経済学部だけでも受かったこと。受験勉強なんて数十年していない中で、この結果は一筋の光明だった。

 浪人二年目。貴は家庭教師を付けることにした。その家庭教師は姪っ子の恭子でる。恭子は現役で御茶ノ水大学に合格している大学2年生だ。恐らくバイトはしたいだろうから小遣いとしてバイト代を支払えば良かろうと考えた。 早速恭子に連絡を取る。

「おう、恭子。久しぶりだな」

「え?誰」

「誰?じゃないだろ。貴だよ」

「ああ、貴おじさんかーびっくりした」

「なんでびっくりするんだよ。やましいことでもあるのか?」

「べ、別にないけど何の用事?」

「あのな、いろいろあってだな、その、今受験勉強してるんだ」

「はぁ?受験勉強?なんで?」

「理由は色々複雑でな。あとから話すよ」

「それで?」

「お前、大学生だろ?勉強教えてもらおうと思ってさ。バイト代は出すから」

「えー、今もう違うバイトしてるしなーってか、おじいちゃんとかこの事知ってるの?」

「いや、だいぶ実家には戻ってないから言ってないよ」

「そりゃまた。色々あるのね。うーん、考えておくからまた後で連絡するわ」

「わかった。宜しく頼むよ」

<うーん、すぐこの件を引き受けてくれると思ったが。ま、大丈夫だろう>

 貴は少し心強い気持ちになった。

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