だれも寝てはならぬ
阿部 梅吉
だれも寝てはならぬ
※この作品は過去同人誌『色彩短編集』に納められた作品の一つです。
本作品は予告なく削除する場合があります。
また短編集に掲載していた「解説」は割愛しましたのでご了承ください。
真喜奈が必要以上に人と関わるまい、と決意したのは十八の時だった。それが遅いのか早いのはわからないが、彼女にはそうするだけの理由があった。
彼女と関わった人間はことごとく数奇な運命を辿っていくからだ。
彼女は地元の公立高校を卒業すると知り合いの誰もいない土地に行き、一人で生きていくことを決意した。そんなわけで彼女は心地よい関東圏での生活を捨て、はるばる北海道までやってきた。彼女は初めこそその寒さと厳しさに驚いたが、すぐにその土地を気に入った。大学の入学式に雪が降るのは流石に驚いたが、彼女にとってそれはひじょうに魅力的に写った。何より彼女は雪が好きだった。
大学に入っても彼女はわざと友達を作らなかった。彼女の入った学部は理学部で女子生徒は少なかった。その女子生徒たちはわざわざ彼女とともに行動しようとはしなかったし、大半の男子生徒も実習などで必要がない限りは彼女に話しかけなかった。彼女は念願の孤独な生活を、すんなりと手に入れた。それは彼女が考えているよりもとても簡単なことだった。単に必要以上に話しかけなければ良いだけの話なのだ。友達を作るよりもずっとずっと簡単に違いない。おそらく。
彼女は暇さえあれば勉強に勤しみ、本を読んだ。時間はたっぷりあった。もっと暇になれば走ったり筋トレをしたりした。おかげで彼女の成績は不動の一位となった。授業では度々褒められることもあった。しかし彼女自身はそんなこと別にどうだってよかった。彼女にとって大事なことは、人に危害を加えないこと、必要以上に他人に興味を持たないこと、必要以上に他人に興味を抱かれないこと、ただそれだけだった。
夏の大きな休みには日雇いのバイトをした。日雇いは人間関係が持続しないので彼女にとってはうってつけだった。正月も家には帰らず一人でテレビを見た。相変わらず成績は一番だった。
そんな風にして、彼女の大学生活の半分以上が過ぎた。
彼女は自分自身を消していたつもりだったが、現代社会において誰ともかかわらないことなど、できるはずもなかった。
彼女は三年の後半から研究室に所属することになった。成績は優秀だったのでどこの研究室を訪問しても特に誰にも何も言われなかった。放っておいても勝手に勉強するだろう、くらいに思われていた(そして実際に彼女はそのような性格だった)。しかし周りの人の予想とは裏腹に、人気の研究室には入らず、あまり人のいなさそうな研究室を選んだ。研究内容も独特で決して華があるわけではなかったが、堅実に実験を重ねればデータの出そうなものではあった。彼女が人気の研究室を選ばなかったことで周りは訝しがったが、他人からしてみれば大きなライバルが一人減ったことになるわけで、大した話題にはならなかった。
研究室では毎日同じ少人数のメンバーと顔を合わせるので、必然的に関わらなくてはならない。彼女は必要最低限のコミュニケーションだけを彼らと取ることにした。
「時田(ときた)さんはどうしてこの研究室に入ったの?」
時田、とはマキナのことだ。研究室の歓迎会でマキナに一番に話しかけたのは同期の唐船(からふね)だった。
彼女にとって彼はどこにでもいるような男子大学生に見えた。人当たりが良く誰とでも仲良くなれ、茶髪をなびかせ、いつも時流にあった格好をしている。かと言って他人にしつこいところもない。爽やか。世間がイメージする「大学生」に唐船はぴったりと当てはまっていた。
「時田さんは別の研究室に入ると思ってたな、なんとなく」
「あんまり人と同じことをしたくないの」とマキナは答えた。それは本心だった。
「自分だけの道が欲しいの、なんとなく」
「格好いいね」
嫌味のない言い方だった。唐船も本心で言っているようだ。従順な犬みたいだな、と心の中でマキナは思う。
「俺も」
度々二人は話すようになった。唐船は人当たりが良い。誰にでも話しかける。唐船にとってはマキナも大勢いる中の一人なのだろう。きっと彼ならば深入りしてくることはない。そう思うと気軽に唐船と話すことができた。
マキナは人と必要以上に関わらないと決めただけで、他人を嫌いたいわけではない。今までも誰かに何か質問されたら当たり障りなく答えてきた。唐船との会話はマキナにとっては苦痛ではなかった。
十一月頃だった。彼との他愛ないささやかな関係が少しだけ前よりも親密なものになったのは。
その日唐船はゼミの前日のため、研究室に泊まる予定だった。マキナは九時頃には帰宅する予定だった。毎年何人かは研究室に泊まる人が出て来るので驚くべきことではないのだが、かといってそうそうよくある事でもない。
堪り兼ねて彼女は唐船に何か手伝えることはないか、と尋ねた。無いと彼は言った。夕飯はまだか、と彼女は尋ねた。唐船は首を振った。夕飯を食べる時間さえ惜しいみたいだった。
「まだだけど大丈夫」と彼は言った。目はマキナの方を見ていなかった。唐船にしては珍しい。余裕がないのだろう。
「これからコンビニに行く予定だからついでに何か買って来るけど、何か食べたいものはある?」マキナは思わず声をかける。
「五百円以内ならなんでも」相変わらず目の前の論文に目を通しながら彼は答えた。
彼女はコンビニに向かった。店内をうろつき、少し考えて炒飯と牛丼を買った。
研究室に戻ると唐船は机の上で寝ていた。彼女は寝ている彼の頭の横に牛丼を置いた。彼はおきない。マキナは気にせずに自分の炒飯を電子レンジで温めて食べた。
五分か十分かそこらだろう、マキナが炒飯を半分ほど食べたあたりでのそのそと唐船が起きてきた。冬眠明けのクマみたいに。
「食べていいの?」
彼は机に出現したコンビニの袋を指して言った。
「もちろん」
マキナは相手の顔も見ずに答えた。食べるのに忙しかったのだ。唐船は袋の中身を確認して感動した。
「ありがとう」
「別に」
「時田さんって優しいんだね」
「普通だよ」
「でもさ、ある程度人と距離置いてるよね」
「そう?」
「うん。誰に対しても深入りしないじゃん」
「そうかな」
「どうして?」
「別に。なんとなく。ねえ、唐船は私のこと、冷たいって思う?」
「思わない」彼はきっぱり答えた。
「少なくとも夜の九時にお弁当買ってきてくれるのは時田さんだけだ」
「それはたまたま今、研究室には私しかいないだけ」
「……(一瞬ためらったのちに、)時田さんは優しいけど、なんていうか、あらゆる人に深入りしないようにしているように見える」彼は言葉を選ぶようにゆっくり話した。
「そう?」
「うん」彼は牛丼弁当を開けながらゆっくり話す。
「時田さんは誰かに自分をさらけ出さないの?」
彼の声が、彼女の遠い記憶を呼び覚ます。
マキナの一番幼い記憶は病院にいるときの記憶である。おそらく二歳か三歳くらいだろう。その日は彼女の祖父が死んだ。
彼女の祖父はロクでもない人間だった。客観的にも主観的にも。妻にも子供(マキナにとっては祖母と母親だ)にも暴力を振るった。酒癖も悪かったし、気に入らないことがあれば平気で人を殴った。そのくせ大して働きもしなかった。家でも家事をほとんどせず、妻や子供に指図ばかりした。そして大した思い出も作らず彼女の祖父はあっさりとこの世を去ってしまった。
彼女の祖父の死因は頭部の外傷である。ベランダに続く階段を踏み誤り、そのまま頭から落ちて死んでしまった。人の最期というものはかくもあっさりと幕を引くものだ。後に残された者は彼が亡くなった後、正直どこかでほっとしていた。
彼が死んだのは朝だった。奇妙な朝だった。それが物語ならばクライマックスで使われる場面だろう、その日の出来事はまさに彼女の家に訪れた最大の悲劇であり喜劇でもあった。
前日の夜、相変わらず彼は妻と子供に暴力を振るっていた。きっかけは今となっては曖昧だが、取るに足らないことであったことは確かである。料理の味付けが好みでなかったか、あるいは彼が指図した要望が叶えられなかったか……(お茶を出せ、暖かいお茶を出せ、服を用意しろ、扇風機をつけろなどなど)。とにかく本当に些細なことであった。しかし母かはそれに軽い口答えをした。それが祖父の怒りを買ってしまい、事態は大ごとになった。祖父は自分の娘の頭を掴み、地面に叩きつけようとした。もちろんマキナの母は必死になって抵抗した。そのおかげで彼女の髪の毛の一部はごっそりと抜けた。次の日、彼は皆が気づいた時には既に階段の下で冷たくなっていた。
嵐が過ぎ、夜は明けた。独裁者の暴君は消えた。
家の中は静かになったが、動揺は続いていた。
しかしマキナ自身はどこかでほっとしていた。祖父のことを憎んでいたわけではない。それでも母や祖母を理不尽に傷つける祖父には迷惑していた。そのため祖父が死んでも涙は出なかった。
ほどなくしてマキナは小学校に入った。成績も良く、運動もそこそこできた。仲の良い友達も何人かできた。ゲームをしたり、鬼ごっこをしたり、お絵かきをしたり。一般的な小学生が行う遊びを彼女は堪能した。不思議なことに、幼稚園ではわからなかったが、小学校に入ると自分は何ができて何ができないか、はっきりと感じられるようになってしまう。外見も可愛く、成績優秀でスポーツのできる生徒もいたが、そのような子に憧れることはなかった。マキナ自身は、自分が好きなことをできさえすれば良かったのだ。
彼女が好むことは本を読むこと、魚を見ること(学校では金魚を飼育していた)、たまに散歩のときにすれ違う犬などの動物と触れ合うことだった。水族館に行けばいつまでも同じ水槽を見続けることが出来たし、しばしば本に没頭して食べることを忘れた。彼女は一人でも、周りに多くの人がいても楽しむことのできる人間だった。
小学校二年の時、クラスメイトの女子が何人かの男子にからかわれた。それが彼女の外見に関するものだったからだろう、その子は深く傷ついてしまった。
それを聞いたマキナは人生で殆ど初めて怒った。からかった男子たちになぜそんなことをしたのか問い詰めた。小学二年生とは思えない、冷静な問い詰め方だった。しかし小学校とは不思議なもので、必ずしも真っ当な理屈が通る空間ではない。理由を問い詰めたところではぐらかされ、遂にはマキナもからかわれてしまった。 あいつ小うるせえなあ、 とか、 うぜえ、 とか。マキナは益々辟易したが、何も言い返さなかった。
一週間後、マキナをからかった男子生徒は足を骨折した。プールに入るときに怪我をしたそうだ。初めのうち、彼の態度は変わらなかった。初めの方こそ威勢良く振舞っていた彼も、一週間と経てば風船がしぼむ様に大人しくなった。今までからかわれていた子たちも、大して相手が攻撃的でないと気付き始め、彼と距離を置き始めたからだ。
元々マキナ含め、彼の周りの子達は彼の暴虐ぶりに辟易していたのだ。彼の足が使えないことがわかると、周りの子達は一気に彼への信頼を無くしていった。彼はただワガママだっただけで、全く恐るるに足らない人物だとわかった。いったん彼に対する恐怖心が消えると同時に、彼の立場もカーストもみるみる地に落ちていった。その後、クラスには少しの期間、平和な空間が満ちた。王様は引き摺り下ろされた。
中学校に上がり、事件はますます増えるようになった。
一番彼女を傷つけたのは、中学に入ってから小学生からの親友がいじめられるようになったことだ。ついに真喜奈はいじめグループの一人に歯向かった。
翌日からマキナはクラスの人間から無視されるようになった。
一週間後、いじめグループの主犯格の女子が補導された。万引きしているところを現行犯で逮捕されたらしい。それも一度や二度ではなかったので、少年院に入らされるのと同時に学校には一時停学処分となり、精神科にも通うようになったと風の噂で聞いた。彼女が停学になってからは真喜奈への無視も理央へのいじめも次第になくなり、また平和な学校生活が戻ってきた。
次第に真喜奈には、自分は何かしら人を傷つける才能があるのではないかと感じるようになった。しかしこれがそれはただの偶然でもあり、周りを傷つける者への因果応報のようにも感じられた。この時は未だただの偶然が重なったと願い、自分の幸運を有難がっていた。
しかし同時に、自分が嫌だと感じた人間は必ず不幸になる、との考えを消し去ることもできなかった。
物事が決定的だと感じるようになったのは高校二年の夏休み、彼女が十六歳の時だった。彼女は夏休みの期間だけファーストフード店でアルバイトをしたのだが、その間店長に性的で不快な言葉を吐かれた。たびたびメールやデートの誘いがかかってくることもあった(もちろん全部お断りした)。
相手が店長ということもあり、連絡を絶つこともできず、どうにもこうにも精神がすり減る毎日だった。
バイトを始めて一か月後、その店長は横断歩道で車に轢かれてしまった。
ここまで来ると、もう彼女自身も自分の幸運を喜べなくなっていた。
自分に被害を及ぼす人間がこんなにも不幸に陥ることなどあるのだろうか。
次第に彼女は自ら人を遠ざけるようになってしまった。彼女は自分自身が関わることでこれ以上不幸になる人を増やしたくないと考えた。次第に彼女の口数は減り、快活さは無くなり、以前よりも無気力になった。誰かにこのことを話してみようともしたが、信じてくれる者が現れるかどうかも怖かった。
それ以来、彼女は必要以上の言葉を他人にかけなくなった。
彼女がもう人と必要以上に関わるまい、と完全に決心したのは十八、大学に入った時だった。故郷から離れ、全く新しい環境の中、一人で生きていくことを決めた。それは自分自身のためでもあったし、周りのためでもあった。彼女はもう誰も自分の周りで傷つく人間を見たくなかった。大学では進んで孤立し、サークルにも所属しなかった。もともと家で本を読んだり勉強をしたりしている時間が特に苦にならないことも、その環境を助長させた。
彼女の見えない殻を破ったのは一人の男だった。
「時田さんは誰かに自分を曝け出してるの?」
目の前の男は、まっすぐに彼女を見つめてくる。まるい宝石のような光る眼で。
「さらけ出したい」と彼女は言う。
「でもそれが怖い」
「どうして?」
「人を傷つけるから」
「誰でも人を傷つける」
「そういうことじゃない」
「大丈夫だよ」とその声の主は優しく言う。
「傷つけても立ち直れる人は立ち直れるし、傷つけなくて徐立ち直れない人は立ち直れない」
「でもそれが私の手によって傷るけられる必要はない」彼女はきっぱりと言う。
「そうかもしれない」彼は納得したように腕汲みをした。
「じゃあ、僕が君の代わりに傷つこう」
「なんで?」
「だってもう時田さんは充分傷ついているじゃないか」
瞬間、彼女の中で何かが壊われた。それは、ずっとずっと閉じこもるために作っていた殻かもしれない。初めての感覚だった。ずっと無視し続けていた何かを見つけ、あぶりだされたような感覚に陥った。
彼女は震える声を必死に抑える。
「そう、でも大丈夫。あなたが傷ついたり何かを背負う必要はどこにもないから」
「そうかな」と彼は返す。
「多かれ少なかれ、人と人は関わって変わっていくものだとは思うけど」
「私といると悪い方向に変わってしまうかもしれない」
「なぜ?」
「……」
彼女は初めて人に今までのいきさつを説明した。幼いころから高校に至るまでのすべての災難を。
「それは辛かったね」と彼は重々しく言った。腕汲みをし、目をつぶった。
「それは確かに時田さんを傷つける経験だったと思う」
「そう。だからもう、私は誰とも必要以上に関わりたくないの」
「でも、僕が君を傷つけなかったら?」彼はにやりと尋ねる。真喜奈は頭が真っ白だった。
「ねえ、君に三つ、質問しよう」と彼は徐ろに言った。
「もし君を助けたい人が目の前に現れたら、君はどうしたい?」彼はゆっくり、でもはっきりと彼女の目を見て言った。
「もし僕が君に名前で呼んで欲しいと言ったらどうしたい? そしてもし僕が君を傷つけないと誓うならば君はどうしたい?」
それは何かの宣言みたいに重々しく、はっきりと口に出された。真っすぐ、言葉が彼女の中にしみこんで、やがて全身に浸透していった。
「そうね」彼女は考えた。長い沈黙だった。彼はじっと待っていた。
「それは、想像もできないけれど素晴らしいと思う。応じるにはまだ早急だけれど」
「じゃあ他に簡単なことだけれど」と彼は姿勢を正し、おもろに言った。
「僕の願いを一つ聞いてくれる?」と唐船は言った。
「もちろん」彼女は優しく言う。
「今からプロのフィギュアスケートの試合があるんだ。ネットで中継される。それを見ていて欲しい」
真喜奈は面食らった。
「そんなことでいいの?」
「そんなことでいい。僕は今明日のゼミの準備をしなくちゃならないからさ。だからさ、試合を見て、どんな感じか口頭で伝えて欲しいんだ」
「まあいいけれど……」
マキナは困惑しながらもパソコンのスイッチを入れる。
試合はすでに始まっていた。女子の二番目、ちょうど日本人選手の番だ。
曲目は、オペラ『トゥーランドット』から、
「だれも寝てはならぬ」
パソコンの音に紛れ、唐船が呟く。
「何?」マキナは思わず聞く。
「良い選曲だね。表現力が試される。テンポは恐ろしく遅い。振り付けも重要だ」
「詳しいのね」
「そりゃあこの曲は、この選手の十八番だからさ」
「トゥーランドットって、オペラだよね。その中の一曲ってこと?」
「そう」唐船は大きく頷いた。
「僕はあれが好きなんだ」唐船はしみじみと言った。一瞬、彼は何かを言おうとしたが、やめた。マキナはまったくの予想外の返事に戸惑っていた。
「この選手を通じて知った」と彼は言った。
「よくわからないけれど」と彼女は冷静に聞く。
「この試合を解説すればいいのね?」
「頼むよ」
マキナはパソコンの画面を見る。小さな画面の中で、一人の女性がくるくると回る。誰よりも自由に、上手に、さらに上を目指して飛ぶ。
「飛んだわ」
「僕の願いを一つ聞いてくれる?」と唐船は言った。
唐船の言葉が、曲の合間合間に思い出される。
画面の中の女性は、しなやかに背中を反らす。
もし君を助けたい人が目の前に現れたら、君はどうしたい?
「今両腕を上げて……背中を反らせている」
画面の中の女性は、回りながらステップを刻む。
もし僕が君に名前で呼んで欲しいと言ったらどうしたい?
「今スキップみたいなのをした……そのまま一回転」
画面の中の女性は、空中で三回転する。
もし僕が君を傷つけないと誓うならば君はどうしたい?
「すごい、三回も回ったみたい。拍手されてる」
真喜奈は曲を聴きながら、ぼんやりとこれからのことについて思いを馳せた。
未来がどうなるかは彼女自身にも何もわからなかった。ただ初めて、音楽を聴いて泣いた。
彼女は目を閉じる。
「ちなみにこの試合さ、一晩中あるんだよね」
震える背中の後ろから、残酷なくらい優しい声がした。
《了》
だれも寝てはならぬ 阿部 梅吉 @abeumekichi
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