元カノからのバレンタイン
マカロニパスタ
第1話【バレンタイン】
2月14日。
その日は聖人バレンチヌスが処刑された日だ。
それを日本の企業が利用してバレンタインはチョコやお菓子を想い人や友達などに送る日などと言い、日本で最もチョコを消費する日として知られている。
恋人がいるものは彼女との仲をさらに深める日でもある。
しかし、2ヶ月前に浮気された颯太—————
友人からはバレンタインパーティーに誘われたが、そんなものに出る気はないため自宅で一人で過ごすという選択を選んだ。
はずだった。
◇◆◇◆◇◆
お昼を食べて、やることの無い颯太はただボタンを押すだけの作業ゲーをやっていた。
楽しくはないが、やるこももないときにはうってつけのゲームだ。
ピンポーン
急にインターホンが鳴り颯太は目を覚ました。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたらしい。
颯太はまだぼんやりとしている目を擦りながらドアスコープを覗いた。
その瞬間、ぼんやりとしていたのが嘘のように目が—————
いや、脳から体のあっちこっちに至るまで覚醒した。
その相手はもう二度とここに来るはずのない相手だった。
もう二度と会うことは無いとすら思っていた。
何故ならその人物は美咲———
2ヶ月前まで颯太が付き合っていた元カノとも呼べる存在だ。
浮気をされ、問い詰めたらあっさりと別れることになった。
それはクリスマスの出来事だった。
そんな相手が、今颯太の住んでいる所に押しかけてきたのだ。
驚かない方がおかしいだろう。
颯太の頭は美咲が来た理由を即座に考え始めたが、思いつかなかった。
付き合っていた頃から何を考えていたのか分からなかったのだ。
今更分かるはずもないだろう。
無視しよう。
そう結論付けた。
颯太はドアスコープから目を離し、深呼吸をして自分を落ち着かせる。
そんな時。
「ねぇ、いないの?」
そんな声が耳を、脳を、体全体を通り抜ける。
もう思い出さないと決めていた、思い出が脳を駆け巡る。
落ち着いたはずの鼓動はより早くなっていた。
そのせいか目に持っていたスマホを落としてしまった。
スマホは大きな音を立てて落下した。
幸い割れてはいなかった。
しかし——
「あっ、そこにいるんだ」
その音が外にも聞こえていたらしい。
これで無視するという選択肢は無くなった。
颯太は再び深呼吸をして恐る恐る扉を開けた。
「もー、遅いよ」
「……すまん」
改めて見るその顔はあの頃と何も変わっていなかった。
2ヶ月という期間のため当たり前といえば当たり前なのだが、それが余計に颯太の胸を苦しくさせた。
「で、なんの用で来たんだ」
今にも吐きそうな感覚を覚えながらもそう聞いた。
「んーとね、ほらこれチョコ渡しに来たの」
美咲はカバンから黒い包みに赤のリボンで結ばれた四角い箱を渡してきた。
「え……」
それはあまりにも意外な事だった。
「ほら、今日はバレンタインでしょ?」
確かにそうだ。
チョコを渡す理由にはなる。
だが、そうでは無い。
そんな理由で渡せるような関係にはもうないはずだと颯太は思っていた。
もう修復なんてものは出来ないもののはずだった。
「どーしたの?」
美咲は平然とした顔でチョコを差し出す。
そこにはお互いの間に何も無かったと言っているような顔だった。
「……ありがとう」
颯太はそれを受け取ってしまった。
「どー致しまして」
何も変わらない顔で、何も変わらない笑顔を向けてくる。
颯太には理解できない事だらけだ。
今すぐここから逃げ出したい気分だ。
「そうだ、食べた感想聞きたいからさ
家に入ってもいい?」
◇◆◇◆◇◆
美咲は友達の家にでもいるようなリラックスした表情で頬杖をついていた。
「颯太の入れてくれたコーヒー飲むの久しぶりだなぁ〜」
そんな呑気なことを言っていた。
世の中には別れてからも友達同士の元カップル同士がいると聞くが、颯太には無理な事だった。
浮気されたことを知った日の夜は怒りと悲しみがぐちゃぐちゃにミックスされ眠れなかったし、しばらくは立ち直れなかった。
だからこそ、今この光景が異常に思えた。
「結構甘めに作ったから少し濃い感じのがいいかな」
「手作りなんだな……」
「もちろん
市販品よりも手作りの方がなんかいいでしょ?」
美咲の手作りのお菓子はどれも美味しかった。
付き合う前より何度も食べていた。
颯太は動揺しているのを隠すために豆を挽いている手は止めなかった。
颯太の趣味は豆を自分で挽いて、コーヒーを入れることだ。
周りにはいないそんな趣味を持っていたため、それに興味を持った美咲がお菓子を作ってきたから飲んでみたいといい仲良くなったのだ。
そんな思い出がフラッシュバックする。
美咲も楽しそうに豆が粉になっていく光景を見ていた。
◇◆◇◆◇◆
「んー、やっぱり颯太くんが入れてくれたコーヒーが1番美味しいな」
「………そうか」
美咲は毎回1口目に必ずそう言ってくれた。
今回も例に漏れずそう言った。
「私のチョコも食べてみてくれない?」
「あ、あぁ……」
颯太は緊張した趣きでラッピングを外していく。
「ラッピングも結構凝ってるな」
「そうでしょ!
今回頑張ってみようかなって思って頑張ったんだ」
市販品と言われても見分けがつかないほどのラッピング。
さぞ頑張ったことだろう。
理由は分からないが。
ラッピングを解き、箱を開ければハート型のチョコが何個も広がっていた。
「どう?」
美咲は自信ありげな顔で颯太を見ていた。
「有名なチョコの店と言われても納得出来る見栄えだな……」
「ふふっ、ありがと
でもちゃんと手作りだよ?」
美咲は手を伸ばし、箱からチョコを1個手に取る。
「はい、あーん」
それを颯太の口の前に差し出した。
颯太は驚きのあまり口を開けてしまう。
美咲は笑顔で颯太の口の中にチョコを入れた。
反射的に咀嚼をした。
口の中全体に甘さが広がる。
確かに甘い、しかししつこい甘さではなかった。
「上手い……」
飲み込み終わると自然とそんな言葉が出ていた。
「ありがと
本当に美味しそうな顔だね」
そう言いながら美咲はもう1枚チョコを取り、先程と同様颯太の口の前に差し出した。
今度は少し苦い大人なチョコだった。
「味が違うな」
「そうだよ
色んな味が楽しめて楽しいでしょ?」
更にもう1枚、チョコを差し出してきた。
先程よりもさらに苦いチョコ。
次は甘いチョコ。
どれも違った味だ。
「凄いな……」
半分を食べ終えた頃、そう言った。
「頑張ったからね
いっぱい調べて、どんなのがいいか考えて、隠し味も入れてみたりしてね」
「隠し味?」
そうだよ
高いチョコだとたまにアルコールが入ってたりするから私も入れてみたんだ」
「……そうか」
言われてみれば、最初の頃の緊張は無くなり、体がぽかぽかとした感覚だった。
「それなのに、あいつは……」
「……!?」
思わず体が強ばる。
「私ね、浮気されたの」
突然の告白。
少なくとも目の前にいる彼女に浮気された自分に言う言葉ではないだろう。
「因果応報だな」
怒りのような悲しみのようなどうにも分からない歪なぐちゃぐちゃとした感覚が湧いてくる。
「はははっ
そうだね」
美咲は自虐するように笑いながらチョコを1個口に入れた。
「うん、やっぱり美味しい
こんな美味しいもの作れる人を捨てて浮気するとかほんとに酷いなぁ」
悲しそうな顔だ。
今すぐに抱きしめてあげたい、自分だったらそんな顔させない。
そんな思いが湧き出てくる。
それを飲み込むようにコーヒーを口に入れた。
「あー、美味しいなぁ
こんな美味しいコーヒー入れてくれる彼氏を捨てて浮気するなんて酷いなぁ」
そう言うとお互い笑いだした。
今ある感情全てをそこに乗せた。
「そういえばさ、チョコまだあるんだ」
そういうと美咲はカバンからキャップの付いた筒状のもの———口紅のようなものを取り出した。
キャップを外すと、
「ほら、チョコでしょ?」
「そうだな」
「ふふっ、面白そうだから買ってみたの」
そのまま美咲は慣れた手つきで唇にチョコを塗っていく。
「こっちも食べてみる?」
美咲はそう言いながら笑った。
その光景はさながら悪魔のようだった。
元カノからのバレンタイン マカロニパスタ @makaronipasuta
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