育代バレンタインif~イインチョ流チョコの渡し方~

八日なのか

イインチョ流チョコの渡し方


 ここだけの話────私、鬼灯育代はバレンタインがあんまり好きじゃない。


 理由はいくつかあるけど、だいたいは私が委員長キャラであるということに帰結する。

 まず、チョコの持ち込みは立派な校則違反。もちろん見ないフリをするけど、なんだか罪悪感でいたたまれない。

 次に、そわそわする男子連中……でも、これはちょっと面白い。そんなに何度も机の中をまさぐらなくても、ないチョコはないというのに。

 そして、何故か女子同士が一番揉める。


「●●ちゃん、××にはチョコ渡したのに私にはないの?」


 ────みたいな、普段は見えない確執がチョコで浮き彫りになってしまう。

 その仲裁に入るのが、イインチョキャラである私だというのは言わずもがな。お願いだから仲良くして欲しい。


 ともかく、気苦労が絶えないのだ。



***



「今年のバレンタインは中止だ、中止」


「今年も、ね。毎年中止にしたがるじゃん、良徳」


 バレンタインを明日に控え、今日もクラスのバカ男子どもがバカ話をしている。


「クリスマスに次ぐ厄災イベントだろ。俺が今年こそチョコで殺されたらどう責任取るつもりなんだ、ええ?」


「聖ヨシノリデーとして、バレンタインの発祥説を良徳の血で塗り替えるよ。チョコが怖いのはいまだに理解できないけど、少しは素直に喜んだらどうかな?」


「いつだっただろうな、俺が最後に心から笑えたのは……ははっ」


「僕は誰からだろうと、チョコ貰えたらうれしいけどなあ」


「いつも食い切れない分を妹に押しつけてんの、知ってんぞ」


「違うよ、アレは危険そうなチョコの成分分析をお願いしてるんだ。ちょっと嗅げば分かるって言うから」


「それ、俺のもやってくれよ……」


「なら持ち物検査と称してイインチョに検めてもらいなよ」


 振ってきて欲しくないところで、彼が話を振ってくる。


「バレンタイン前日にそんな夢のない話をしてるのはアンタらぐらいよ。もっとバカはバカらしくバカみたいに浮かれてたらどうなの?」


「もちろん僕は楽しみにしてるよ? そういうイインチョはどうなのさ? 毎年、バレンタインはげんなりした顔してるけど」


「人のバレンタインの過ごし方を観察しないでくれる?」


「ははっ、イインチョはこっち側の人間だったか。歓迎するぜ、ウェルカムトゥアンダーグラウンド」


「アンタと一緒にしないで、陰キャノリ」


「なんだよ、イインチョもパンピーみたいに浮かれてチョコ渡しちゃったりするのよ? くぅ~!」


 死ぬほどバカにした顔を私に向けてくる。

 そんなに己の顔面に、この上履きの底の形を刻み込んで欲しいのだろうか。


「イインチョからのチョコも楽しみにしてるね?」


「え」


「え、くれないの? 今年こそはくれるかと思ったのに……」


「ヒロ、私のチョコ欲しいの?」


「欲しいよ?」


「……私があげるワケないでしょ? バカなの? ああ、そういえばバカだったわ」


「ヒドいなあ」


「そりゃそうだろ、イインチョがチョコなんて持ってくるワケがない。ましてや手作りなんてするはずが────ふごっ!?」


「良徳がイインチョ必殺・パンツが絶対見えない回し蹴りの餌食に!?」


「明日が聖ヨシノリデーになってるといいわね」


 そんなにバレンタインがイヤなら、このまま気絶したまま過ごせばいいのだ。


「(……ヒロは欲しいんだ、私のチョコ)」


 とか、心の中で呟いたって用意するワケないんだけど。



***



 放課後、白い息をふぅっと空に吐きながらぼんやりと帰路につく。


「チョコ……材料はすぐ買えるけど……ラッピングとか……」



 ………………。

 …………。



「あの、これください」


 近所の100均で、なぜか小一時間悩んだ末、ラッピング材を購入。



 ………………。

 …………。



 カッカッカッカッカッカッカッカッ────(なにかをボウルでかき混ぜる音)


「甘い方が好き……? 適当でいいや」



 ………………。

 …………。



***



バレンタイン、当日。


「(チョコ、作って持ってきちゃったぁぁぁぁ~~~~っ)」


 深く考えたら負けだと思って、学校の下駄箱の前に来るまで意識しないようにしていたのに、さすがに限界がやってきた。

 今までは彼は私のチョコなんて欲しがらないと勝手に決めつけていたのもあった。

 だけど、その本人から『チョコが欲しい』なんて免罪符をもらってしまったら────。


「(もう適当に下駄箱の中に突っ込んじゃお)」


 これ以上は私が私でなくなってしまいそうで、なんとなく覚えていた彼の下駄箱を周りに誰もいないことを確認してから、そっと開く。

 

「もう入らないんだけど???」


 とっくに彼の下駄箱の中はチョコでパンパンだった。

 いつも、バレンタインには両手に余るほどチョコを抱えて教室にやってくるのをすっかり忘れていた。


「(なんだか無性にムカついてきたわ……)」


 特にこれといって深い理由なんてないんだけど、ムカつく。

 このムカつきがなんなのかは、考えたらきっと負けだ。

 絶対にそれだけは考えないようにしないと。



***



「(机もパンパンとかなんなの? いつもどうやって持ち帰ってるの?)」


 早くもこっそり渡す作戦が暗礁に乗り上げていた。

 チョコをスクールバッグに忍ばせているだけでも、イインチョな私としてはドキドキハラハラしてしまう。この罪悪感から逃れるためにも、さっさと渡してしまいたい。

 

「げっそり」


「あ、ちょうど良かった。良徳、ヒロにこれ渡し────」


「チョコオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!? チョコッ! チョッ────(バタンッ!)」


「あのねえ……毎年毎年、いったいなにがあったらそうなるのよ?」


 チョコのチョの字も出してないのに卒倒した良徳を引きずって、保健室に放り込む。



***



「おはよう、イインチョ。良徳の姿が見えないんだけど、知らない?」


「保健室でスヤスヤしてるわよ」


 なに、その愛いっぱいみたいなチョコの抱え方は?

 いったいなにをどうしたらそんなにモテるのか知らないけど、いい加減にして欲しい。これじゃあさっくり渡そうにも渡せないじゃないの、もうっ!


「え、どうしたのイインチョ? 朝からイライラして……イヤなことでもあった?」


「なんでもないっ!」


 本当になんでもないから。ちょっと、気の迷いがあっただけ。


「(そうよね、私のチョコなんてもらったところで……)」


 バッグから出し損ねたチョコを、持ってきたときよりも念入りに、奥深くに押し戻した。



***



 結局、そのまま放課後まで過ごしてしまった。

 その頃には、チョコのこともすっかり忘れて────。


「ヒロ、帰りにゴミ捨て手伝って」


「いいよ」


 掃除当番の終わりがけに、彼とゴミを捨てに行く。

 冬らしく、もう日が傾いていて、並んだ窓から射し込むあかね色の陽が横顔をほんのりと照らしている。


「そういえばイインチョ、今年も僕にチョコくれないの?」


「はあ? アンタ、もういっぱいもらってるでしょ?」


「僕はイインチョのチョコが欲しいのに」


「(~っ、なんでそっちから蒸し返してくるのよ)」


 今も、彼は冗談のつもりで言ってるのだろう。ニコニコしているから、残念そうにも見えない。

 そんな脳天気な笑顔がチクっと私の気分をささくれ立たせる。

 そう、なんといっても今日はこの男に一矢報いることのできる、とっておきがこのバッグの底に眠っているのだから。


「あれ? もしかしてホントにチョコくれるの?」

 

「ぎ、義理なんだから」


 絞り出したのはそんなよくいるツンデレキャラみたいなセリフで。

 

「めっちゃ本命っぽいけど?」

 

「バカ」


 ようやく渡せた……というか、押しつけた。

 なにこれ、ヤバい。恥ずかしい。血液が沸騰しそうなぐらい、身体が熱い。これ絶対、頬赤い。夕日がうまく誤魔化してくれているといいけど。


「うれしいなあ、イインチョのチョコ。略してイインチョコ」


「ねえ蹴り飛ばされたいの?」


「食べてもいいかな?」


「ちょっ……そういうのは家帰ってからにしなさいよ!? こんな、学校の廊下で堂々と────」


「いやあ、この気合いの入れようだと妹にやっかまれそうだし、なによりイインチョの手作りチョコなんて楽しみすぎて家まで待てないよ」


「だ、誰も手作りだなんて一言も言ってないでしょ!? や、待ちなさいって! ちょぉっ!」


 彼はそんな私の慌てように目もくれず、チョコよりも地味に手こずったラッピングを丁寧に解いていく。

 その下にはいったい昨日の私はなにを考えていたのか、ハート型のチョコが────。


「い、いやああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~っ!?」


「えええええっ!? 今、そんな悲鳴あげて逃げるタイミングだったかな!?」


 とうとう耐えきれなくなった私は、チョコが姿を現す前に脱兎のごとく、その場から逃走したのだった。



***



「な~にをやってるの、私ぃ」


 全力疾走で家まで逃げ帰って、そのままベッドにダイブして、うつ伏せになりながらふごふごする。

 どうせ、明日も学校で会うというのに。


「……えへへ、渡せてよかった」


 そのニヤケ顔をかき消すように顔をゴシゴシと枕にこすりつける。

 少なくともまた彼と会う明日まではのんきにこの浮かれ気分のまま、過ごせるのだから。


「ハート型のチョコ、おいしかったよおおおおおおおおおおおお! イインチョオオオオオオオオオオオオオ!」


「だからって家まで感想言いに来るなあああああああああああ~~~~ッ!!!」


 思わず窓を開けて大声でツッコんでしまった。

 もうホントに────バカなんだから。



***



 そう。

 これは私、鬼灯育代がバレンタインをあんまり好きじゃ“なかった”頃の話。







~END


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