第7話 失踪

 政治学部を受験すると決めた貴は、人が変わったかのように猛勉強を始めた。折角一大決心したのだから、第一志望は日本の最高学府「東京都大学文科一類」、第二志望は「京都府大学法学部」に私立は「慶明大学政治学部」にした。ハードルはなかなかの高さである。予備校は金が掛かるから行かないことにした。

 貴は由美奈に何も言わず受験勉強を進めていた。しかし、一緒に生活しながらだとどうも身が入らないし由美奈のために自分は変わると決めたのだから、一人で暮らして勉強してその後、立派になった姿を見せないと意味がないと思うようになった。

 そんな折、由美奈のオーナー店である「Lounge Vouge」の10周年を記念するパーティーが開かれることになった。

 「あなたも出席してくれるんでしょ?記念パーティー」

 「ああ。客としてな。俺たちの仲がほかの客に分かったら都合悪いだろ?」

 「前も言ったけど、そんなこと関係ないわよ」

 「そうか?客の立場なら、よく思わん奴は多いと思うが」

 「もしそうでも、そんなのそう思わせておけばいいわ」

 貴は口ごもった。

 「とにかく顔出してね」

 「ああ」

 生返事を返す。


 Lounge Vougeの記念パーティー当日。PM8:30から由美奈の店で行われる。時間前から入店して待っている客も結構いる。

 「ママ、10周年おめでとう。はい、プレゼント」

 「まぁ、素敵なお花。気を使っていただかなくても来てくれるだけで十分なのに」

 「そういうわけにはいかんよ。こっちも見栄があるからね。あはは」

 そう高笑いするのは、立早大学の政治学部の教授である高畑である。店を持つ前からの上客で金払いはいいがプライドが高い。大体そんなもんだろう。由美奈の客層は比較的富裕層が多い。だから高畑の様な客が多いのだ。

 高畑の他、手狭な由美奈の店に入りきらないくらいの客が押し寄せて店内は明らかに過密になり、キャストの女性たちが足りないくらいになってしまった。

 記念パーティーの開始時間になった。まずは由美奈が挨拶する。

 「この度はこのLounge Vougeの10周年記念パーティーにご来店いただき、感謝申し上げます。これはお客様のご厚意の賜物であり・・・」

 由美奈は挨拶しながら店内の多数の客の顔を目で追い貴を探した。だが見当たらない。

 <あれ、来てくれるはずなのに。遅れてくるのかしら?>

 更に客を目で追ってるうちに挨拶も締めにかかった。

 「今後もLounge Vougeのお引き立て、宜しくお願い致します。」

 割れんばかりの拍手が巻き起こった。由美奈は深々とお辞儀をする。

 <貴、やっぱり来てない>

 挨拶が終わった由美奈は不安になってきた。

 <きっと遅れてくるんだわ、きっとそうよ>

 そう自分に思い込ませてパーティーを進行し続けた。記念パーティーは立食にして客側がお気に入りのキャストの下に行くという、普段とは真逆の形式にした。客としては普段話さないキャストと親密になれるので嬉しい限りだ。由美奈の席にも多くの客が入れ代わり立ち代わり訪れては接客する。しかし、由美奈は貴の所在の事で頭がいっぱいになり、話は上の空になっていた。

「ママ、どうしたの?具合悪いの?」

 と聞いてくる客もいた。

 11:00をまわっても一向に貴は店に現れない。気が気でない由美奈は首都高沿いの自宅に帰ることにした。ボーイの伊藤に言伝した。

「ごめんね、ちょっと用事で先に帰るから、パーティーの片づけとか諸々お願いね。他の事はチーママのゆきちゃんに任せればいいから」

「は、はい。了解しました」

 そう言うと、タクシーで着の身着のまま自宅に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る