ハイボールを頼みたかっただけなのに

淡麗(あわいうらら)

第1話

目が覚めるとバーにいた。最後の記憶がバーで飲んでいたところだから、そりゃそうだ。

 ただ、どこかおかしい。見覚えがいバーにいる。

 酔っ払って新規開拓と称し知らないバーに入ったのだろうか。今何時なのかわからない。店内は暖かみのある間接照明の光で照らされていた。床は石畳で壁も石が積まれたもので、使い込まれた艶のある無骨で立派な木の柱や梁でできたお店だ。俺はバーカウンターに座っていて、目の前にいるバーテンは、ドイツの民族衣装のようなレースやフリル、刺繍がふんだんに使われたディアンドルのようなカラフルな服装だった。

「何か飲みますか?」

バーテンダーが微笑む。

「うーん、ハイボール」

しばし沈黙が流れる。

「ハイボール?」

「ハイボールだけど」

もしかしてここはビール専門店なのだろうか。ビール以外は置いていない。バーテンダーにドイツの民族衣装のディアンドルを着せるほど本格的なお店なのだろうか。それならば納得できる。

「もしかしてドイツビール専門店だからハイボールない、みたいな?」

「ドイツ?ビール?も、申し訳ございません、えっと」

「ああーそれ、その後ろにあるやつ」

バーカウンターの後ろにある棚には酒瓶が大量に並べてあった。その中から見覚えのあるラベルを見つける「角」。

「それをグラスに入れて炭酸で割ってくれればいいから」

「え!?でも、これは」

「あ、もしかして誰かのキープ?じゃあ俺もボトル一個キープするから」

「そうではなく、その」

在庫がもうないのだろうか。バーテンダーの女の子は酷く困ったように俯いている。

「ないなら、まあいいけど」

「あるにはあります。ですが」

「なに?」

いい加減イラつき始めていた。ハイボール一杯頼むのにここまで会話のラリーを続けた事はない。

「ハイボール」

「あ、はい」

突然隣から男の声がした。その男がハイボールを注文する。バーテンダーは俺の時とは違ってスムーズに、俺には出さなかった角を使い、ハイボールを作り、男に出している。

「おい、なんで俺には出さないんだよ」

俺の苛立った声をきき、隣に座った男がクスクス笑い始める。

「いいから、俺にもハイボール」

「出してやりなよ」

「でも.....」

「何かあったら俺が責任取るから大丈夫」

男の言葉をきき、バーテンダーは慣れた手つきでハイボールを作り始める。なんだ、できるじゃないか。目の前にハイボールが置かれる。バーテンダーは不安そうに俺を見る。そんな目で見られながら酒を飲んだことはない。わけがわからないが、出されたハイボールを口に運ぶ。氷がカランと音を立てる。スモーキーでほのかに甘い香りが鼻に抜け、炭酸が喉を潤す。

「うめー」

生き返った!もう一口口に運ぼうとしたとき、バーテンダーの視線に気づく。化物でも見るかのような顔をしている。隣からの視線、いや、店内の心地よいざわめきが全て消えていることにも気づく。

 振り返ると、そこにいる全ての視線が俺に刺さっていることに気づいた。

「お前」

静寂を断ち切ったのは隣に座る男だ。

「ノンベエだったのか?」

「え?そ、そうだが?」

答えたが、男の目は皿のようにまんまるだった。

「え、なんなの??」

わけがわからない。

「まあ飲めって!俺以外にもいたんだな、ノンベエが!あれ、俺のボトルだけど飲んでいいから!」

男がバンバンと俺の肩を叩く、10年ぶりにあった旧友に偶然再会したようなテンションだ。バーテンダーは目を潤ませて口に手をあてている。

「目の前にノンベエが2人もいるなんて、明日わたし死んじゃうのかな?こんなことあるんですね」

店内からも拍手が聞こえたり、おおーと驚く声が聞こえる。

一体なんなんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ハイボールを頼みたかっただけなのに 淡麗(あわいうらら) @chuu2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る