勝ち負け
阿部 梅吉
勝ち負け
花柄のスパッツを穿いたから、私は今日、アル子ちゃんにからかわれないで済んだ。だってアル子ちゃんは今日、ペン柄のスニーカを穿いていたから。アル子ちゃんはいっつも強いんだ。私なんかせいぜいさくらんぼの髪留めだけしかないのに、アル子ちゃんはいっつもピンクのスカートを穿いているんだもん。
ところで、先生は、今日は負けかな、彼女さんが遠いところに言ってしまったんだって。遠い遠いところ。仕方ないね、だってここは全校生徒がたった100人しかいないんだもん。スーパに行くのに30分もかかるんだ。今はあまぞんがあるからとても便利なんだよ。
彼女さんはこの町にはいられなかったみたい。だって私、先生のライン見ちゃったもん。たまたま私が最後の名前で、通知表を受け取るのを忘れていて、っていうか先生が渡し忘れただけなんだけど、それで帰りに職員室に寄ったら見ちゃった。先生、パソコンにライン入れているんだあ。私はちらって盗み見ただけ。でもすぐにわかる。彼女さんは、ここが南極だと思っているみたい。そりゃあそうだね、だって一年の半分は雪に埋もれているんだもん、仕方ないよ。先生はとても笑顔で優しいけど、誰もいない職員室では頬杖をついて、なんだかため息ばかりついている。
「人生がずれると、体もずれるのかな」
私はお母さんに聞いてみた。
「あんたは時々意味の分からないことばかり言う」とお母さんは言った。
そうかなあ、私だってわからないよ。お母さんは何でも知っていると思っていたけれど、そうじゃないみたい。
児童館の先生に聞いてみた。先生は結構何でも知っているから。
「何も考えていないとそうなるかもね」と先生は言った。
「でもさあ、先生、私、全速力で走っているときとか、何も考えられないよ?」
「ああ、そりゃあ一本取られたね」と先生は笑った。先生は前歯が無いけど、歯は白いんだ。
「でもね、お前はずっと走れるか?」
「ううん」
「そういうことだよ」
「本当に? ずっと走っていて、どんどん重く苦しくなるんじゃないの?」
「さてね、そんなことを言った人もいたかもしれんが」
「軽くなるときもある?」
「お前さん次第だろうね」と先生は言った。
「ずっと走る義務なんてないんだ。本当はね。歩いたって立ち止まったっていいのさ」
「でも、アル子ちゃんは私が茶色の服を着ている人をいじめるよ」
「そんな奴もいるね」
「そういう人はどうなるの?」
「さてね。知りゃしないさ」
「地獄に行くのかな?」
「そう思えたらいいだろうね」
「私、眼鏡をかければちょっとはいじめられないで済むかもしれないな」
「あとは歯の矯正かい? まったく残酷だね。いつだって子供っていうのは」
「でもお父さんはいつだって眼鏡を買ってくれるって言ってくれるもの」
「お前は愛されているんだね」
「うん、そうなの。だってお父さんはね、お母さんがつらい時にパンを買ってきてくれたんだよ」
「それはよかった」
「うん」
「今日は?」と先生が優しく聞く。
「今日はカメレオンだよ」
「そうかそうか。それは面白いね」
「ほら、服が透ける」私は服を先生の来ている紺色の服に変えさせた。
「先生と一緒でしょ?」私の体はみるみるうちに紺色になった。
「ああ、今日は面白いね」
「でしょ」
「明日は?」
「ティラノサウルス!!!!!」
「ほんに、それじゃあ、気を付けるんだよ。誤ってお母さんとお父さんを踏んづけるんじゃないよ」
「大丈夫。アル子ちゃんの家に明日行くんだ。だからお父さんとお母さんは離れているの」
「そうかそうか」
翌日、私はアル子ちゃんの家をつぶしてしまったが、そのつぶした家の地面の下からたくさんの水が出てきた。とても勢いよく出たから虹ができた。
そこからダムができて、記念碑が建てられた。近くに湖もできて、カップルでボートに乗ると破局するって言われている。そんなことないはずなのにな。だって湖からできたキノコはおいしいもん。
……私が勝ち。
(了)
勝ち負け 阿部 梅吉 @abeumekichi
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